4話 暗闇の先へ
各話、後書きを加えました!
「おや、面白い気配がするぞぅ!」
男は嬉しそうに宙を眺めた。厳密には宙を眺めている訳ではなく、青く光る左目に映し出した像を見つめているのだが端から見ると頭のおかしな独り言である。
「いいねぇ、この感じはいつぶりだろう。これが僕史上五本指に入ってくれると嬉しいんだ。久しぶりにお気に入りランキングが変動するかもしれない。いやぁ、本当に楽しみだ。」
子供のように無邪気な声で、男はその時を待ちわびる。それは新しい玩具の箱を開ける時のように。好きな女性との初めてのデートの待ち時間のように。大好きな小説の続巻が発表された時のように。
☆
「それで、お前はいつまでそうやっているつもりなんだ?」
無事に王都にたどり着くと、色んなものに目を奪われた。綺麗に舗装された石の路。高々と並ぶ整った建物。王都の中央にそびえ立つどでかい王城。そして、相変わらずおれの肩に干されているウサギ・・・。
ラビ(肩に干されているウサギにつけた名前である。)はあれから結局ついてきたのだ。一つわかったことはこいつは他人には見えないということ。
「いい加減、幻覚を見てるんじゃないかと心配になるんだけど。」
『まぁまぁ。ええやんけ。』
言葉を発している訳ではないが、行動が雄弁過ぎる。つまらなさそうに片耳だけで器用におれの肩をポンポンと二度叩いた。そういえばこいつ戦ってる時とかどうしてたんだろう?と疑問に思うがどうせ考えてもわからない。
「まぁ、いいけどさ。あー、最初はどこ行けばいいんだっけ。」
『あっちやで。』
もう一方の耳で器用に指し示す先を見ると随分と大きな協会があった。そう、これからヒノボリ村で孤児院をやっていた教会の親元の大教会に行き、王都での居住地を提供してもらう手続きをするのだ。そこのところ孤児に対する待遇が厚いのは喜ばしいことである。
「それにしてもお前賢いな。」
『大したものでもないさ。』
と、人が謙遜するときに手を左右にうねらすように耳を左右にうねらした。
「いや、そういうとこだぞ。ほんと、いつの間にそんなこと覚えたんだか。」
あまり人の多いところでこんなやり取りをしていると自分の肩に独りツッコミを入れるヤバイやつに見られてしまうので、しばらくラビの動きに無視を決め込み住居の手続きを済ませた。
「んで、次は冒険者ギルドで登録だったかな。」
王都で暮らしていくのに色んな手続きが必要だと聞かされ、よくこんな面倒なことができるなぁと感心してしまうのは田舎者ならではの感覚だろうか。
ギルドは国が運営しており、ハル姉はそこに所属する扱いになるそうだ。魔王の居場所を突き止めるまでは、実力をつける意味も兼ねて大型の依頼を絶え間なく受けているらしい。
「こちら受付になりまぁす。」
ギルドの受付には、可愛らしい笑顔で出迎えてくれる女性が姿勢良く座っていた。
「あの、登録をお願いしたいのですが・・・。」
「はい、初めてご登録される方ですよね?」
「そうです。」
「職種は何で登録なさいますか?前衛なら『戦士』『盾』、後衛なら『魔導師』『弓兵』『治癒術士』が一般的です。それ以外にも固有の」
「あ、治癒術士です!」
つい反応してしまい話を遮ってしまったのに受付の女性は嫌な顔一つしない。優しい。
「治癒術士ですね。承知しました。では、資格証を拝見してもよろしいですか?」
え、資格証?治癒術士って資格いるの?当然、今日来たばかりでそんなの持っていない。
頭にはてなを浮かべているのを見かねて、受付の女性は説明を加えてくれた。
「今、この国ではギルドの依頼を受ける場合、パーティに治癒術士がいることが絶対条件になっています。近年、死亡件数が上昇してきたのでその対策の一環です。ただ、当初は治癒術士と勝手に名乗るだけで許可は降りていましたが、お分かりの通りそれでは意味がありません。そこで、質の高い治癒術士を増やしパーティの生存率を底上げするために資格制度が導入されたのです。」
