74話 老いぼれの回想②
強化魔導兵実験。文字通り魔導兵を人工的に強化し、強力な兵器へと昇華させるための実験。これの成功は軍事力の拡大にもろに直結するため、国の力の入れようは並大抵のものではなかった。
だが、その道のりは容易ではなかったらしい。様々なアプローチを試みたものの、どれも大きな成果には至らなかったそうだ。
大層な計画名を冠したところで、結局のところ教育と訓練の他に方法はないと思われてきた。
そんな中、突如として現れた新たなアプローチ。魔石を人体に埋め込むことで、人が持つ魔力容量を大幅に拡充しようとする試みが提案されたそうだ。
私の研究成果を基としていることは疑いようもなかった。こうして何の実績も持ち得なかった私が、プロジェクトの責任者に抜擢されていることこそがその証左と言えよう。
そして、そんな私に突きつけられた残忍な現実。
「人を…使うのか?」
「何言ってるんですか。当たり前でしょう。」
所長は『何を馬鹿なことを言ってるんだ』という顔で失笑していた。我ながら間抜けな質問だったことは認めるが、当時の私はいきなり人体実験をすることになるとは夢にも思っていなかったのだ。
いくら自分が他人に興味を抱かない人間とはいえ、同族を実験体にできるほど無頓着というほどではなかった。なかったはずなのだ。その時までは。
「もう一度確認するが、彼らは死刑囚なんだな?」
「ええ。仰る通りです。」
所長の返事を聞いた瞬間、私の中で恐ろしい方程式が成立してしまった。
死刑囚ということは、彼らには命の所有権がない。無為に捨てられるくらいなら、私がその命を有効活用してやればよかろう。彼らとて死して尚、国に貢献できるのだから本望なはずだ。
私はその日から人命を弄ぶ研究者となった。魔獣に魅入られ人に忌避された私にとって、それは実に皮肉のきいた運命だった。
私の役目は実験の方針を決め、結果をもとに次の方針を決めれること。方針さえ決めればそれに従って下っ端の研究員が手を動かす、という構図になっていた。
もちろんそれでも苦労はした。実験とは総じて試行錯誤の繰り返しである。何度も繰り返す被験体の死の中で、大いに頭を抱えたものだ。
魔石の移植時には、被験体の臓器損傷及び拒絶反応による死亡が多発した。これを解決するためだけに十年の歳月を要するほどに、研究は難航したのだ。
得られた成果は二つ。成体になった人体への移植には、特定の魔石でなければならないということ。そして、人間の幼体はあらゆる魔石への適応力が極めて高いと言うことだ。
幼体をどこから調達したか?そんなものは聞くまでもあるまい。死刑囚の中には女もいるのだ。
だが、移植法を完成させた直後にさらなる困難に直面した。移植後の被験者のうち、元より成体だった者には例外なく障害が見られ始めた。術後間もなく、自我が崩壊し、身体の老化が加速度的に進行した。髪や歯が抜け落ち、皮膚がただれ、唸り声を発するだけの獣と化した。
これは確証のない持論ではあるが…。魔石により拡張された魔力が大きすぎて、被験者の身体に収まり切らず自壊を促しているのではないかと思われる。
我々は彼らを『失敗作』と呼ぶことにした。生命を維持したまま、自我を持たない被験体の成れの果て。彼らを表現をするには都合の良い言葉だった。
無論、彼らの自我を元に戻す研究も並行した。施術した兵士が皆ああなってしまえば、そもそもの計画は破綻しているようなものなのだから。
結論から言おう。元に戻すことは最後まで叶わなかった。
だが、私は『失敗作』にも二つの可能性を感じていた。本能を沈静化させる薬を投与することで、新たな人格を獲得できないか。その逆に本能を活発化させる麻薬を投与し、獣として調教できないか。
結果的には後者の試みが見事に成功し、ある程度制御の効いた化け物として有効活用できるまでになった。
既にこの時には、私にとって人間の定義は一般のそれとは逸したものになっていたのだろう。
「所詮、人間なぞ高尚なふりをした歪な獣でしかない。」
いつしか自然と口から出ていた言葉だ。私はもはや他人など欠陥だらけの生体人形としか思っていなかった。
しかし、それからしばらくしてこの計画は頓挫することになった。国王より実験の即時中止と計画に纏わる資料を処分せよとの勅命が下ったのだ。
確かに計画は当初よりも遅れていたが、致命的なほどではなかったはずだ。一定の成果も上げ続けていた。それなのになぜ。
当時の私には計画が凍結される理由に全く心当たりはなく、ただただ困惑した。
風のうわさでは人道がどうのとか騒がれていたらしいが馬鹿らしい。いずれは国に大きな恩恵をもたらすであろうこの計画のためには、被験体の命など些細なコストでしかないはずだ。しかも、これまでかけてきたコストも水泡に帰すことなる。どうやら当時の国王は合理的な判断ができない愚王だったらしい。
同時にこの時、貴族界では弱小家系の騎士見習い、『地獄耳の某』が国の暗部を白日の下に晒したとあって、嫉妬や陰口交じりに話題になっていた。
計画が頓挫したのは其奴の仕業に違いなかった。だからと言って、其奴に強い恨みを持つ訳でもないところを見るに、我ながら本当に他人には関心が持てないようだ。
ただ、その時の私の中に残されていた感情。それは中途半端に終わってしまった強化魔導兵実験を、何を犠牲にしてでも完遂させたいという果てしない渇望だけだった。
そんな私は勅命からすぐ、兄の命で逃げるように王都を連れ出され、副都よりさらに北に位置する辺鄙な村に追放された。金と屋敷だけ渡され、『今後、一切我々に関わることを禁ずる』と釘を刺され、名前も剥奪された。
私も私なら、兄も兄だった。高々、計画に不要な人命を使ったくらいで私を勘当するとは、人の情を持ち合わせていなかったのだろう。私が言えた義理ではないが。
「まぁ、不満ばかりでもないか。」
私は流れた長い月日を思い出す。あれからというもの、私は今でもこうして実験を続けられている。