6話 美しき花、爆ぜる
「聞きたいんだけど、いいかな?」
見るからに危ないやつなのはわかっている。身体全体が異様に細く、手には短剣。だが、どうしても気になってしかたがないのだ。
「その仮面どういう仕組み?」
「ヘェ、仮面に気づいたンダァ。なら生かしておくわけにはいかないネェ。」
「元々、生かすつもりなんてないだろ?」
「チッ、つまらないなぁ。もう少しさぁ、空気読めよ。はぁ、まぁいいや。この仮面はなぁ、認識阻害の呪詛を刻んだレア物だぜ?この仮面をつけている人間は他者の記憶と結びつくことは絶対にねえってな。」
絶対に捕まらないという自信からか、人を見下して自慢話をするような嘲り混じりの感情が見え隠れする。
「だから、いくら指名手配を受けたところでその仮面をつけていれば、見た者は勝手に記憶にない人、全くの別人だと判断してしまうわけか。」
目的は合致した。つまりあの仮面をつけていればきっとハル姉だって受け入れてくれる。にやり、と口の両端がつり上がった。
「そういうこった。まぁ、これから死ぬやつには、あ?ぶふぇっ!」
仮面の男は言い切る前に奇声をあげて倒れた。別に『あ?ぶふぇっ!』という言葉は彼の口癖ではない。
仮面の男からすれば何が起きたのかまるでわからなかったのだろう。一に急速接近、二に死角へ踏み込み、三に顎打ち。筋力を上限いっぱいに引き出して、できうる限り最速の不意討ち。
「『暴君』に比べれば小突く程度でいいから楽だな。さて、こいつどうしようか。そう言えば騎士団やら自警団が探してるって言ってたな。」
騎士団。あの剣士を思い出す。ハル姉を呼び捨てで呼んでいた。親しそうだったな。もしかして今ごろ剣士とハル姉は・・・。
「つら。自警団もってこ。」
男から仮面を剥ぎ取るとこそっと鞄へいれ、自警団の本部と呼ばれる場所まで男を引きずっていった。
「しょ、少々お待ちを!」
受付にいた男性に成り行きを説明すると『姉御ー!!』と叫びながら奥まで走っていってしまった。どんな野蛮な女性が出てくるかと思って身構えていると、驚くほど綺麗な女性が出てきた。いや、ハル姉ほどではないが。決してハル姉ほどではないが。
燃えるような赤い短髪。目は少しきつめだが、全体的に美術品のような目鼻立ち。にかっと笑うと見える歯並びはもはや造形品の如し。それに、くびれた腰に開けた胸元・・・。
「よぉ!この男を捕まえてきたってのはあんたかい!?」
「あ、はい。」
「かはは!いいなぁ!顎に一発、脳震盪ってところか!」
綺麗な見た目に反する快活な言動。中におやじでも入ってるんじゃないかってくらいの豪胆さが見える。
「あんた名前は!?」
「リュート・オーファンです!」
彼女のテンションにつられてはっきりとした言葉になった。
「そうか!あんたがか!」
「あれ、もしかしておれのことご存知で?」
「当然さね!うちでは治癒術士の資格の付与を許可されてるからね!『リュート・オーファンの資格取得を禁じる』なんて命令はずいぶん前からこの街中で出回ってるよ!あんた、勇者様になにしたんだい!ケツでも触ったかい!」
あんまり綺麗な人がケツとか言わないでほしい。心臓に悪い。ギャップがすごい。『綺麗な花には棘がある』なんて言うけどこの人の場合『綺麗な花が大爆発!』みたいな凄みがある。
「それにしても、あんたやるじゃないの!こいつが持ってたナイフね、神経毒がたっぷり塗られてたって言うじゃないか!少しでもかすっていれば即ゲームオーバーになってたところだ!」
その言葉を聞いてさぁっと血の気が失せた。きゅッと心臓が縮んだ気がする。
「まさかあんた、考えなしで突っ込んだのかい!バカだねえ!だが、気に入った!ついでに見目も悪くないし!」
呆気にとられているうちに何故か気に入られてしまう。もちろん気に入られて悪い気はしないけど。
「あんた、治癒術士の資格とりたくないかい?」
「え、でも禁止されてるんじゃ・・・。」
「だから、タダじゃ受けさせないがね!うちの団員になるのが条件さ!」
「自警団の、ということですよね?それならお断りします。」
自警団になんて入ってしまったら、せっかく治癒術士になったとしてもハル姉と一緒に戦いに行けないではないか。
「なんだい、いい条件だと思うんだけどな。」
「おれにはこの街に来た目的があるので。」