あらかじめ用意された台本があるかのようにすらっと言葉が流れてくる。
「な、なるほど。ちなみにその資格はどこでとれますか?」
「こちらのギルドで取得可能ですよ。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。リュート・オーファンです。」
「リュート・オーファン・・・。治癒術士・・・。はっ!少々お待ち下さい。」
女性は何かを思い出したのか、大急ぎで裏手の方に消えていった。かと思えば少し暗い顔で戻ってきたのだから何事だろうと身構える。
「申し訳ありませんが、リュート様は治癒術士の資格を取得できません。」
「ど、どうしてですか!?」
目的の根本を覆されるようで、動揺を隠しきれない。
「しばらく前のことですが、ハルティエッタ様よりリュート・オーファンの治癒術士資格の認定及びギルド入会を固く禁じられておりました。」
「そんな!」
嫌いと言われたとき以来のショックで、頭が真っ白になった。
「ハルティエッタ様とはお知り合いなんですか?」
女性は好奇心が抑えきれないようで、小声で尋ねてくる。
「はい、同じ孤児院にいました。」
「そうですか。ちなみにですが、そんなに嫌われるようなことをされたんですか?」
「・・・はい。」
心あたりがありすぎた。忘れようとしていたが、まだハル姉に嫌われているという問題は解決していない。今回ほどの拒絶を見るともう仲間にいれてもらうのは不可能ではないだろうか。
結局、おれはギルドの登録はできず、予期せぬショックにうちひしがれながらギルドを後にした。夕暮れを背に、大教会から紹介された新たな家に向かう。
終わった。あれ、おかしいな。来たばかりの時はあんなに街は綺麗だったのに、今は全てが揺らめいている。街が水の底に沈んでいるみたいだ。つーっと温かいものが頬を伝う。
『ほら、涙ふけよ。』
とラビは片耳を頬に当てた。
こんなのどうしようもないじゃないか、と思う。ここまで拒絶されたらもう立ち直れない。おれの気分と共に茜色に輝いていた太陽は完全に沈んだ。暗くなった街道、家から漏れでる光、静まり返る街並み。初めて見る景色なのに今はどうでもよく見える。
しばらく歩いていると急にラビの耳がピンと直立した。何かを感じ取ったのか片方の耳で向こうに向かえと何度も指し示す。どうでもよくなったおれは、何も考えずにラビが指し示す方向に歩いて行くと細い脇道があった。
「どうしたんだ、ラビ。何にもないぞ?」
ラビの耳は更に脇道の奥を指していた。言われた通りに脇道に入り、右、左と指示通りに歩いて行く。ある扉の前まで来るとそこを指さした。いや、耳指した。
「なに、ここ?」
ラビが珍しく鋭い視線を向けている気がする。入れ、ということだろうか。不審には思いだからも2回ノックした。だが反応はない。
「なぁ、ほんとにここはなんなんだ?」
ラビは相変わらず扉を凝視している。それとなく取っ手に手を触れるとギィ、と軋んだ音と一緒にゆっくり開いた。中は真っ暗だ。少し、好奇心が沸いた。いけないことだろうと思いながらも一歩、二歩と中に入る。もう数歩行ったところでバタンと音がした。振り返ると扉は閉まっていた。
「やぁ。」
突然聞き慣れない男の声がした。もう一度前方に向き直ると年季の入ったランプの明かりが、古びた書斎机とその前に座る声の主の姿を映し出していた。
「ようやく来たね。待ってたよ。」
感情の読みとれない声で男はそう言った。
声の主「やぁ、ようやく初対面だね。ちなみにオーファンは『孤児』の意味で、単純に孤児の名字としてよく採用されているよ。」