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50話 共闘

「貴方は…。」


乱れた髪。荒れる息。ボロボロになっているハル姉が呆けた表情でおれに呼びかける。彼女にとってみれば、今のおれは戦いに割り込んで来た不審者以外の何者でもない。


ただ、言わずもがな。おれにとっては人生最大の見せ場に他ならなかった。この時、この瞬間を夢見て幾年。ハル姉を守る。ただその一心でここまで突っ走ってきた。


幼少の頃はただの夢だった。後悔で満たされたあの時から目標になった。そして今、現実としてここにいる。


感極まって既に泣きそうだが、泣きながら登場した男などみっともなさすぎて目も当てられない。ぐっと堪えて震える声で何とか口にする。


「助けに来たよ。ハル…ハルティエッタ様。」


「…っ!!!!」


ハル姉は声にならない叫びを上げるように、びっくりした顔になる。


「助…けに…?え?ちょっと待って。え、やだ。なんで…。」


ハル姉はおれから思い切り顔を背け、胸に手を当ててゴニョゴニョと口籠る。何やら様子がおかしい。


「ハル…ハルティエッタ様?」


「な、ななな、なぜ来たのです!?下がりなさい!!」


再びこちらに向けられた顔は真っ赤に染まって、眉間にシワを寄せ、口元は怒りを抑えるように食いしばっていた。


怒ってらっしゃる!?


口には出さなかったけれど、おれはこれ以上ないくらいに驚いた。そんな顔を真っ赤にするほど怒るとは思ってもみなかったのだ。


「そんな!ここで引き下がる訳にはいかないだろ!おれは貴女を守るためにここまで来たんだ!」


「うぅぅぅっ…また!くぅっ…貴方は邪魔です!すぐにこの場から去りなさい!」


「無理です!」


「貴方では足手まといです!つべこべ言わず逃げなさい!」


「絶対に嫌です!」


「なんて聞き分けのない…!」


「人間。逃がすと思うか…?」


突如として、ハル姉との会話に割り込む冷ややかに刺すような声。その低音は殺意を込めておれに向けられる。心臓を鷲掴みにされたように、キュッと縮む感覚。


「不快だな。」


勢いよく地面に叩きつけられたはずのガルザは無傷。それどころか暴走したイスキューロに匹敵…いや、それ以上の歪な魔力がガルザから溢れ出る。


「どうやら貴方は逆鱗に触れてしまったようですね…。」


「え、やっぱりおれのせい?」


「はぁぁぁぁ…。」


ハル姉は体中の空気を吐ききる勢いで巨大なため息をついた。


「いえ、彼はどの道私たちを皆殺しにするつもりでしょう。」


ハル姉は未だに迷うようにおれの方に何度か視線を送るが、諦めたように再度ため息をついた。


「今回だけです。」


何を言われたのか理解が及ばず小首を傾げるとハル姉は拗ねたように顔を背ける。


「命の保証はできません。それでよければ…私と共に来なさい。」


「喜んで!」


その言葉を聞いた瞬間、圧倒的な力をもつ敵に対する恐怖は消し飛んでいた。もう、おれの人生でこれ以上のことは起きないかもしれない。


「その覚悟があるのなら…。」


続けてハル姉は剣を高々と掲げ、どこの言語ともわからない言葉を発した。


奮い立て、(アダマス・)我が戦士(ストラティオーテス)


ハル姉が高らかに張り上げた声はおれの中にあった何かを刺激した。溢れ出る闘志の熱が身体中に広がり、更に熱く熱く…。俺の身体は火傷しそうなほど熱を帯びているのに、なぜかそれが心地よく体は軽い。一種の万能感すら覚えるほどに今のおれは高揚していた。


