59話 チキンとヤンキー、ついでにヤギ
部屋の中央には重厚な造りの極大な円卓が配置され、既にほとんどの席は埋まっていた。
そして、さらにその外を囲むようにそれぞれの副官らしき人らが起立している。
メタンフォードが部屋に入って来たにも関わらず、ほとんどの者は我関せずで反応すらしなかった。ぱっと見ただけでも強烈な個性を放つ面々が、各々の時間を潰している。
涼し気な表情で華やかな扇子を仰ぐ金髪縦ロールのお嬢様。
短剣サイズのハサミで黙々と盆栽の剪定をするフードの男。
つり目型のサングラスをかけた金髪リーゼント…
そして極めつけは山羊の覆面を被った不審者。
席に座っている者たちの服装は黒を基調とした軍服で統一されているはずなのに、それぞれの個性が激しく主張している。
もちろんその中にエメラルダの姿もあった。彼女も緊張しているのか、それとも『黙せば花』を実行しているのかわかりづらいが顔を強張らせている気がする。
そして、おれたちに真っ先に反応したのは襲撃の時に助けてくれたあの女性。
「やほやほー、フォッ様!よーやく来たしぃ!」
どうやら規定の服装にはないチェーンを上着にぶら下げた、半袖ショートパンツスタイルの軍服。小麦色の肌を惜しげもなく露出させる女性。ララ・ライブラである。
ララは両掌をメタンフォードに向けてハイタッチを求めると、意外なことにメタンフォードもそれに応じる。
「当初は来る予定ではなかったんだがね。」
「もう、また皮肉ぅ!そういうとこよ、フォッ様!」
「あれ、二人ともお知り合いですか?」
おれが思ったことをそのまま聞くと、メタンフォードは笑いながら答えた。
「ああ、ここにいる者の殆どは面識があるよ。騎士の世界は狭くてね。優秀な者ほどその狭さは顕著だよ。」
暗に自分も優秀だと言っているようで憎たらしいが事実なので言葉を失った。
「あ、そんなことよりフォッ様!そこの少年はあーしちゃんが貰おうと思ったのにぃ!」
と、ララに唐突に指を差され心臓が飛び跳ねた。彼女の言葉はニュアンス的に、売り切れ直前の商品の最後の一個を横の人にカッ攫われたときと似たようなものに思えた。
「残念だが、彼は僕が選んでしまったからね。他をあたってくれ。」
「今からでも譲ってくれていいし?」
「遠慮しておくよ。」
「ケチぃ!」
メタンフォードとララの間に火花が散った…ような気がする。
まさかおれを取り合って…!おれのために争うのはやめてくれ!
なんて冗談は心の内に留めておくとして、この光景を遠くから「うわぁ…」と青ざめた顔で見ている男が一人。
「帰りたい…。もうピリピリしてるじゃないか…。喧嘩とか勘弁してくれよぅ?絶対とばっちり受けるじゃないかぁ…。」
茶色の天然パーマで、鼻にそばかすをくっつけた気弱な青年。騎士にしてはかなり体の線が細く、弱々しい印象が拭いきれない。
「なに、心配せずとも喧嘩にはならないよ。君は…初めましてだね。僕はメタンフォード・ブラン。今日から末席に加わらせてもらうことになった身だ。よろしくお願いするよ、先輩。」
「うわ、聞かれてっ…ど、どうもサジ、です。」
いきなりとばっちりを受けたサジは勢いよく立ち上がった。だが、これでもかというほど腰が引けている。彼までは十メートル程度の距離感があったが全く近寄ってくる気配はない。
そうと見てメタンフォードは彼に向かって歩み寄る。そのたびに、サジは同じ距離だけ後退った。これでは一向に距離は縮まないだろうに。
「ああ、ダメダメ。サっちゃん人見知りで他人との距離感ファーラウェイだから。あーしちゃんで一メートルが限界って感じ?」
「なるほど。」
それでもお構いなしにメタンフォードは歩みを進める。だが、今度のサジはなぜか後ずさりをしなかった。
「え、ひぃぃぃっ…あ、足がぁ…!」
サジは情けない声を上げて足元を見た。そして、同情を禁じ得ないほど震え上がり、顔から血の気が失せていく。どうやらメタンフォードは土の魔法でサジの足を絡めとったらしい。
