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41話 嫌いすぎて

「え?」


おれは現在進行形でハル姉と眼が合っている。これは心から望んでいる展開ではあったけど、決して今じゃない!


おれはそれが自己満足と知りながら、ハル姉の力になれるように努力を惜しまなかった自負はある。やれることはやってきた。その日々が走馬灯のように甦る。


ああ、これでおれの夢は潰えてしまった。おれの冒険、おれの物語はここでお終い。ハル姉の次の言葉で全て終わる。


『あなた、私を騙してたのね!?最低。失格よ、失格!あなたなんて嫌いだって言ったでしょう!?』


悪夢のような言葉が、幻聴として聞こえてくる。だが、待てども待てどもハル姉の口から声が発せられることはなかった。


「ハル姉…?」


おれは恐る恐るハル姉の名を呼んだ。だが、彼女は無言でおれを見つめたまま、立ちつくしていた。呼びかけに応じる風でもなく、ただおれを見据えて微動だにしない。


様子がおかしい。まるで生きた反応が見られない。


身体は硬直し、視線はおれに向いているがおれという実像を見てはいないような虚ろな目。まさか…。


おれは一歩ずつ彼女に慎重に近づいて真相を確かめようとした。手が触れられる距離。おれはハル姉の顔の前で手を左右に動かしてみる。それでも視線は動かない。


「た、立ったまま気絶してらっしゃる…!?」


これはどう考えても異常事態だ。立ったまま気絶するなんておかしい。


どうしてこんなことになった!拒絶反応なのか!?おれのことが嫌い過ぎて、視界に入れただけで意識を飛ばすほどの拒絶反応を起こしているのか!?嫌なものを見ると失神するって言うし…。


「とりあえず誰かに伝えないとっ!あ、危なっ!」


ハル姉が脚から崩れ落ちる瞬間になんとか支え、そのまま膝裏と背中を下から支え童話に描かれるお姫様のように持ち上げた。


直後、ハル姉が「…うん」と目を覚ましかけ、おれと目が合うとその瞳を大きくして再び気を失った。


そうか。『リューくん(おれ)』であることがダメなんだ。やはり、『仮面の男』でなければ近くにいることすら許されないのだ。


おれは仮面をつけ直し、ハル姉を抱えたまま場内を駆け副官の姿を探した。


ごめん、ハル姉。もう少しだけ我慢して。おれみたいなやつに抱えられるのは心底嫌かもしれないけど…気を失うほどに。


おれは方角的に北の台座に向けて走り、階段を上がったところに彼女の姿はあった。


「ティーユさん!ハルね…ハルティエッタ様が気絶されています!」


「何があったのですか!?」


救国の要たる勇者が気絶していたとあって、その場は騒然となった。




ハル姉は医務室に運ばれ、おれはみっちりと尋問を受けた。何よりハル姉が気を失ったとき近くにいたのはおれだけだった。『何か』を疑われる理由としては十分過ぎる。


「なぁ。ハルティエッタ様が壁に頭をぶつけて気絶しました、なんて話信じられると思うか?」


「俄には信じがたいですが…。頭の外傷は軽く、攻撃性が有ったとは思えません。何より、私はこの方を信じてもいいと思っています。」


険しい表情でおれを問い詰めていたグランは、ティーユの言葉でようやく納得…はしていないかもしれないけど、なんとか気勢を収めてくれた。


「ハルティエッタ様が目を覚まされます。」


黒子の報せはそれからしばらくしてのことだった。おれはグランとティーユに連れられてハル姉が横たわる寝台の横に並んだ。


「あなたは…。」


ハル姉はおれの顔を見ると、喉に何かが引っかかったような微妙な顔になった。


念のために仮面を着けているが、もはや誤魔化しようがない。着脱の瞬間こそ見られてはいないが、あの一瞬で顔を見られたのだから隠し通すのは絶望的…


「あなたは…。いえ、どうしてでしょう。何かを聞きたかったような気がするのですが…。今は何も。どうやらご迷惑をおかけしたようで。」


ハル姉は謙虚にも頭を下げる。それはおれにとって意外な行動でもあった。


まさかバレていないのだろうか?もしくはバレた上でこの対応なのだろうか。とにもかくにも、最悪の自体は回避できそうであったが…


「壁に頭をぶつけて気絶した、なんて話だがそれは本当か?」


「…っ!?」


一刻も早く事態の収拾をしたかったグランが見かねて口を挟んだことで急に修羅場が出来上がった。ハル姉は思いっきりおれを睨む。おれはそこで思い出した。そういえば見なかったことにしなさいと言われたのだった。『あなた言ったわね!?』と視線で責めてくる。


おれは全力で謝罪の意を込めて土下座をした。


「確かに、壁に頭を打ちました。そして、それ以降の記憶は曖昧です。」


「はぁ、マジか。もう少し御身を大事にしていただなければ」


「分かっています。ですが、私とて人間です。頭の一つや二つ、壁にぶつけることだってあるんです!」


「いや、ないな。」

「ないわね。」


ハル姉はヤケ気味に、恥ずかしさのあまりうっすら涙を浮かべて主張するが副官の二人は無情に否定する。


え、というかちょっと待って。子供っぽく言い訳するハル姉可愛くない!?あれだけ普段キリっとしてるのに、実はこんな幼い一面があるとかギャップすごくない!?興奮しすぎて、死にそう…。


「あかん、奮死する。」


「何を言っているの!?というか、あなたは次の試合があるのでしょう!?」


そうしておれは部屋からつまみ出された。ただ、次があるみたいで本当に安堵した。



「ということがありまして…。」


「君、僕の知らないところでそんな面白…いや、緊張感のないことを?」


医務室から追い出された後、偶然会ったメタンフォードに事情を説明すると、ニヤけ半分に馬鹿にされた。


「笑いごとじゃないですよ。本当に心臓が止まるかと思いました。」


「それは困る!せめて君の心臓は僕の手で止めないと!」


「なんで!?」


「いやぁ、あはは。……。」


「…?」


「冗談だよ。」


「今の間は!?」


「あはは。これも冗談。もちろん本当に心臓を止めるつもりはないが、息の根を止める気では行かせてもらうよ。何せ僕は挑戦者(チャレンジャー)だからね。」


「違いがわかりません勘弁してください。」


爽やかな笑みを浮かべながら、瞳の奥では闘争心という名の炎が熱く燃え上がっていた。


彼から放たれる気迫は、殺気ですらかわいく思えるほど強烈におれの体を締め上げる。


改めて恐ろしいと感じた。これほどの人がおれ程度を相手に一切の油断を見せず、全力で狩りに来る。そこにおれが付け入る隙など蟻ほどもない。それはつまり勝機がないことと同義。


なのに、どうしてだろう。どうしておれの心臓はこんなにも高鳴っているのだろう。この胸の高鳴りは一体何なのだろう。


その正体をおれはもう知っている。


おれはメタンフォードと戦ってみたいのだ。


………。


……。


嘘です。ごめんなさい。やっぱり全然戦いたくない。ちょっと強がってみたけど無理でした。心臓の高鳴りは命の危険を感じているだけです。


「おっと。どうやら前の試合が終わったようだね。じゃあ、そろそろ行こうか。」


おれはメタンフォードと並んで広間に向う。最後の試練は、隣を歩くこの男を倒すこと。


大地を支配する騎士の最高峰。

お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)


果たしておれは、本当にこの騎士に勝てるのだろうか。

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