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60話 特務会議

扉を押し開けたのは『勇将』ガフ・グラン。その後ろからハル姉を先頭に『剣聖』セルヴェール・アリエーテ、『聖女』ティーユが続いた。


それは奇しくも、ハル姉が村を出立した時と酷似した光景。あの時と比べれば、立場も実力も格段にレベルアップした。だが、まだ届かない。


おれが目指すべき場所はセルヴェールの立つ場所だ。ハル姉に最も頼られ、彼女の最も近くに立つことができる場所。


すれ違う間際、セルヴェールと目が合う。そのとき、セルヴェールは明らかにおれに向けて不敵な笑みを向けた。


「…っ!」


怨嗟の声が溢れ出そうになる。だが、今はまだおれにその声を発する資格はない。おれは黙って四人を見送ることしかできなかった。


ハル姉とセルヴェールは席に座り、グランとティーユはハル姉が座る席の後ろの両脇に立つ。特務の全員がそれぞれの動きを止め、姿勢を正した。


「この度は緊急の招集になってしまい申し訳ない。第三席のカストル・インジェメリは急務のため欠席の連絡は受けている。」


グランの言葉通り、円卓を囲む椅子の一つが空席になっている。


「本件の議題は三つ。第一、第二の襲撃を受けて新たに二名の席官を補充すること。襲撃の詳細内容と捕虜についての情報共有。そして、北部地方で問題視されている冒険者失踪事件について。」


会議と言ってもハル姉が進行するわけでなく、引き続きグランがその進行を務めるらしい。


一つ目の議題は言ってみれば自己紹介みたいなものだった。メタンフォード、エメラルダの順に氏名、出身家名、経歴の申告するというもの。これは席官のみ義務付けられ、副官は黙って聞いているだけ。


メタンフォードもエメラルダもこういった場はお手の物で、流暢に述べる。各席官の情報については後ほどまとめた資料を共有するのだとかで一つ目の議題はすんなり終了。


二つ目については先の襲撃のあらましを当事者であるグラン、ティーユ、メタンフォード、エメラルダそしてハル姉の口から語られた。


だが、終始にわたっておれの二つの魔法『再生(アナゲンネーシス)』と『共存共栄(シンフォニア)』については触れられず、ただ「その場にいた選定の候補者と共闘し」とだけ付け加えられていた。


そして、ここからがおれにとって未知の情報。


「彼奴らの最大の目的は王城への侵入及び国王との対話。これは王の口から直接聞いた事実だ。要求は特務部隊の解散とハルティエッタ様の身柄の引渡し。それは王が直々に拒絶の意思を示したことで『玉座の少年』は撤退したそうだ。」


ここまでいい終えてグランは深いため息をついた。


「つまり、闘技場への襲撃は王との対話を果たすための時間稼ぎ兼、王に拒絶された場合の保険ということになる。」


おれも初めて聞いた情報になるが、襲撃の裏でそんなことがあったとは想像もしていなかった。最終的には、強硬手段に出ようとしたところで、何とか味方の救援が間に合った形になる。


「現在、襲撃についてわかっていることはそれだけだ。今後調査を進めていくつもりではあるが、ここで一点、捕虜として王城の地下に監禁しているイスキューロなる者について、ララ・ライブラより報告を頼む。」


