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66話 単独行動

「食べ…え?食べられる?」


いきなり飛び出てきた不穏な言葉に頭が真っ白になった。


「そうだよ!食べられちゃうよ!」


「何に?」


「だから、モルトケカミナに食べられちゃうの!」


おれは戸惑いはしたが、新たな情報が得られたことに少しの安堵と期待を抱いた。半日以上も調査して回って、手がかりの一つも得られないのでは、と思い始めていたから渡りに船というやつだ。


「お嬢さん。そのモルトケカミナというのは何のことだい?」


メタンフォードも流石に焦っているのか、食い気味に質問をする。


「えっとね、森に住んでて人を頭から食べちゃうんだって!すっごく足が早いからすぐに捕まっちゃうんだって!」


「ほぅ。人を食べるのか。ちなみにどんな姿をしているのかな?見たことはあるのかい?」


「ううん、見たことはないよ?危ないから村から出ちゃダメって、お母さんとの約束なの。」


「そうかい。お母さんとの約束を守って偉いな。」


確証こそなかったものの、既におれの中では森で監視をしていた何者かがモルトケカミナと関連していると結論づけていた。


そして、その存在は人を食べるという。その正体がゾンビであれ、異なる魔物であれ、冒険者の失踪に無関係であるはずがない。


「フォードさん、やはり今朝のあいつらを捕らえましょう。無関係とは思えません。」


「早計…とも言っていられないか。だが、村の近辺に今朝と同じ奴らの気配はなくてね。どうしたものか。」


「一晩、森で過ごせば」


「え、行っちゃうの?」


おれが言い終えるよりも先に、少女は泣きそうな声で遮った。


「ダメだよ!本当に危ないんだったら。寝るところがないんだったら私のお家に来て。ね?」


おれたちは今にも泣き出しそうな少女を前に、どうするべきか顔を見合わせた。そして、一番最初に口を開いたのはメタンフォードだった。


「分かった。お言葉に甘えさせてもらおうか。」


「ほんと!?」


「ああ、本当だとも。」


少女の嬉しそうな顔と言ったら筆舌に尽くし難く。この顔を曇らせるのは胸が痛むというもの。


メタンフォードにも良心というものが備わっていたのだろうか。あっさりと少女の提案を呑んだのには驚いた。彼なら逆に森で一晩過ごすことで、モルトケカミナなる者をおびき寄せようとしそうなものだが。


「では、お世話になる前に名前を聞いてもいいかな、お嬢さん?」


「あ、そうだった。私はベネ。お兄ちゃんたち、よろしく!」


鼻歌混じりのベネに連れられて、おれたちは彼女宅に向かった。道中、メタンフォードにベネの提案を受けた理由を聞くと「彼女は母親と森に出ないと約束したんだろう?」とだけ答えた。


メタンフォードが明確に答えを示さないのはいつものことだが、その言葉だけで彼の言いたいことは大体わかった。つまり、メタンフォードはベネに絆されたわけではなく、ベネの母がモルトケカミナの情報源になると見ているわけだ。


だが、実際に彼女宅に着いてみると大きな問題が見つかった。


「ここに…四人でお邪魔するのはちょっと…。」


彼女の家はお世辞にも広いとは言えず、四人で押しかけるには少々手狭に感じる。ベネも今さらながらそれに気づいたのか、チラチラとこちらを見ながら表情を固くしていた。


「お母さぁん、ただいまー…。」


「あら、おかえり。今日は」


言いかけてベネの母はおれたちの姿を見て口を閉ざした。


「ベネ?こちらの方々は?」


「帰る途中で会ったんだけど、寝る場所がないって…。」


「まぁ、それで連れてきたのね。ベネは優しい子ね。」


母親はベネの頭を撫でた。おれはその心温まる光景に、孤児院にいた頃のことを思い出す。外から戻る度にシスター・ジェーンに迎えられた温かな記憶。


今ごろ彼女は元気にしているだろうか。いつだって、何度も迷惑をかけたって最後には優しく包んでくれた存在。本当の母親というものを知らないから、おれにとっては彼女こそが母だった。


「どうしたんだい?」


「いえ、軽くホームシックになりかけてただけです。」


おれとメタンフォードがコソコソと小声でやりとりをしていると、ベネの母親が立ち上がりおれたちに対して頭を下げた。


「どうぞ。狭いとは思いますが、今日はこちらでお休みになってください。」


痩せ細った彼女は快く四人を招き入れようとしてくれるが、どうにも遠慮が勝ってしまう。普通に考えて迷惑極まりない客だろうに。


「ほら、遠慮することはないさ。もしここで断れば、逆に失礼だよ。」


メタンフォードに背中を押される。そう言われてしまうと入らざるを得ない。渋々と家に踏み入れるとおれを先頭に後ろが続いた。だが、ふと振り返るとその中にメタンフォードの姿はなかった。


「あれ?フォードさんは?」


「フォード様は別の用事を思い出したので先に副都に帰ると。『後は任せた。』と承っております。」


「はい?」


え、ちょっと待って、どういうこと!?そんな理由でいきなり姿を消すやつがあるか?『栄光の(カヴァリエーレ・)十二騎士(ディ・グローリア)』の一員として、立候補して引き受けた仕事以上に優先すべき用事なんてある?


チラッとグレンの顔が思い浮かぶが、このタイミングで彼女は関係ないだろう。だとしたら四人で押しかけるのに気が引けて、一人だけ逃げたとしか思えない。


「あら?もうお一方いたようですが…。」


「主人は他用のため、先にこの村を発たせていただきました。」


ガブリエラもこの状況をしれっと受け入れている様子だが冗談ではない。いきなり単独行動し始めるとか、彼の行動が読めなさすぎる。


大概の場合、ゾンビを描いた物語では単独行動をした人間から犠牲になるのは常套。いっそのことメタンフォードも自分の力を過信した挙げ句に痛い目を見ればいいと思う。


そんな風に不平不満を募らていたのだが、それ以降、本当に彼は姿を現さなくなった。ベネの家に押しかけることを避けただけだと思っていたのだが、後に、馬車を引いていた馬が一頭いなくなっていることがわかった。どうやら本格的にこの村を出ていったようだった。

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