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42話 暴露

メタンフォードを一言で表すのであれば『外柔内剛』。外面は優しく柔和な風体を装ってはいるが、その実、内面は激情が燃え盛っている。それなのに思考はあくまで冷静無比。


彼と出会ってたった数日。彼の全てを理解できたわけではないが、そう思わせる行動や言動は枚挙に暇がない。


こうして面と向かっているだけならば、ただの優しいお兄さんって感じなんだけどなぁ。


「こうして立ってみると、やはりこの展開は運命だったのではないかとすら思えるよ。」


「運命…ですか。」


メタンフォードはきょとんとするおれの顔を見て、少し楽しげに微笑む。


「そう。運命。君がここまで上り詰めたことも、最後の鬼門が僕になることも。まるで誰かに決められていたようだとは思わないかい?」


「ええ、残念なことに、そう思います。おれは神様に嫌われているようなので…。」


「おや、そうなのかい?僕はむしろ、君は好かれていると思っていたけどね。もし、神様が存在すればの話だけど。」


そんなはずはない、とあり得ない話を真面目に考える。もし、神様なんて存在がいて、おれのことを好いているならこんなにも苦労はしていないはずなのだ。


そんな話は今はどうでもいいと心底思うが。


「そもそも何の話をしているんですか?」


「…?雑談のつもりだけど、それ以外何か?」


「余裕ですか。」


「いや、余裕なんてないよ。今もこうして与太話で緊張を和らげている。」


意外だった。ここまで明らかな力量差を前にして、まだ彼は『緊張している』という。まるで表情には表れないが、その声色には確かに張り詰めたものがあった。


「フォードさんほどの人でも緊張するんですね。」


「もちろんするさ。言ったろ、僕は挑戦者(チャレンジャー)だって。緊張しない挑戦者がいてたまるか。」


この人は本当にどこまでも…。おれを買いかぶり過ぎているのか、ただただ謙虚なのか。どちらにせよ、今のおれには皮肉にしか聞こえない。


「それではお二方。準備はよろしいでしょうか。」


会話が一段落したところに挟まれた黒子の言葉で、おれの緊張も最高潮に達する。おれだって、こうして気軽に喋っていなければ、心臓が爆発していたはずだ。


「「はい。」」


二人の返事は短く、力強かった。


「それでは…。此の方、メタンフォード・ブラン。対して此の方、リュート・ヒーロ。」


再び聖なる光(ハル姉)が身を包む。


この間、声援、拍手喝采、あらゆる音が飛び交っただろう。しかし、極限まで集中力を高めていたおれの耳に、それらは既に届いてはいなかった。メタンフォードの一挙手一投足にすべての精神力を注ぐ。僅かな沈黙ののち…。


「開始してください。」


黒子の合図と同時にメタンフォードはおれに向けて手をかざす。それに呼応するように、地面から柱状の土塊が三本襲いかかってくる。


先のギアチオ戦でも見せた万能な攻撃手段。直撃すれば一発で聖なる光(ハル姉)が引き剥がされる。


おれはメタンフォードを視野に入れたまま周囲に円を描くように全力で駆けた。筋力強化を施した脚は一歩一歩が地面を抉り、足跡を数多に残す。


「やはり…速いなっ。」


「逃げるので精一杯ですがっ!」


「この速度で動ける人間は滅多にいないんだがね。」


直撃(ワンタッチ)で即終了、さしずめ過酷な鬼ごっこのようだ。


「三本では流石に届かないか。ならばっ…」


土塊が一本崩れ去る。残るは二本。では、二本になったから逃げるのは楽になったのかと言われれば、答えは真逆である。


「嘘ッ!?速い!」


体感的には二倍ほどの速度になったように感じる。一方向の移動ではすぐに追いつかれて、的確におれがいた場所を押し潰す。今はなんとか柱の動きに合わせて、躱しながら足を動かしている状態だ。


