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48話 小さな男

僕はこれまでたった一度を除いて、間違った選択はしなかった。それ故に、僕は『お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)』の名を授かるに至ったのだ。


だから、分かっている。感情的に動くことは正しさとは程遠い愚行だということを。たった一度の間違いこそ、感情的になってしまった結果だったから。だから…。


ああ、分かっているさ。僕は再び間違った選択をしてしまったのだろう。


だが、どうしたものだろうか。選んでみるとこんなにも呆気なく、こんなにも清々しいものなのか…。リュートの言葉は、僕を縛りつけていた理性の鎖を尽く打ち砕いてしまったようだ。僕が守ってきた矮小な誇りも、抱え続けた後ろめたさも、今の僕にはどうでもいいものに思えた。


闘技場を飛び出してすぐ、僕ははるか上空から王都全域を眺めていた。目指すべき場所はすぐに見えた。


「あそこか…!」


硝煙が立ち上り、あるはずだった建造物があらかた均されている一画が見える。


着地後、僕は大地をバネに自分自身を射出させ、まるで一つの弾丸のように一直線に彼女のもとへと急いだ。


風切り音で周囲の音が全てかき消されている。一心不乱に彼女の元へと急いでいるせいか、ふとかつてたった一度だけ起こしてしまった過ちの記憶が蘇った。



記憶は10年と幾年か遡る。あれは騎士学校に在籍していた最後の年。学生が研鑽の集大成として、己の力をぶつけ合う武の祭典『ヴィゴーレ祭』で事は起こった。決闘形式のトーナメント戦、決勝。


その栄誉ある場に立ったのはもちろん僕と…ガーネット。


僕はどうしてもあの戦いで勝ちたかった。いや、()()()()()()()()()()()()


僕はその勝利を掴むため、ありとあらゆる努力を惜しまなかった。魔法も知識も剣技も、己の力になりうるもの全てを極めんと研鑽に己の全てを費やしたのだ。


だが、結果はどうだっただろう。そんなものは誰の目から見ても明らかだった。僕の完敗だ。


僕は彼女の魔法になす術なく圧倒された。僕の積んできた努力はこともなげに心もろとも叩き潰された。


気づけば僕は地に膝をつき、その地面を眺めながらどこか遠くで勝者を決める鐘の音を聞いていた。


そして、彼女はそんな僕の目の前まで歩いてきて手を差し出しながらこう言ったのだ。


「アタシはこれから自警団を作ろうと思ってるんだが…その、なんだ…。ああ、じれったい!アタシにはアンタが必要だ!力を貸してくれ!」


僕は顔を上げられなかった。


僕は一体なんのために…。誰のために…!ここまで努力を積み重ねてきたと思ってるんだ!


僕の中はえも言われぬ怒りと悔しさに満ちていた。


そして何を思ったのか、僕の口から飛び出した言葉は、今から考えるとおよそありえない…もっと言えば彼女の心の地雷を踏抜く禁句に他ならなかった。


「冗談はよしてくれ…。僕が…女である君の下につけるわけ無いだろ!」


決して女性蔑視の思想を持っていたわけではないし、女性だからとガーネットを侮ることなど一度もなかった。それなのに。あの日、あの時だけ。どうして僕の口からあんな言葉が出てきたのか…。


口にしたときにはもう遅かった。ハッとガーネットを見上げたときには、既に彼女は僕に背を向けていた。


その顔がどんな表情をしているかなんて察するに余りある。僕と彼女の間にあった大事な何かはこの一言であっという間に崩壊した。


すぐさま自分の言葉を訂正でもすればよかったのだろうが、そのときの僕はそんな些細なことも思いつかず、呆然としながら彼女の背中を見送ったのだ。



思い出しただけで吐き気がする。あのときの自分のなんと愚かしいこと。


「ふっ…。」


今にも強大な敵に接触するというのに、僕はなぜか吹き出してしまった。


「こんなにも簡単なことだったんだな。今度こそ…。今度こそ、この力を君のために…!」


向かう先にとんでもない魔力反応が2種類。一つは疑いようもない。ガーネットのものだ。もう一つはイスキューロと同じく背筋をなであげるような冷気を思わせる異質な魔力。


己の身を弾丸としながら、高速で流れる景色の中で視界に捉えることができた敵勢力は三人。イスキューロが公言した数と一致する。そしてまさに、そのうちの一人が大鎌を彼女に向けて振り下ろす瞬間だった。


