64話 監視
メタンフォード一行にエリスとラビを加えた四人と一匹は、『冒険者失踪事件』を解決すべく副都を出発した。
白状すれば、副都に残ってできるだけハル姉の近くにいたかったというのが本音だ。先の襲撃の件だってあったわけだし。悠長に構えてなんていられる状況でもない。
それでもメタンフォードがこの仕事を引き受けてしまった以上、副官がついていかないわけにもいかず。この仕事がきっとハル姉の役に立つと自分に言い聞かせて、なんとか納得した。
そして今、おれはまたまた馬車に乗っていた。ここ数日間、馬車で過ごす時間が多すぎて、自宅のような安心感すら抱き始めていたが、流石に腰が痛い。
そんな苦痛を癒すかのようにフワフワした丸いものが膝の上に跳び乗った。
『リュート、リュート。これからどこに向かうのですか?』
膝に乗ったラビはクリっとした両の目でおれを見上げた。襲撃の後、目が覚めてから急に意思疎通ができるようになったときは驚いたが、今ではそれにも慣れつつある。
周りの人には「キュゥ」と短く鳴いたようにしか聞こえないらしいが、なぜだかおれには声が聞こえている。
そういえば同じようなことが選定の時にもあったな、と今更ながら思い出した。おれとエメラルダが戦ったダジャレ好きの猿。
エメラルダには威嚇の咆哮に聞こえたらしいが、実際は自分の放ったギャグに大笑いしてるだけ。そんなコントのような、間の抜けたすれ違いも今では懐かしく感じる。
「ラビは今日も可愛いなぁ。モフモフだねぇ。モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ」
緩みきった顔でラビに頬ずりをすると、パーンと頬に衝撃が走った。ぬいぐるみにするように抱きついたら、長い耳でひっぱたかれたのだ。
「いやいや、そんなはずない。ラビが拒絶するなんて…。ほらもう一度モフモフモ」
パーン
「モフモ」
パーン
「モ」
パーン…
…
スキンシップを図るたびに何度もビンタを受けた。
ラビはなおも迷惑そうな顔をしながら、いつでも追撃できるように耳をブンブンと振り回していた。
「なんで!?」
『人の話を聞いてください。殴りますよ?』
「いや、もう殴ってるし。で、なんだっけ。ニンジン食べる?」
パーン
今の一発で受けたビンタの数は二桁に突入した。
「ごめんって。わかってるから。」
『でしたら、早く答えるのです。』
「もう…。ひとまずは北にあるミロワール村…ゾンビが目撃された場所に最も近い村ね。その村に行って聞き取り調査だよ。」
『ちなみにゾンビというのは?』
ゾンビ。動く死体、リビングデッド。皮膚がただれ、歯がこぼれ落ちる腐敗した人型の魔物…とは言ってもあくまで小説や逸話の中にしか登場しない空想上の存在。そのはずなのだ。
『死者の復活…。ありえません。理に反します。』
「それもわかってる。死んだ人は戻らない。だから、今からその正体を暴きに行くんだよ。」
『…。理解しました。』
妙な間を挿みつつ、ラビは耳をだらんと垂らして大人しくなった。それを見計らってここぞとばかり頬ずりをすると、鬱陶しそうにはするが素直にモフらせてくれた。
「うん、いつ見ても奇妙な光景だ。確かに会話しているようだね。」
メタンフォードはおれとラビの会話を、珍妙な喜劇でも見ているかのように観察していた。
「やっぱりフォードさんにも聞こえませんか?」
「ああ、さっぱりだ。初めてラビくんと話ができると聞いたときは、ついに君の頭がおかしくなったのかとすら思ったよ。」
「ちゃんと聞こえるんですぅ。」
「ふっ、だからこそ興味深い。分野は違えど僕も研究者の端くれだからね。なぜ聞こえるのか。なぜキミだけなのか。どうやって僕の『小人の足音』に引っかからずに音を伝えるのか…。疑問は尽きないわけさ。」