「目的ね。で、なんだい、その目的って!」
断ってしまった手前、なんとなく話さざるを得ない気持ちになった。断じて勢いに押されてしまったわけではない。
「だっははは!あんた、ホントに勇者のケツ追って来たってか!?なかなかいい根性してんじゃないの!これは、ますますだねえ!だが、そう言うことなら安心するといい!アタシの自警団は基本招集をかけたときだけ集まるスタンスだし、それも絶対じゃない!こいつらは物好きでいつもいるけどな。」
「え、そんなんでいいんですか?」
「ああ、構わねえ!それならどうだ?」
想定を遥かに超える好条件に考える余地など無さそうだ。
「それなら喜んで!」
「決まりだな!そういえばまだアタシは名乗ってなかったね。ガーネット・グレン・アカルージュだ!まぁ、覚えづらいだろうからグレンと呼んでくれていい!」
あ、真ん中とるんだ。と思ったが本人たっての希望なので沿う形の方がいいのだろう。
「じゃあ、グレンさん。これからよろしくお願いします!」
☆
「というわけで、早速試験だ!」
なんとなく勝手に資格をくれるものだと思ってたのだが、見込みは甘かったらしい。グレンは『ズルは許さん!』がモットーらしい。あとでネコババした仮面についても相談しよう。
「試験項目は他者に対する治癒力、魔法増幅力、そして自己防衛力の3つだ!それぞれ団員の指示に従って試験を進めるように!」
「イェス、マム!」
これがこの自警団の正式な受け応えらしい。実際言ってみると少し恥ずかしいものがある。
第一の試験は模擬戦闘で負傷をした人の治癒だった。幸い骨折ほどの大きな怪我もなかったので、まだ人の治癒に慣れていない自分でもなんとかなったと思う。傷口の近くを触れると僅かに自然治癒力を感じられる。
「痛ぇ、頼む!え、あれ?」
「こっちも頼む!うお。」
「お前血が出てるぞ!治癒頼む!む?」
どっちかというと助けを呼ぶ声に対する反射神経を試されているのではないかと思い始めた。皆、『うぉ、消えた』と口を揃えて驚いていたが自分を治癒するときはもっと上手くやれるのだ。そんな言い訳してみても、試験項目は他者に対する治癒力なのでそんなものは評価の基準にはなりはしないだろう。
第二の試験は、実力差のある魔法師同士で力比べをさせ、力が劣った方をいかに支援するかというもの。これは得意だ。なにせシスター・ジェーンに誉められたことがあるから!
「リュート!何してる!早くこい!」
「あ、はい。なんでしょう?」
「なんでしょう、じゃないっ!早く魔力支援をしないか!」
確かに彼の腕付近に集中した魔力に自分の魔力を流し込んでいるはずなのだけど。あ、基本に忠実にやれってことか!そういえば前に読んだ本にも『発動者の背中に手をあてて』、って書いてあったことを思い出した。もう既に充分な魔力を込めてしまったので、あとは見よう見まねで彼の背に手をあてる。
「なんじゃこりゃあぁ!」
発動されたのは初歩的な火炎魔法『火球』。しかし、撃ち合った『火球』の大きさは歴然で、支援した方の『火球』があっさりと相手のものを飲み込んでしまう。
実際に撃った方が腰を抜かしていてはしょうがない。その人から『腕はいいが、行動が遅い!』と後から注意された。まさか、得意分野で減点されるとは思っておらず、焦りが隠しきれないまま最後の試験へ。
「さて、最後の試験はアタシが直々に相手しよう!」
最後の試験、相手はグレン。対峙してみてわかったが、彼女は恐ろしく強い。これまで感じたことのないプレッシャーを受けた。あの『暴君』ですら、ここまでではなかったように思う。試験の場であるということすら忘れさせるほどだ。
「アタシの攻撃を掻い潜り、生き残ればよし!死んだらそれまでだ!心してかかれえ!」
え、治癒術士の試験て命懸けなの!?と驚いている時間は与えてもらえなかった。開始の合図と同時にグレンが手をかざすと、彼女の中から膨大な魔力がごっそりと消え去った。その瞬間、驚くべき密度で凝縮された火炎がおれを取り囲み、爆風を伴いながら爆ぜた。
謎の情報屋「自警団は彼女の力、権威によって作られた組織だ。『ズルは許さん!』というモットーで国からの信頼を勝ち取り治癒術士の資格付与権を獲得した経緯があるみたいだね。ちなみに、グレンは27歳、独身、しょ・・・。おっと、誰か来たようだ。」