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勇者ハルティエッタの憂慮③

「すぅー…はぁ…。」


私は待合室の前で息を整えその扉を開けた。そこには一人の男が座っていた。仮面をつけているから何を考えているのかはさっぱりわからない。ただ、微動だにせず黙って何もない空間を眺めていた。


「そこの貴方…。少しお話をしたいのですが、よろしいですか?」


「…。」


緊張気味に呼びかけたけど応答はない。


もしや聞こえていない?

もしくは自分が呼ばれていると気づいていないのでは?


「リュート。少しお話をしたいのですが…。」


「…。」


「リュート・ヒーロ?」


「…。」


「リュート・ヒーロ!」


「ひ、ひゃい!?」


あまりに反応がないものだから怒鳴りつけたようになってしまった。リュートは体をビクッと大きく反応させる。あまりの小動物のような反応に少しだけ申し訳なくなった。


でも、私が名前を一生懸命呼んでるのに反応してくれないリュートもリュートです。


「今、何をしていたのですか?」


「せ、精神統一を…。次の相手はあのメタンフォードですから。」


「そ、そう。邪魔をして申し訳ありませんでした。」


まさか本来なら当たらず済んだ相手だったなど口が裂けても言えないけど、多少の罪悪感はあった。それにしても普通に喋ってみてはいるけど…彼から邪悪さは一切感じられないですね。


やはり彼は何も悪くなく、私の思い違…


「邪魔だなんて滅相もございません!貴女のお姿を拝見できただけで誠に幸甚でございます!」


前言撤回です!

彼は邪悪そのもので間違いありません! 

危うくにへら笑いを浮かべながら、水上げされた巨大魚のごとくのたうち回るところでした。


「大袈裟ではありませんか!?」


「いえ、これはこの国に住む者にとって共通認識にてございます。誰一人として例外はおりません。」


「誰一人として…?」


「はい、嘘偽りなく。」


「本当に?」


「はい!」


彼に見られないようにターンはしたものの頬が緩みきって戻らない。こんな顔は間違っても人に見せられません。確信しました。やはり彼は私に何かしらの精神攻撃をしています。それは決して許されない所業です。


でも、そうですか。

この国にいる人たちが私を好ましく思ってくれるのは嬉しいことです。

例えば、遠く離れた小さな村に住む少年とか。

勇者に憧れるかわいい少年とか。

色んなことに一生懸命で、まっすぐな少年とか…。


って、彼の言葉を鵜呑みにしている場合ではありません!

危ない危ない。またもや彼の術中に嵌るところでした。

やはりリュート・ヒーロは危険な男です。


「おほん。い、今はそんな話をしに来たわけではありません。貴方には一つ尋ねたいことがあって来ました。」


「はい、何なりと。」


「まずその仰々しいの。やめてもらえますか?」


「御意に。」


彼は恭しく跪いた。


「そういうのです!」


「はて、女神を前にすればこの行為は決して仰々しいものではななく。子供には優しく、目上の方には敬意をもって接するのは当たり前かと。それと同じでは?」


彼は一体私を何だと思っているのでしょう。まるで本当の女神を讃えるような態度に私の調子は狂ってしまう。


ですが、私もいい加減黙ってやられっぱなしというわけにもいきません。ここからは私の反撃です。


「も、もういいです!…では、一つお尋ねします。」


「はい。」


「あなたは一体何者ですか?」


リュートは核心に迫る問に対してギクリという反応を見せる。してやったり。その反応を見るからに、彼は間違いなく正体を隠さなければならないような悪漢。


私は勝ち誇った気分で彼の答えを待った。スパイですか?暗殺者ですか?どんな言葉が帰ってこようがその素っ首スパッとはねて差し上げましょう。


そして、待ち構えた結果…


「おれは…貴女を愛して止まないドM仮面、リュート・ヒーロ!助太刀するためにここまで来ました!」


いけない。彼の言葉の一部に過剰に反応してしまい、顔面崩壊が止められない。だめよ、ハルティエッタ。頑張れ私の表情筋!


でも、聞き捨てなりません。貴方を愛して止まないと彼は言った。貴方を愛して止まないということはリュートは私を愛して止まないということです。つまりリュートは私を愛していると。リュートが私を愛しているということはつまり…


リュートは、私を、愛しているということです!リュートが私を愛している…ふふ。愛している、だって。愛している…ふふふ。


なんと至福で甘美な響きでしょう。リュートは私を愛している。もういっそ『リュートは私を愛している』ということわざを作りたい気分です。意味は『リュートは私を愛している』でいいですね。そうだ、『リュートは私を愛している』記念日も作りましょう。座右の銘もこれからは『リュートは私を愛している』で…


「ワカリマシタ。オシエテイタダキ、アリガトウゴザイマシタ。」


「ハル姉ぇ!」


リュートに呼び止められた瞬間、額に衝撃が走った。夢見心地からいきなり現実に引き戻された。


「痛ぁっ!」


何が起こったのか分からなかった。理解が追いついたころには私は羞恥のあまり感情が昂ぶった。


「い、今のは見なかったことにしなさい!」


「仰せのままに。」


私がこんな醜態を晒した上でなおその態度で接してくるのなら、そこにあるのは畏敬の念ではなく馬鹿にしているのと同義です。


「もうっ!馬鹿にしないで!」


私は悔しさと恥ずかしさでいっぱいになり待合室を飛び出した。


なんでなんでなんで!彼の正体を暴くつもりが、これではただ私が恥を晒しただけじゃない!なんで…なんでこんなことにっ。


その時、ピタッと足が止まった。


あれ?今、私は大事な『何か』を聞き逃したのでは?