考察。本数を減らすことで速度が向上。つまり、スピードと物量は二律背反(トレードオフ)、両立は不可能。


ならば、なんとかこのまま魔力切れまで逃げきることも…


「面白くないことを考える。このまま魔力切れまで逃げ切れると思うかい?」


急に思考を先読みされたようで、背筋に寒気がした。その瞬間、大地を蹴ったはずの足は空を切った。驚いて足元を見ると地面が大きく陥没し、身体は重力に従いその巨大なクレーターを転げ落ちた。


メタンフォードの追撃はここからだ。急に消えた地面の土は高波のように、転げ落ちるおれに向けて押し寄せる。


「こんんにゃろおお!」


おれは転がりながらなんとか姿勢を整え、高波にめがけてクレーターの斜面を蹴り飛ばした。戦鎚に魔力をたんまり込めて一振り。高波に風穴を空ける。


「そうだ!正面から戦ってもらわねば困る!」


さらに土の柱がまるでヤマタノオロチのように立て続けに攻めてくる。なんとか一つ一つを反射神経と培った身体捌きだけで避けるが、最後にトドメとばかりに極太の土塊。これは避けきることができない。なら…


「うらぁぁあ!!」


再び戦鎚で土塊を粉砕する。ズゥンと音をたてながら砕け散り、砂埃を舞いあげる。


「はぁ、はぁ、はぁ。きつい…!」


この僅かな時間でこれだけの疲労感。この男を相手に持久戦は相当に厳しい。


「反応もいいし、動きも悪くない。だが、その程度でガーネットが認めるとは思えないな。」


メタンフォードの顔が僅かに濁る。そうだ、思い知るがいい。おれはそんなに大した人間じゃない。グレンにしろメタンフォードにしろ、過大評価が過ぎるのだ。彼は考え事…をしているのだろうか。


「この様子だと、グレンの眼も曇ったかな。」


自分でも驚いたが、不意にカチンときた。もちろんおれはメタンフォードには敵わないし、その自覚もある。だから、おれが相応の評価を受ける分には、何も間違ってはいないし納得もできよう。


だが、今ではもう一人の姉であり、この機会をくれた大恩人たるグレンを貶める発言はどうしても見過ごせない。


故に、おれは今この時だけはハル姉のためだけではなく、グレンの威信も背負ってあの男に立ち向かわなければならない。


「…します。」


「ん?今、何か言ったかな?」


「証明します!グレンさんは何も間違っていない!おれを認めて力を貸してくれたグレンさんは、正しかったのだと!」


「…へぇ。」


メタンフォードは薄ら笑いを浮かべながら目を細める。依然として何をどこまで考えているかはわからないが、今は少し気味が悪い。


「まぁ、やれるものならやってみるといい。」


メタンフォードが再びおれに手をかざすと、今度はおれを囲うように五本の柱が地面から天に伸びた。直感が頭の中で激しく警鐘を鳴らす。


メタンフォードがかざした手を握りしめると五本の柱は急激に距離を縮め始めた。おれは即座に柱の一本を叩き折り強引に包囲から抜けることはできたが、あと一歩遅ければ戦鎚を振るうスペースは失われ、柱に押し潰されていたところだ。


「野生の勘、と言ったところかい?」


「生憎、逃げるのは得意分野でして!」


「へえ、でもそこは…」


彼の言葉が不自然に途切れた…訳ではなく、突然の風切り音に声が掻き消された。おれが柱の包囲を潜り抜けると、メタンフォードは握った手を裏返し、人差し指と中指を突き立てた。同時におれが着地した足場が盛り上がり、身体は天高く跳ね上げられる。


視界は一瞬にして闘技場を、文字通りの鳥瞰するものとなった。高さ100メートルはあるだろうか。


「くそ!グレンさんと同じだ!」


包囲から抜け出た先で確実に仕留めるそのやり口はグレンが治癒術士試験のときに見せた戦術と同じだった。


だが、どうする。このまま落下しても生きてはいられるだろうが確実に聖なる光(ハル姉)を失うことになる。その時点で、敗北は必至。


考えろ。衝撃を最小限にして着地するには、おれはどうしたらいい?