僕は思わず、恋慕う彼女の名前を叫んでしまったのだ。


「ガーネットぉぉおおお!」


速度は十分。大鎌が彼女に届くよりも早く、僕の剣は彼女と敵の間合いに刺しこまれた。


激しく金属がぶつかり合う音が辺り一帯に響き渡る。


敵の身体は勢いに押され、大きく後方に弾き飛ばされた。僕はといえば、突撃してきた勢いを殺し損ね、着地の衝撃で脚が悲鳴を上げていた。


「ふぅ。やはりいいことはないな。感情的になると…。」


言葉とは裏腹に、僕は高揚感から口元がだらしなく緩む。そして、念願だった一言を彼女に投げかけようと…


「ガーネット…。助けに来…うぐっ!」


最後まで言い切る前に、追い打ちのように背後から脚に衝撃が与えられる。さすがに着地のダメージもあって、よろめくのは避けられなかった。


「お前っ!次にアタシをその名で呼んだら…!」


ガーネットだ。彼女が僕の脚を後ろから蹴り抜いたのだ。その顔には、かつてのように荒々しく怒る様子が表れていた。それでも僕は、全く後悔なんてしていないし、反省する気もそれを正す気も全くない。


「ああ、ごめん。後でなら、どうとでもしてくれて構わない。僕は、ガーネット…君を助けに来た。」


「…!」


彼女の顔から怒りが少しだけ薄れ、その代わりに怪訝そうな表情を見せた。


「アンタ、少し変わったかい…?」


「うーん、どうだろう。僕自身、そんなに変わったとは思ってないけど。」


「…。ふっ…。『お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)』ともあろうものが、あの子に影響されたのかい。」


ガーネットは考える素振りすら見せず、僕を軽くあざ笑って見せた。だけど嘲笑混じりの彼女の言葉は、どこか僕の中ですとんと腑に落ちた。


「そうだね…。そうかもしれない。」


「ふんっ!」


「痛っ…!痛いって…!」


ガーネットは気に食わなさげに、容赦なく二回三回と僕の脚を蹴った。


「この場は…これくらいで許してやる。その代わりに……せ。」


「うん?なんだって?」


ガーネットにしては珍しく歯切れが悪い。ボソボソと口籠って、声が明瞭に聞き取れない。


「だから!」


「うん。」


「許してやるから、力を貸せって言ってるんだ!」


最後に何故か殴りかかってくる彼女の拳を、僕はパシッと掌で受け止めた。何故か…なんてわかってはいるが…。それは彼女らしい照れ隠し。


「承知した。この力、君のために使わせてもらおう。」


やはり僕の頬は緩みっぱなしだ。また、彼女に求められたことが嬉しかった。僕はそれだけのためにこれまで生きてきたのだから。


「はっ、王子様のご到着ってわけ!?」


僕らの緊張感のないやり取りに嫌気がさしたのか、敵らしき少女が歯噛みしながら僕らに投げかける。


僕はそんな相手の言葉にどうしようもなく違和感を覚え、次にはその僕に対する認識を正していた。


「いいや、そんな大層なものじゃないさ。僕は…」


僕は何だろうかと一瞬迷った末にこぼれた言葉は、なんと僕にお似合いの言葉だっただろう。


「この人を守りたいだけの小さな男だよ。」


そう言いながら剣を構える。本当なら今にも逃げ出したくなるほど敵は強大なのに、僕の心は過去最高に奮い立っていた。

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