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45話 矛盾の結末

「これは…。あなた方の仕業ですか?」


「そうだと言ったら?」


ハル姉の問いかけに対して、細身の男は不遜にも表情をピクリとも動かさずに応える。


「罪人として捕縛します。」


「人間ごときが俺を捕縛するだと?面白くもない冗談だな。」


男が消える。それとほぼ同時に明後日の方向で何かが墜落して砂塵を巻き上げた。風に吹かれて砂塵が晴れると中から姿を表したのは……なんと消えたはずの男だった。


「ほぅ。」


男は興味深げに自分の手と己の立つ地面を見た。


一度の瞬きの間に行われた攻防。視認できたのは男が瞬間移動(テレポート)にも等しい速度でハル姉に斬りかかったところまでだった。


いつの間にかハル姉が抜剣しているのを見て、ハル姉が男を地に叩き落としたのだと理解するのでやっとだ。目で追えないほどのスピードで二人は剣を交えたのだ。


おれは既に冷静ではいられなかった。突如として現れた二人の男たちの強さは恐らく両方ともグレンと同格。立っていることすら許さぬと言わんばかりのプレッシャーは常人の身で受けられる生半可なものではなかった。


うち一人をハル姉が相手をしている。男は不可視の力を今度はハル姉に直接向けるが、ハル姉は形のないそれを剣で両断した。


ガラスが割れたような甲高い音。


そうか。さっきの音はハル姉が男の攻撃を塞いだときのものだったのか。


「リュート!どういう状況!?」


呆気に取られていたおれは、アサヒが影の中から現れたことに気づけなかった。


「わからない…。何も。」


おれは理解の追いつかないこの状況のせいか、地に足がついていないような不安定な精神状態にあった。


イスキューロと相対するメタンフォード。もう一人の男を地面に叩き落とすハル姉。全てが現実感のない悪夢のような光景だった。


何か行動を起こさないといけないとわかっているのに、脳が正常に機能していない。呆然としてしまい、思考がままならない。


「じゃあ、逃げよ!私、すごく嫌な感じがするの!」 


「逃げる…?」


「うん!逃げよ?こんなとこにいたら死んじゃうよ!」


逃げる…?そうか、逃げればいいのか。

人がたくさん死んだ。ここも危ない。

こんなところにいたらいつか殺されてしまう。

殺される?誰に?

ああ、人とは思えないこの二人にか。

おれたちはこの二人の化け物に殺される。


呆然とした頭でそんなことを考える。

だが、おれはどうしても逃げるという選択肢を選べなかった。


「……。」


その時、小さな手がそっとおれの背中に触れる。


振り返ると、そこにはエリスがいた。エリスの目は、髪の隙間から問いかけるように真っ直ぐにおれの目を覗きこんだ。


『逃げるの?』


おれは頬を平手で打たれたようにハッと我に返った。ヒリヒリする頬の痛みと共に、今朝のやり取りが頭の中で流れる。


『今まで何のためにやってきたのか考えて。』


何のために…?

そんなの決まっているじゃないか。

ハル姉のためだ。

ハル姉を助けるためだ。

ハル姉を支えるためだ。

それなのに今、おれは何をしている…!?


「ごめん、ありがとう。それだけはあり得ないよな。」


「うん。」


エリスは満足そうに頷いた。おれは拗ねたようにしょげているアサヒの頭に手を置いた。


「アサヒもありがとう。心配してくれて。」


「私は…!本当に逃げて欲しいのに…。」


彼女の声は自信なさげにだんだんと小さくなる。


「ここで逃げたらおれには何も無くなってしまうから。」


「何もなんて言わないでよ…。」


アサヒは頬を膨らませながら、少しだけ瞳を潤した。おれと目を合わせると、諦めたようにため息をついた。


「はぁ…。わかってる。わかってたわ。リュートがそんなに言うなら、私も逃げないから。」


「っ!それは…!」

 

