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72話 廃村

考えうる限り最悪の手紙の出だし。おれは慌てて便箋を閉じた。読み進めるのが怖くて堪らなかったのだ。


だからと言って、読まない訳にもいかず恐る恐る再び直筆の文に目を通した。


『親愛なるリュートへ。貴方がこれを読んでいるということは私はもうこの村にはいないことでしょう。』


紛らわしいわ、と叫びたくなるが手紙に向かって吠えような頓珍漢なマネはしない。湧き上がった感情をぐっと腹に収める。


『申し訳ありません。優しい貴方のことです。取り乱されている可能性も考えてユーモアを交えさせていただきました。お気に召しませんでしたでしょうか。そうですか。』


「余計取り乱すわ!」


つまり、ジョーク。おれはまんまと釣られてしまった訳か。しかも読んだときの心象を予測した解説までご丁寧に。痛み入る。


だがしかし、やはり彼女はジョークを選ぶセンスが絶望的に足りていないようだ。夜伽に続き、生き死にに関わるジョークは本当に洒落にならない。


どれだけの想いで手紙を読み進めたのか、次に会ったときはみっちりと説明せねばなるまい。


そのためには、まず何が起こっているのか把握することが先決。手紙に目を落とし続きを読んだ。


『ともかくまずは今回の事件について。結論から申し上げますと、冒険者の失踪は恐らく人為的に引き起こされたものです。手段も目的も不確かですが、人の意思が介在していることだけは間違いありません。私とエリス様はこれから()()()に会いに行きます。そして貴方がこれを読んでいるとき、私達は拘束され身動きが取れない状況にあることが推測されます。』


エリスとガブリエラはこの事件の裏で糸を引いている何者かに監禁されているという。だとすれば、一刻も早く助けに向かわなければいけない。


「だけど、どこに…。」


『焦らずにお読みください。私の考えが正しければ()()差し迫った状況ではないと思われます。どうか冷静に。』


相変わらずこちらの心情を熟知したような言葉に苦笑が漏れる。


『現在、私達が囚われていると思しき場所を記した地図を添付します。その場所は十五年前、ある村があった場所です。今は廃村で地図にその名は載っておりません。』


おれは封筒に入っていたもう一枚の紙を広げる。確かに森の中に空白地帯があり、そこに丸の印がつけられていた。


『しかし、私の力不足ゆえ、これより詳細な場所をお伝えすることはできません。ですが、きっと貴方なら。エリス様の魔力を辿って首謀者の根城を見つけてくださると信じております。』


読み終えると抱えていた疑問がブワッと湧き出てきた。一体誰に会いに行ったのか。どうしてその場所に囚われているのか。なぜ二人だけで危険を冒したのか。メタンフォードもそこにいるのか…。疑問は尽きない。


だが、手紙に聞いたところで答えが返ってくるはずもない。こうなったら指定の場所に行ってみる以外の選択肢はないのだ。


『追伸。クールは本当に聡い子です。乗馬初心者にも易しい名馬であることをお約束します。』


それと最後になんとも投げやりな言葉で手紙は締めくくられていた。手紙が意味ありげに馬具に挟まっていたということは、そういうことだろう。


「ガブリエラって、たまに人遣いが荒い気がするよね。」


『リュートはよほど信頼されているのでしょうね。』


「だと、いいんだけど。」


ラビの言葉通りなら満更でもないが、それはそれ、これはこれ。勝手に行ってしまったガブリエラとエリスには言いたいことがごまんとある。


おれは馬具を片手に、急いでクールを厩から出した。馬具の取付けなんてやったこともなかったので、番兵に聞きながら何とか装着。準備が整うとクールも『背に乗りな、坊っちゃん』と嘶く。


だが、驚くことにいざクールに乗ろうとすると尻込みしてしまう自分がいた。漠然とした恐怖があったのだ。そんな僅かばかりの躊躇を見かねて、クールはおれが馬具に片脚をかけた途端、軽々と所定の位置に持ち上げた。さながら人間がリュックサックをよいしょと担ぐ時のよう。


「あ、ありがとう、クール。助かった。」


『しっかり掴まってな。風になるぜ。』とでも言うようにクールは何とも頼れる嘶きを見せる。そして、その力強い体躯は風を切って動き始めた。



男は待ちに待った貴重な実験素体の使い道を夢想していた。


男が進める研究において、獣人は最も理想的な研究対象の一つだった。しかも、今回手に入った素体は獣人の中でも極上とも言えるもの。これが興奮せずにはいられない。


「ンッフッフ。ああ、待ち遠しいのぉ。まずは薬に漬けるか、耐久実験も捨てがたい。ああ、解剖は最後にせねばならんのじゃが!これほど手が疼くのは久方ぶりよのぉ。」


狂喜に満ちた声が部屋の中でこだまする。くたびれた白衣を来た男が感情を昂ぶらせているそんな傍ら。机の上から年季の入った黄ばんだ紙が一枚、はらりと床に落ちた。


紙面には『〇〇村、維持叶わず廃村が決定。村民の集団失踪が原因か。』という見出しの記事が載っていた。所々破れたり滲んだりしているものの、概要を読み取る上では十分な状態だと言える。


『原因不明の集団失踪を受け、人口を維持できなくなった〇〇村は廃村を決定した。』


『集団失踪は盗賊による人攫いの可能性が高いと思われる。同様の被害がないか、周辺集落に急ぎ確認中とのこと。』


『三度にわたって調査団が派遣されたが、手がかりをつかめず止む無く調査続行を断念。』


等々。十五年ほど前、副都で少々騒がれた事件についての記事だった。


「ん?ああ、まだこんな昔の紙切れが残っておったか。」


男はボロボロの地方紙に目を通すと、くしゃっと無造作に丸めてゴミ箱へ捨てた。なんの感情もなく。ただ男の頭の中では、当時の色褪せた記憶が感慨もなく再生されていた。


それは廃村の事件よりさらに昔。男がまだ働き盛りと表現できる齢の頃。


「本日よりお前を『強化魔導兵実験』の責任者に任ずる。国家の行く末を担う栄誉な職であるぞ。励むがよい。」


霞がかった記憶の中で、その言葉だけは今でも鮮明に覚えている。

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