「そういうものですか…。」
彼の目が怪しく光る。新しい玩具を与えられた子供のような。未知の実験体を手に入れたマッドサイエンティストのような。その目は、そんな無邪気で残酷なものに見えた。
「それよりフォードさん。気づいてます?」
「当然だとも。」
既に馬車は目的地近くの森に突入している。森に入って間もなく、何者かの気配がいくつか馬車の周りを並走していた。
エリスも気配に気づいているようで、既に左手に鞘を握り右手を柄に当てていた。
「今のところ攻撃してくる気配はありませんね。」
「ああ、中々手を出しては来ないな。様子見…さしずめ偵察と監視と言ったところか。」
「人間ですか?」
「正直、分からない。」
広域微音感知能力『小人の足音』で分かったのは、奴らが二足歩行であること。妙な唸り声を発していること。そして、馬車と並走できるだけの脚力があること。
「噂の魔物かもしれません。」
「実際に見たほうが早そうだ。一匹捉えようか。」
メタンフォードは人差し指と中指の二本の指を立てた。おれはそれが地面から土柱を造り出す初級魔法だと即時に理解した。ほぼ同時に森の樹木をメシメシとなぎ倒す音が馬車まで届く。
音はしばらく鳴り止まなかったが最後に盛大な炸裂音のあと、メタンフォードは大きなため息をついた。
「すまない。取り逃した。リュートほどではないにせよ、かなりの機動力を有しているようだ。」
「追いますか?」
「いや、深追いはよそう。今回の任務はあくまで冒険者失踪事件の真実を暴くことだからね。多少の関係があるにせよ、まだ無理をして追う場面じゃない。それに、たぶんだが彼らは再び僕らの前に現れる。」
メタンフォードの言葉には、希望でも推測でもなく、確信めいたものがあった。今の間にも彼の頭の中を目まぐるしく情報が駆け巡っていると思うと、少し覗いてみたい気持ちになる。
「さて、そんなことを言っている間に目的地が近づいてきたな。」
「魔物よりも村に行くのが優先ですか?」
「もちろんさ。おや?その質問をするということはリュートは不思議に思わなかったのかい?」
ああ、嫌な予感がする。この挑発的な聞き方は明らかにおれを馬鹿にしている気がする。
「なんですか、喧嘩売ってるんですか?」
「そんなことないさ。ただ、少し考えてみてほしい。」
その言い方ではまるでおれが普段何も考えていないみたいではないか。やっぱりこの人はおれに喧嘩を売っているとしか思えない。
メタンフォードはそんなおれの不満の視線を躱すように、正解へ導くように問いかけた。
「今回の事件、被害者は冒険者だけだろう?」
「そのはずですが…。」
「なぜだろうね?」
「なぜって…。」
そう言えばなぜだろう。この事件の説明をしていたハル姉の言葉を思い出す。
『近隣には村が点在していますが、幸い彼らからの被害は今のところない状況です。』
ここでメタンフォードの質問に立ち返ると、確かに違和感が浮き彫りになる。
失踪の原因が魔獣の仕業であるとするならば、魔法の結界で守られているわけでもない村の人々に被害が出ないなんてことはありえるのだろうか。それは盗賊などの人攫いに当てはめても同じこと。
あるいは土地勘のない冒険者が森の深くに立ち入り、遭難したという話も考えられなくはないが…。失踪者の中には上位にあたる第三級の冒険者も含まれていたことを考えると単なる遭難と考えるのも難しい。
「もう考えは至ったようだね、リュート。僕は近隣の村にこそ何かあるのではと踏んでいるんだ。」
タイトルはより多くの人に読んでいただけるように実験的にイジっています。
驚かせてしまったのであれば申し訳ありませんが、中身への力の入れ方は変わらないのでご容赦ください。m(_ _)m