「りょー。まずは結論から言うと、素性や所属組織について尋問もハニトラも失敗(ダメダメ)。『閲覧権限(レトゥーラ)』をもってしても全くムリぽ。まじメンゴ!」


要約するとイスキューロを捕虜にしたはいいが、全く情報を得られなかったということになる。


『れとぅーら』が何を意味するかは分からないが、尋問やハニートラップより有用なものだということは文脈で理解した。


「あぁん!?やり方が生温いんじゃねえのかあ?」


レオンは不快感を露わにしながらララを睨みつけた。


「悪いヤツが口を割らないってんならよぉ、俺っちが一発ぶん殴って吐かせてやんよ!」


「それ拷問って言うんだしぃ。法的アウトぉみたいな?」


「あー…、拷問かぁ。そりゃあよくねえ、悪だな。」


レオンは威勢よく噛み付いた割に物分りはいいらしく、そこは腐っても騎士であるということなのだろうか。


二人の会話の終わりを予期して、今度はハル姉が口を開いた。


「つまり、私達たちは圧倒的に情報不足であり、事態の把握が急務です。今後、彼らについての情報共有をスムーズにする上で、敵勢力に対する呼称が必要と判断しました。そこでララ様には今わかっている情報から、事前に検討を依頼していました。」


ハル姉がララに視線を送るとそれを合図に発言権はララに移った。そして彼女の口から発せられる名前の数々はとても的を射ているようにも感じられた。


人の形をしていながら『尋常ならざる力』『人間とは異なる気配』『有効打は聖剣クレイスのみ』『閲覧権限の拒絶』の条件を満たした存在を暫定的に『鬼』と呼称。


現在、確認されている『鬼』は計六体。

百五十年前の著書『国を滅ぼす六つの災害』を参照し、個別の『鬼』に対して災害の名前を紐付けた。


イスキューロを『暴力』

ガルザを『無慈悲』

王城に侵入した玉座の少年を『衰弱』

歌によって魔法を制限する少女を『陶酔』

大きな鎌を武器にする女を『無関心』

交戦的な短髪の少女を『遊戯』


以上の六人からなる組織名を『破滅の六禍(ディアプトラ)』と呼称。


ハル姉はララによって決められた呼称を今後の情報共有で使用することを決定した。


「今後は『三魔獣』に加え、『破滅の六禍(ディアプトラ)』についての調査、対策も練らなければなりません。そして、三つ目の議題はこの『破滅の六禍(ディアプトラ)』と関連がある可能性のある事案になっています。」


三つ目の議題と言えば、北部地方で多発している冒険者失踪事件。一体、それがどう関連しているというのだろうか。


「北部地方では、冒険者に限定した失踪報告が多数ありました。近隣には村が点在していますが、幸い彼らからの被害は今のところない状況です。過去、騎士団を派遣し、大規模な調査を幾度と行いましたが原因は発見されず調査は停滞しています。」


冒険者だけが失踪…。北部地方は森林が多いことで有名で、考えられるとすれば冒険者が森林部での遭難や魔獣に襲われたか…。


すっと一人の女性が手を挙げた。


「ですが、その情報だけでは『破滅の六禍(ディアプトラ)』との関連は考えづらいと思いますが。」


初めて口を開いたのは、淡い金髪のストレートヘアの女騎士。会議の開始以降、それぞれが姿勢を崩していった中、セルヴェール、メタンフォードと共に綺麗な背筋を保ち続けていた。


「その通りです。これだけであれば私たち特務で請け負うことはなかったでしょう。」


「では、それ以外にも何か?」


「はい、実はこの地にまつわるある噂が囁かれています。」


「噂…ですか…?」


「噂の出どころは定かではありませんが、その内容は『北部の森にはゾンビが住んでいる』というものです。」


さすがの女騎士も突飛な話に驚いた顔を見せる。それは女騎士に限らず大半は同じような反応を見せた。だが、ハル姉の隣に座る金髪縦ロールの、まさしくお嬢様は嘲るように吐いて捨てた。


「フンっ、ゾンビだなんて!ハルティエッタ様は本当にそのような噂を信じてらして?」


「いいえ。本来であれば与太話として考慮の余地はなかったでしょう。ですが目撃者によれば、魔獣を素手で屠ったと。人の形をしていながら、生者としての気配は感じられず、素手で魔物を屠る力をもつ。その条件をもって『破滅の六禍(ディアプトラ)』との関連を疑うに至りました。」