「わかってるから!私じゃ足手まといになることくらい…。だから、私は私ができることをしてくる。」


これ以上は何も言わせない、という気迫がアサヒから伝わってくる。その声は震えていたが、覚悟は固いらしく今度はこちらが折れるしかないようだ。


「危ないと思ったら…」


「逃げないから!だから…」


アサヒがおれに抱きついてきた。その手からも震えが伝わり、それが恐怖からくるものだとはっきり理解した。それでも逃げないと言った彼女の覚悟は計り知れない。


「死なないで。」


「ああ、わかった。約束する。」


アサヒは惜しそうに身体を放し、再び『影踏み(オスクリタ)』でその場から離れていった。


それにタイミングを合わせたようにメタンフォードが地面を滑りながら後退してきた。


「取り込み中申し訳ないが、そろそろ一人で彼を抑えるのもきつくなってきた!それに、彼はまだ本気を出していないみたいだし!」


「いや、だけど…!」


おれはハル姉の支援に向う。そう言いかけたとき、思わぬ声が間に入った。


「メタンフォード・ブラン!リュ…リュート・ヒーロ!そちらの敵は任せました!」


ハル姉だ。戦力のバランスを見て、おれとメタンフォードでイスキューロの相手をしろということなのだろう。


いつもであれば、そんなの関係ないと真っ先にハル姉の助太刀に入っただろう。たが、ハル姉の『任せました』という言葉がそれを踏み留まらせる。


「「了解!!!」」


初めてのことだ。ハル姉が聖剣を抜いて5年が過ぎ、ようやくおれはハル姉に初めて『任された』。


このとき、おれがやるべきことは決定した。


イスキューロを迅速に倒し、すぐさまハル姉の援護に向う。


「もう…大丈夫なのかい?」


「はい、ご心配おかけしました。」


「ふっ、ようやく君らしくなった。で、そこの彼女は?」


「エリス・エクレア。」


メタンフォードはあくまで視線をイスキューロからそらさず、話を続ける。急に話を振られたエリスは動じることなく名前だけ名乗った。


「へぇ…。君が。戦えると思っていいのかい?」


「リュートと一緒なら…無敵。」


素晴らしい(ブラーヴォ)!」


エリスは雷々纏羅と神速を武器にする最前線のアタッカー。

おれが魔力支援と隙を見て戦鎚で加勢する後衛。

メタンフォードが攻防どちらにも手を広げられるバランサー。


敵は少なくともグレンと同格。

楽観的に見積もっても三人で勝てる可能性は五分を切る。


「チッ、ガキが二人もいやがる。お守りしながら勝てると思ってんのか!ああ!?」


イスキューロは声を張り上げてメタンフォードに飛びかかった。


「ふっ、ただのガキだと侮らないほうがいい。」


メタンフォードがイスキューロに掌を向ける。戦いの中で学んだことだが、それは壁の生成のサインだ。おれはタイミングを合わせて魔力をメタンフォードに送り込んだ。


「ぬ?ふんっ!」


イスキューロの拳は目の前に現れた壁を粉砕して、メタンフォードに殴りかかる。


どうやらメタンフォードも気づいたようだ。僅かだが、明らかにその拳は壁に阻まれた。


メタンフォードは攻撃を避けて、再度間合いをとる。


「なるほど…。今の感覚…。」


「どうしました!?」


「もう少しだけ供給量を増やしてもらうことはできるかい?」


「余裕ですが!具体的にはどれくらいですか!?」


「そうだなあ。ざっと…。」


刹那の思案。そして…。


「十倍くらいかな。」


「少しとは!?」


少しとは!?


おっと。思ったことが口に出た。それもそうだろう。少しって言ったのに十倍って…。十倍って!


「できるだろう?」


だろう?って言われても…。できるけど。なんだかんだフォードさんの無茶振りは半端じゃない。


「ムダだあ!俺の拳の前じゃあ、全てが無意味なんだよお!!」


「ふっ。」


「ああ?」


急にメタンフォードが吹き出したのを見て、イスキューロが訝しんだ。


「君は矛盾という言葉を知っているかい?」


「ムジュン…?知らねえなあ、そんなもの。」


「万物を貫く最強の槍と何ものをも通さない最強の盾があったとしよう。もし、その最強の槍で最強の盾を突いたらどうなると思う?」


おれはその話を知っていた。最強の矛と盾はどちらが勝つのか。おれも昔考えたことはあったが、結局結論なんて出なかった。


そう言われて見ればこの状況は矛盾に近しいものがあるかも。全てを砕く拳をもつ男と、片やこの国で最も防御に優れた騎士。


「万物を貫く…?何ものも通さない…?……。だあああ!そんなことはどうでもいいんだよ!!」


律儀に考える素振りを見せるが、癇癪を起こしたように思考を諦め再びメタンフォードに飛びかかった。


「最強なのはおれの拳だあああ!!槍よりも俺の拳の方が強い!その盾は俺の拳でぶっ壊す!つまりだあ!その最強は偽物ってこったああああ!!!!」


「ほぅ…!」


メタンフォードは再び間に壁を造りだす。さっきの十倍の魔力をもって。


「ムダだってわかんねえのか、よ!!!!」


重みのある鈍い音が闘技場に響く。メタンフォードのドーム型結界まで破壊したイスキューロの拳にかかれば今さらもう一つ土壁を砕く程度は容易い……はずだった。


「ああ?」


イスキューロの視界にあったものは、ただの壁だった。何の変哲もないまっさらな壁。そこに己の拳が当たっている。これがイスキューロには不思議でならなかった。


「なんだぁ?」


イスキューロにとって、それは未知の体験だった。今まで触れたものは砕け、どんなに硬そうなものでも一撫ですれば簡単に崩れ去った。相手が同族ならまだしも、こんな何もない壁に拳が止められるなど今までは無かったことだ。


「ははっ、リュート。君の支援でここまで変わるか。」


同時に、メタンフォードも驚いていた。


土属性の初級魔法『土壁(ラ・ムーロ)』。練度を高め続け、極限まで耐久力を上げてきたこの技にも限界はあった。それは初級魔法故の限界で、これ以上は存在しないものだと思っていた。


だが、こうして出来上がった土壁はまさに鉄壁の名に恥じない強度をもつものとなっていた。密度が以前とは比べ物にならない。それに見たところ材質も普段のものと異なり、火山で見つけた鉱石に類似している。


メタンフォードはただ想像し、意識して、組み立てただけだ。それを全くその通りに実現できてしまうとは信じ難い。


これまでを子どもが手で塗り固めた砂の城壁に例えるなら、これはこの世で最も固い鉱石でできた要塞の壁。


「君は一つ正しいことを言った。」


「ああ!?」


「矛盾というものは真理をもって論じられる訳ではなく、あくまで経験則に基づいた議論なんだ。」


「……。何が言いてえ。」


「つまりね。少なくとも槍と盾、どちらかは『偽り』なんだ。そして、それは実証してみればどちらが『偽り』なのか確定する。この状況に当てはめるなら…。」


メタンフォードはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「壁に阻まれた君の拳は『最強ではない』と言うことだ。」

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