「えぇ、可哀想…。」
「頑張れ、サッちゃん。」
おれとララが抱いた感情は概ね同じようだった。メタンフォードは意外と相手の感情とか事情とか気にせずに近づいてくる節はあったが、これで確定的となった。
「よろしく、サジ先輩。」
メタンフォードが差し出した右手は、絶対に拒否は許すまいとの意思表示だった。
「は、はぁぃ、よろしく…お願いしますぅ…。」
二人は固く握手を交わし、メタンフォードはそれで満足したのか手を放した。その瞬間、サジはへなへなとその場に座り込んでしまった。よほど緊張したのか、どっと疲れた表情になっていた。
「何なんだ、あの人。僕、あの人苦手だぁ…。」
「わかります。」
サジの独り言にボソッと同意を示しただけなのに、サジはガバッと顔を上げておれを見た。その瞳は同族を見つけたかのように輝いていた。
彼は人に近づかれたくなさそうなので、遠くから会釈すると感涙のようなものを流していた。
「なぁ、アンタら!そろそろ席につかねぇか?時間だぜ。」
おれたちの騒々しいやり取りに苦言を呈すかのように、金髪リーゼントの男が鋭角のサングラスで睨む。
「やぁ、レオン。相変わらず髪のセットには時間をかけているのかい。」
「はっ、アンタの皮肉も相変わらずだな、メタンフォードの旦那ぁ。アンタは知ってるはずだぜ。俺っちの髪は天然だってな。」
「うそっ…!?」
衝撃の事実に声を出してしまった。レオンはピクリと眉を動かした。がに股気味におれの前まで歩いてきて、グッと顔を寄せてくる。サングラスがもう目前まで近づいてきた。
「気に入らねぇなぁ…あぁん?お前がハルティエッタの姉御を守ったってぇ坊主だろ。とりあえず、初対面で仮面をつけたままっていうのは礼儀がなってないんじゃねえか?」
ビックリするほど低く錆びついたような声。レオンはおれの仮面に手をかけようと伸ばしてきた。このままではハル姉が来る前に仮面を没収されてしまう。たが、彼の威圧感は避けることも拒むこともできないほどおれを抑えつけた。
レオンの手が仮面に触れる直前、メタンフォードが彼の腕を掴んだ。
「やめてやってくれないか?」
「あぁん?どういうつもりだ旦那。アンタともあろうものが、礼儀を粗末にするつもりじゃないだろうな。」
「もちろんそんなつもりはないさ。彼の失礼は僕が責任を持とう。だが、君がそれを非難するのであれば、そのサングラスを外す覚悟はしておいた方がいい。」
この時以上にメタンフォードが頼もしく、さらに格好よく見えたことはないかもしれない。
「メェェ、メェェ。そうですよメェ、素顔を暴こうなんて、それこそ礼儀知らずというもの。そうですよメェ?」
と突然、山羊の覆面を被った男がメタンフォードとレオンの間に立った。「メェ」にビブラートをきかせた喋り方がどこか道化じみている。
「おっと、失礼致しました。ワタクシの話題かと思いまして、ついつい横槍…横角を入れてしまいました、ムフフフ。ワタクシ、キャロット・ホットバンピーと申します。以後、お見知りおきを。」
仲裁のためなのか、自分に火の粉が振りかからないためなのか突然現れた不審者に、高ぶっていたレオンの感情も治まりを見せた。
「…。チッ。わかった。本当に相変わらずだな、メタンフォードの旦那は。坊主も、悪かったな。」
レオンは無造作に腕を振り払い、こちらに背を向けたまま片手を上げた。それを見て山羊の男…キャロット・ホットバンピーはおれに向けてサムズアップをした。
その視野の片隅で、レオンが副官であろう女性にハリセンで殴られていたのには笑いを堪えられなかった。
「では、そろそろだね。席につこうか。」
メタンフォードの言葉で気づいた。扉の外から複数人の足音がこちらに近づいて来ていることに。恐らくそれがハル姉と、グラン、ティーユ、そしてこの場にいない『剣聖』セルヴェールなのだろう。
一息おいて、再びあの大きな扉は開かれた。