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68話 逃走

夜照らす灯火(イルミナーレ)


ガブリエラの放った一言で森の上空に多数の火の玉が展開し、周囲一体を照らし出す。それと同時におれたちの視界に入ってきた光景は悍しいものだった。


人の形をした異形は地を埋め尽くし、木々の上にまで蔓延っていた。夥しい数の異形が一斉に唸り声を鳴らす。不気味な不協和音が森に響き渡る。


明確な敵を前にしたかのように無数の眼がこちらを凝視してくる。


「緊急マニュアル第一項。『射出(おねがいします)』」


「何…を?」


唐突にガブリエラの姿が残像と共に消えた…ように見えた。それほどのスピードでおれの体は真黒な夜の空に打ち上げられていた。眼下には地面から突き出た土の柱。それを見てようやく、山賊危機一髪よろしく空に弾き飛ばされたのだと理解した。


「なんでぇぇぇええ!?」


「現状の把握を!」


「何故か空を飛んでいまぁぁぁすっ!」


そういうことではない、と自分にツッコミを入れながら空中でいくつもの思い出がフラッシュバックする。思い返せば十五を過ぎた頃から吹っ飛ばされることばかり。


初めてはモノホーン戦で。それからはグレンが課した試練で吹き飛び、メタンフォードにも高く舞い上げられ…。


宙に放り投げられる選手権があれば、おれは間違いなくこの国の代表になれる。…不名誉ここに極まれり。


なんて現実逃避をしている場合ではなく、おれは即座にガブリエラの支持通り周囲一帯を見渡した。


森が蠢いている。蟻の群れが餌に集っているように、人型の異形が一つの群体と成っていた。それがぱっと見ただけでも半径百メートルに渡っておれたちを包囲している。


「それよりも着地どうするんですか!」


目下、最優先すべきは多数の敵より無事な着地。このまま落下死するなんて冗談にも程がある。空中で態勢を立て直し、ガブリエラに助けを求めると相も変わらず蝋人形の如き真顔をこちらに向ける。無言で。


まさか着地のことまで考えていないんじゃ…


「ええええええええええ!」


おれはなるべく近くの足場、突き出した柱にめがけて落下を開始した。衝突の瞬間、硬いはずの手応えはなく触れたそばから柱が砂と化し徐々に落下の勢いを削いでいく。


地面に辿り着く頃にはその勢いも殺しきられ、尻もちをつく程度の衝撃に収まった。同時に柱をな形成していた大量の土が砂塵となり大気に散って、擬似的な煙幕を作り出した。


「ゴホッ、ゴホッ。うぇ…口に砂入った。」


「状況は?」


「ガブリエラ、人遣いが…。いや、それはまた後で。半径百メートルほどを囲まれていました。数は分かりませんが、とりあえずうじゃうじゃいるということだけ。」


「相手の正体が掴めない以上、正面からの突破は危険ですね。」


危険。確かにそれもあるが、それよりも気になるのはあくまで相手が人の形をしていること。明らかに正常ではないが、だからといって魔物として『討伐』することにはかなりの抵抗があった。だからこそ、ガブリエラの提案に即座に賛同した。


「離脱しましょう。」


「それには賛成ですが、どうやって?さっきも言いましたが完全に囲まれているんですよ。」


「そこは問題ありません。その前に…。」


まるで動揺の見られないガブリエラは手をこまねいておれに近づくよう促した。訳も分からず言われたとおりに彼女の目の前まで近づくと、いきなりハグをされた。このままキスをされるのではないかとすら思えた。


「ガ、ガガ、ガブリエラ!?いきなり何を!?今はこんなことしている場合では」


「持ち上げてください。」


「はい?」


「持ち上げてください。ご存知ではないですか?お姫様抱っこ。所望します。」


「そんな急にご所望されましても…。ちなみにどうしてです?」


ガブリエラが何を考えているのかさっぱり分からない。ここから脱出するのに、どうして彼女を抱き上げなければいけないのか。自分の脚で歩けばいいだけではないか。おれにはまるで検討もつかなかった。