とても重要な一言。

『愛して止まない』…。

それは確かに重要な一言です。

ですが、それよりももっと重要な…。

私が待ちわびている言葉…。


「今『ハル姉』って…!」


私は今しがた飛び出してきた待合室に向かってUターンし、勢いよく扉を開け放った。


そこにいたのは、仮面を手にした黒髪の少年。

私は記憶の中の彼と目の前の彼を比べた。

最後に見たのはあの村を出発した日。

あれから一年以上たち、その少年の姿は成長していた。

その愛らしい面影は残したまま、身長と髪が伸びている。

体もずっと逞しくなり、すっかり男らしくなった。

そのまっすぐな二つの黒い瞳が私を射抜いた。


リューくんだ!なんでこんなところに?

迷子かな?それならこのハルお姉ちゃんが案内を…

そうだ。私の家来る?来ちゃう?

いえ、そうじゃなくて。

リューくんだよね?私がリューくんを見間違えるはずない。

あれは絶対にリューくんです!

リューくんだよね。リューくんだよ。リューくんね。

リューくん。リューくん。リューくん。リューくん。リューくん。リューくん。リューくん。リューくん、リューくん、リューくん、リューくん、リューくん、リューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくんリューくん



パタンッ


急にララは本を閉じた。顔面蒼白になり、化け物を見るかのような目で私を見ている。


人の記憶を覗き見ておいて、そんな視線を向けてくるなんて失礼な話です。


「え?え?なにこれ!?嫌ぁ、え、怖い怖い怖い怖い怖い!ホラーじゃん!これホラーっしょ!」


「むぅ、何のことですか…。」


ララが何のことを言っているのかさっぱりわからない。


「え?うそ…。ほら、待合室でリュートくんと会ったでしょ?」


「…?会いましたね。はっ!まさか壁に頭をぶつけたところを見たのですか!?」


「そうだけども!そうじゃないし!」


まるで要領を得ないララの説明に、私は何となくその時の記憶を呼び起こした。


「そういえば…私そのあと気絶してしまったらしくて。次に目が冷めたときには医務室のベッドの上だったんですよね…。」


「ふぇ?」


可愛い声を上げたララは薄めを開きながら恐る恐るページの続きを読んだ。ちょっとするとララは再び本を閉じてため息をついた。


「なるほぉ。そうだ、ハルっち様ぁ。こんな話をご存じ?愛し合ったカップルがおりまして。ある日、彼ピッピがサプライズでプロポーズ!結果、彼女っちは気を失ったんだそうな。」


「…?」


「じゃあ、これは?数年ぶりに飼い主とペットが奇跡の再会!ペットは嬉しさのあまり意識を飛ばしましたとさ。」


「それなら聞いたことがあります!」


「そうですかい、そうですかい。」


「一体何なんですかぁ。」


「なーんでもないよ、ハルお姉ちゃん♪」


「んなっ!」


私はどこでその呼び名を知ったのかしばらく追求したが、ララは頑なに教えようとはしなかった。


「それでこのあと襲撃があったと。」


ララは私の不平不満を遮り、強引に話を戻した。


「はい、そうですぅ。だから、選定は中断してしまったんですぅ。」


「ほーら、すねんなし。でも、いつまでも引き伸ばしはできないし。心決めないとっしょ?」


拗ねているのは誰のせいかと問い詰めたい気持ちはあったけど、ララの言うとおりいい加減結論を出さなければいけないのもまた事実。


国の軍力の根幹を担う『紅蓮の暴姫(テスタロッサ)』を守りきり、私達が把握していない残り三人の敵対者の情報をもつメタンフォード。そして、その命を賭して私を守ってくれたリュート・ヒーロ。どちらも功績の大きさは計り知れない。


「でもさ、ハルっち様、実は迷ってないと思うし。実はもう決まってるんしょ?どっちをとるか。」


「そう…ですね。そうかもしれません。」


私は自分の胸に手を当てて考える。今でも襲撃のときの記憶は鮮明に覚えている。思い出すだけで恐怖で指が震えるほどに。


私は一度死にかけた。いや、一度死んでいたのかもしれない。私に「戻ってこい」と何度も呼びかけてくれたリュート・ヒーロ。彼がいなければ私は今ここにいない。


私を背に最後まで戦いきった彼に、今では尊敬の念すら感じている。これからも幾度となく窮地に立たされるかもしれない。その度に、彼はきっと命を投げうってでも私を守ろうとするのでしょう。


彼がいればこの先に待ち受ける戦いで、どれだけの力になってくれるのでしょうか。どれだけ私を安心させてくれるのでしょうか。そして、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ええ、決めました。」


私は特務部隊のリストの空白欄に、あの男の名前を書いた。

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