「その目撃者というのは?」


「冒険者です。北部での依頼の際にゾンビを目撃してしまい、即刻引き返したとのことでした。ですが、依頼をキャンセルしたため受注履歴は残っておらず、目撃者との接触はかなっておりません。」


つまり、北部で多発する失踪事件にはゾンビらしき存在が関わっていると踏んだわけだ。そして、ゾンビは『破滅の六禍(ディアプトラ)』と関連があるかもしれないと。


恐らくは推測の域を出ていないのだろう。だが、今は僅かな可能性でも敵の情報を得られるのであれば、形振りかまっていられない状況だと言うことだ。


「それで、この調査を担当してもらう方ですが」


「それ!あーしちゃんがっ」

「いや、それは僕が行こう。」


ララが立候補しようとするのを遮る形でメタンフォードが手を挙げた。


「僕はこの席についたばかりだ。まだ、みんなの中には僕の力を信用できない者もいるかもしれないのでね。ここで一仕事して、認めてもらうとしよう。」


「そんなことっ…!貴方のお力を疑う者なんておられるはずありませんのに!」


意外なことに、メタンフォードの言葉にお嬢様が食いついた。少し頬を紅潮させているものだから、これはひょっとするかもしれない。


「エレノア様、ありがとうございます。そう言ってもらえるのは光栄ですが、この場には騎士の経歴を持たない方もお出でです。その方々にはやはり力を証明しませんと。」


そう言うと、メタンフォードはサジの方を見た。目が「話がスムーズにいくように黙って頷いておけ」と完全に脅している。


サジは怯えた表情でうんうんと二度うなずくと、今度はエレノアお嬢様に睨みつけられた。二度目のとばっちりである。


「エレノア様。この場は私に華を持たせて頂けませんか?」


「貴方が…そこまで仰るのであれば…。」


エレノアの高慢な態度はみるみる萎んでいき、恥じらう乙女のように縮こまってしまった。


グランは結論が出たことを確認し、メタンフォードに正式な形で調査の依頼をした。


「わかった。メタンフォード。儂もお前の実力は疑っておらん。だが、やるからには相応の結果を期待する。」


「畏まりました。偉大なるガフ将軍。」


「ここでその呼び方は止めてくれんか。」


困った顔をするグランに対して、メタンフォードはにこやかと笑顔を見せる。これはやんわりと「お断りします」と言っているのだ。


最近、メタンフォードの表情から何を言いたいのか理解出来てしまうのが辛い。


そういえばグランは以前、騎士団長をやっていたとか。二人の会話を見るに、グランはもしかしたら『大地を穿つ爪(テラ・タルパ)』の元団長なのかもしれない。


全ての議題を終え、会議は終了した。それと同時に出席者は続々と退出していった。


おれはちょっとした違和感が気になってメタンフォードに問いかけた。


「フォードさん、なぜ受けたんです?」


「うん?何のことだい?」


メタンフォードがすっとぼけた顔をするので顔面パンチをお見舞いしようと思ったが、どうせ本人はわかっている。


「ゾンビの件です。」


「さっき言ったと思うが?新入りは力を示さなければならないからね。それにもしかしたら…」


彼の視線は一瞬ララを捉えた。


「いや、何でもない。」


「…?」


たぶんこうなったメタンフォードは何も言わない。問い詰めるだけ労力の無駄というもの。大体、そういう時は聞いても聞かなくても結果は変わらないということなのだろう。


おれたちは最後に部屋を出ることになった。


何となく副官らしくおれが先を行き、扉を押し開けてやる。すると、ちょうど目の前に、壁にもたれかかったセルヴェールの姿があった。


輝かしい金髪の前髪が目にかかるくらいの長さ。よく見ると彼はオッドアイで、右目が澄んだ青色、左目が髪と同じ黄色い瞳をしていた。


次の瞬間、セルヴェールの姿がブレ、気づいた時には光輝の刃がおれの喉元に突き立てられていた。

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