おれの質問に対して、ガブリエラの顔は思い出したかのように血の気が失せた。


「…腰が抜けました。一歩も動けません。」


「えぇ…。」


都渡りの時、メタンフォードの言葉を思い出す。『彼女にも欠点はある。苦手な野菜は多いし、酒にも弱い。幽霊に怯えれば、血も恐れる。』


彼女にとって、ゾンビを彷彿とさせる敵性存在が夜の闇から湧いて出てきたことは悪夢そのものだろう。その心境は察するに余りある。


「分かりました。しっかり掴まってください。」


「恐れ入ります。」


おれは身を低くしてガブリエラの膝裏を掬い上げ、一息に持ち上げた。それと同時に彼女がギュッと体を押し付けるものだから、危機的状況だというのに雑念が頭の中を蝕んだ。温かな弾力のあるものが体に押しつけられるし、それにすごくいい匂いがする。


「リュート、すけべ。」


「なぬっ⁉」


傍から冷めた目で見つめていたエリスがボソッと呟いた。


いいや、断固として主張したい。これは下心の結果などではなく、あくまでガブリエラを助けるために仕方のないことだと。これは単なる人助けなのだと。


だが、そんな悠長に反論している時間はない。着地のときに巻き上げた砂塵が風に流され薄らいでいく。次第に敵性存在が再度その輪郭を明らかにしていく。


恐らくこの砂塵が消えたとき、一斉に襲われる。それもあと数秒

…。


「くそ、弁明も後だ!ガブリエラ!次は?まさかこのままさっきみたいに飛ぶ訳じゃないですよね!?」


流石に成人女性を一人抱えたまま百メートル以上を飛ばされて無事に着地できる自信はない。


「安心してください。その逆です。」


「逆…とは!?」


「「うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」」


敵が波となって怒涛の勢いで押し寄せて来る。そして、そのタイミングを図ったように足場が崩落した。


落ちた先は長い斜面になっていて、おれはガブリエラを抱きかかえたまま、穴の中を滑り落ちていく。


「エリス!いる?」


「大丈夫。」


光の届かない真っ暗闇の中、エリスの声が隣を並走している。後ろからは数多のうめき声がおれたちを追従し、目眩を起こしそうなほどに空洞内を反響する。


斜面は間もなく終わり、平坦な地面に滑り出た。この場に留まれば、間違いなく後ろからなだれ込んでくる亡者の群れの下敷きになる。


すぐさま立ち上がると、抱き上げられたままのガブリエラは再び『夜照らす灯火(イルミナーレ)』を唱えた。火の玉が照らしたのは、どこまでも続く地下トンネル。


おれとエリスは一目散に火の玉が示す道を走り抜けた。後ろからは餌を求める獣のようなうめき声が何重にも重なって追ってくる。怖いもの見たさでちらっと後ろに視線を送ると、仮称『ゾンビ』の群れが無秩序に襲いかかってくる。


「やばい、やばいやばい!捕まったら絶対死ぬ!」


我ながら人ひとり抱きかかえながら、よくもこんな速度が出せるものだと感心してしまうくらいの速度で走った。火事場の馬鹿力と言うやつかも知れない。


それなのに、後ろから追ってくる奴らとの距離が一向に開かない。ゾンビといえば足を引きずりながらヨタヨタと歩いてくるものだがとんでもない。後ろにいるやつらは我先にと爆速で追ってくる。


「私はもう限界です。後は任せまし…た…。」


ガブリエラが耳元で呟く。この姿勢だとどうしてもガブリエラは後ろを見続けざるをえない。彼女の忍耐がどうやら限界を迎えたようだった。


気絶の瞬間、彼女の身体からすとんと力が抜け、危うく落としそうになった。おれにしがみついていた腕も力を失い、急に不安定になる。要するにめちゃくちゃ持ちにくいのである。


「ちょ、ちょっと!こんなとこで気絶とか!待って、落としそう!頼むから起きてください!ガブリエラぁぁぁああ!」


おれは空元気を振り絞りがむしゃらに走り続けた。



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