「これは士気に応じて身体強化を施す魔法です。今の貴方であれば、多少はあれと戦うことができるでしょう。」


あれ、と言うハル姉の視線の先にはガルザ。禍々しい魔力を垂れ流しながらゆったりとした足取りで近寄ってくる。その一歩一歩、地面を踏み鳴らす音が死神の足音に聞こえる。


だが、やはり恐怖はない。対峙しているのが例え本当に死の体現者であったとしても、おれは迷いなくその足を前に出せる。


「では、行きます!貴方は自由に!私が合わせます!」


「御意に!」


一歩。意気揚々と右足を踏み出し地面を蹴る。刹那、無音の時が過ぎると突如、至近距離にガルザが現れた。いや、逆だ。ガルザがおれの前に現れたのではなく、おれがガルザに急接近したのだ。


その劇的な景色の変化にも、今のおれは冷静を保っていた。最も衝撃(インパクト)の大きい間合い、戦槌の軌道、魔力を込めるタイミング…。まるで理想的な打撃(ミートポイント)を理解しているかのように、自然かつ的確に身体が動く。


そこから放たれるの戦槌の威力はこれまで振るってきたものとは比にならない。さらにハル姉の魔法により強化された『完成された一撃』の威力は、体感的に数十、数百倍にも及んだ。


「ぐぅっ!」


ガルザは攻撃を防ぐように右腕を盾にするが、お構いなしにガードの上から戦槌を振り抜く。直撃した瞬間、ガルザは鉄棒に打たれたゴム球のように勢いよく飛んでいく。触れた手応えすら感じさせないほどに軽々と。ガルザは何度も地面に叩きつけられながら転がっていく。


「はぁぁああ!」


そこに追い打ちをかけるようにハル姉が上空から斬りかかる。ガルザは咄嗟に地面を殴り身体を跳ね上げて回避。今のおれには、その一連の動きがゆったりとして見えた。瞬時に次の動きを理解し、ガルザの着地点を狙う。


「ここ!」


ガルザが地に足をつけるのと同時に、戦槌を巨大化させて振り下ろす。だが、ガルザは着地した足を軸に、もう片方の脚で戦槌を蹴り上げて迎え撃つ。その勢いのままバク転に移りおれとハル姉から再び距離をあけた。


「ふぅ。まずいなぁ。」


たった一度の応酬で嫌というほど相手の強さを実感した。あんな無理な体勢で迎撃されただけなのに。戦槌を握る掌の感覚が薄れ、腕の筋肉が痙攣している。


その様子を見ていたハル姉はおれの先に立った。


「怖気づいたのであれば下がっていてもいいのですよ。」


「怖気づく…?冗談。」


ああ、冗談じゃない。むしろ戦意は高まる一方だ。敵が強ければ強いほど、ハル姉を守る意味がある。だから、おれにとってこの戦いは…。


「むしろご褒美です!」


おっと。またおかしな部分だけ口走ってしまったようだ。ハル姉が冷めた視線を送ってくる。これではまるでおれがマゾヒストのようではないか。


「ドM…でしたね。そういえば。……ふっ。」


「なっ…!」


ハル姉の顔は見えない。だが、確実に笑われた!言い訳を考えなければ。いや、今はそれでどころではない!いやでも!


「だめですね。貴方の戯言を聞くとつい気が緩んでしまう。」


ハル姉は穏やかな口調で呟く。覗き込んで横から見たハル姉は戦いの最中とは思えないほど優しく、困ったような顔をしていた。だがそれは刹那のことで、ハル姉はふうと短く息を吹くと再び凛々しい顔を見せる。


「リュート・ヒーロ、気を引き締めなさい。」


その一言でおれとハル姉の間の緩んだ空気はひりついた。ガルザはピンピンしている。飛びかかってくる気配は見せていないが、殺気を帯びた視線はおれとハル姉の二人を捉えている。


「理由はわかりませんが、敵は未だに底を見せていません。まだ本気を出していないのか、もしくはまだ出せないのか…。何にせよ、彼がその気になる前に攻撃をたたみかけます!」


「了解!おれが先行する!」



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