落下の速度を緩める?

無理だ。そんな術をおれは持たない。


地面がフワフワになれば!

馬鹿か。荒唐無稽過ぎる。


なら、着地の衝撃を緩和すれば!

そんな方法があるならとっくに…。いや、待てよ。


「衝撃を緩和…?」


おれは右手に握られている戦鎚を見る。


「いけるか?」


自分に問う。無理くね?と思うおれがいる。だが、それしかないだろと諦めにも似た決意が心のどこかにあった。


「だよな。やるしかないよな。」


既に高度は半分の50メートルほどまで落ちている。そして、その分かなり落下速度は加速している。見立てでは、地面衝突までおよそ三秒…。


落下しながら、おれは戦鎚を振り被る。この戦鎚は衝突時の反発力が著しく少ない。それはブラン邸のゴーレムと戦った時に確認済みだ。だから、おれはこれに賭けることにした。


三…


「大地を叩く…!」


二…


「すぅー…。」


一…


「ふん!」


ドゴオオン。魔力を流し込んだ戦鎚が地面に激突。その瞬間、地面は陥没し、接地面を起点に蜘蛛の巣のように地面が割れた。衝撃波が波紋のように拡散する。


流石に腕に伝う衝撃は今までとは比べ物にならず、既に握った手が痺れている。だが、この戦鎚の性質上、地面に与えた衝撃がそのまま反動として返ってくることはない。打ち付けた反動の大部分は嘘のように軽減された。


だが、まだ落下の勢いは収まりきっていない。おれは地面が陥没したことにより再びできた空間でさらに縦にもう一回転、空中で前転。さらに戦鎚を地面に打ち付ける。


二度の衝突で地面は鏡を割ったように大きくひび割れた。


ただそんなことはどうでもいい。大地が割れようが、空気が揺らごうがそんなものは些事に等しい。聖なる光(ハル姉)はどうなった…!?


無事着地し、包んでいる光に意識を向ける。


「けほっ。うん、大丈夫。まだ半分以上残ってる。」


「今のはちょっと想定外だな…。あ、いや。だからこそか。なるほどな。」


メタンフォードはなにやら一人で勝手に納得しているようだが、その平静さにおれは絶望した。その様子は余裕を通り越して、戦闘中であることを全く意識させない振る舞いだった。


「余裕ですか。」


おれは試合直前と同じ言葉を口にする。


「うん?ああ、それはそうだね。まだ初級魔法しか使っていないから。」


「化け物かよ…。」


『まだ初級魔法しか使っていない』…。これがあの『火球(パラ)』と同じ初級魔法?それに『まだ』ということは…。


メタンフォードが本気を出していないことくらいは分かっていたつもりだった。だけど、まさかここまでとは思っていなかった。今までの攻撃が全て初級魔法だけだとは…。考えたくはないが、今までの攻撃を遥かに凌ぐ攻撃手段を彼はごまんと持っている。


「身体は温まっただろう?」


「ええ、十分に。」


精一杯の強がりだ。


「なら、君に一ついい事を教えてあげよう。僕がこの選定に参加した本当の目的について。」


「本当の目的?急に何ですか?」


おれを見据えるメタンフォードの瞳が怪しく光った。急に彼の纏う雰囲気が鋭く研ぎ澄まされる。かつて一度ならず肌で感じたことのある寒気がした。


それは紛れもなく殺気だった。冷ややかな声も、冷徹なまでの表情も、全てが強烈な殺意を示す。


「僕が選定に参加した本当の目的はね。」


次第に強くなる殺意に当てられて、立ちくらみのような感覚に陥った。


「特務部隊の隊長、つまりはハルティエッタ様を抹殺することだ。」



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