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39話 最初の一手

『人の本性は、戦いの中にこそよく顕れる。』


僕が『大地を穿つ爪(テラ・タルパ)』の団長になる前から唱えている持論だ。団長の座についてからもあらゆる強者を見てきたが、この持論はおおよそ正しいらしかった。


それはドロー・メルフォンセも例外ではなかった。彼は『海を裂く鰭(マーレ・スクアーロ)』の一番槍。それはそのまま彼の団の切り込み隊長であることを意味する。


果たす役割は先陣をきること。誰よりも先に前に出なければいけない。誰よりも先に敵と刃を交えなければいけない。故に、誰よりも強くあらねばならなかった。


その意味で、彼の本性は良くも悪くもその役割に合致していた。むしろ、そんな本性をもつからこそ一番手に抜擢されたとも言える。僕だって、彼が『大地を穿つ爪(テラ・タルパ)』に在籍していれば、同じ地位に立たせただろう。


彼は何より待つことを嫌った。停滞を嫌った。だから、彼は強くなれるように人一倍努力をし、そして責任をもって職務を全うしてきた。


誰の目から見ても、間違いなく優れた騎士の一人だ。


ただ一つ欠点を挙げるとすれば、それはその性格にこそあった。ドローは自分の停滞を嫌うのと同時に、自分についてこられない周囲の人間をも嫌う。必然的に彼は彼に劣る者との間に軋轢を生んだ。


言葉を濁さず言えば、彼は少しだけせっかちなのだ。


そして『人の本性は、戦いの中にこそよく顕れる』。





僕はギアチオとの戦いを終えると、この後すぐに始まるであろうリュートの試合を見るために参加者専用の席に移動した。


「治癒術士なんて無能はさっさと失格にでもしろよ。」

「無能なんて失礼だろ!?他人に寄生するだけの能はあるじゃねえか。」

「どうせ一撃でやられて恥をかくだけだ。」


その場にはいないはずの人間の不愉快な会話が聞こえる。だが、ゴーストなどの不可思議な存在がいるわけではない。


この国で唯一僕だけがもつ特技、『小人の足音(ナノ・パッソ)


地面に響くあらゆる音を識別でき、範囲もかなり広い。この闘技場にいる人間の声くらいならだいたい聞き取れる。取捨選択(フィルタリング)も可能で人、感情、音の種類など思う通りに選ぶことができる。現状、常に聞き取っているのは『敵意ある人間の声』だ。


「愚かしい。彼の戦いぶりを見た上でそのような蒙昧を晒すとは。」


あの神獣、仙猿との戦いはリュートの胆力、才能、戦闘センスがあってこそだ。どれだけ贔屓目に見てもエメラルダ単独でなんとかできた相手ではない。


見る者が見れば、先の戦いで彼の価値に気づいただろう。そして、既に紅の一族に引き入れられていることに歯噛みしているころだ。


「だが、次はそんなに上手くは行かないぞ、リュート。ドローは紛れもなく強敵だ。」


先の会話に同意するわけではないが、確かに一つだけ懸念はあった。


ドローの戦い方は昔から変わっていない。先手必勝の速攻型だ。待つことを嫌うドローらしいと言えばドローらしい。十中八九、初手は強烈な技が繰り出される。この僕でも防ぎきるのに手こずるほどの大技が。


リュートはそれを読んで防ぎきらねばいけないのだが・・・。


黒子が口上を述べ、リュートが構えたのを見て自然と笑いが込み上げてきた。どうやら僕の考えは杞憂に終わりそうだ。


「そうだな!君はそういうやつだった!グレンも認めるわけだ!」





おれが一騎打ちでドロー・メルフォンセを倒せる可能性は限りなく小さい。そもそも対人戦闘自体が不慣れなおれにとって、騎士の中で最高峰の近くにいる相手は分が悪すぎる。


ならばおれはここで負けるのか?


いいや、ここで負けるつもりは更々ない。ドロー・メルフォンセに正攻法は通じない。であれば、おれはドロー・メルフォンセの隙を突く以外に勝機はない。


「では」


黒子の言葉と同時に最大限の魔力を腕と脚の筋力に注いだ。


「開始です。」


開始の合図に合わせて、ドローに向けて目一杯の力を込めて戦鎚を投擲する。そして、読み通りドローも真っ直ぐこちらに突っ込んできていた。


最大出力で放り投げた戦鎚の速度(プラス)ドローの急加速。


通常であれば目で見て反応できる速度を優に越えているはずだ。ドローからしてみれば、突然眼前に戦鎚が現れたと錯覚してもおかしくない速度だ。だが…。


「うらぁああ!」


それでも、ドローは反応してみせた。身体を捻りながら戦鎚の頭部を見切り、その手に持つ槍で見事に戦鎚を弾いた。

戦鎚はその軌道を変え、ドローの遥か後方に着弾する。


「ハッ、選択を誤ったな!自ら武器を手放すとは…。なに!?」


ドローが飛来した戦鎚を視認し弾くまでの僅かな時間、必然的におれは彼の視界から外れる。


二度目はない。一度限りの渾身の不意打ち。


ドローに速攻の意思がなければ。最短距離で突っ込んで来なければ。戦鎚を上手く投げられなければ。


一つ間違えれば敗北は必至だった。だが、勝算はこの方法しか思いつかなかったから、全身全霊をこの戦法に賭けたのだ。失敗は考えなかった。これしかハル姉の元に行く方法がなかったから。


ドローと目が合った時には、既におれは槍の間合いを抜け懐に入り込んでいた。


「クソが!」


それでもさすがはトップクラスの騎士。戦鎚を弾いた槍では受けが間に合わないと判断し、瞬時に槍を手放した。恐るべき反応速度と異常なほど正確な判断に身震いしてしまう。


叩きつける拳はガッチリと固めた彼の両腕に直撃した。


派手に後方に吹っ飛んでいくドローは闘技場の壁に激突する前に水属性魔法を展開しクッションとした。


壁際にできた大きな水の塊が崩れると、水浸しになったドローがふらつきながら立ち上がる。


「チッ、クソが!どこまで読んでやがった!?」


「初手で決めに来るだろうということは。」


「あんなバカげた作戦、二度は通用しねえぞ!」


「わかっています。おれが勝つのはこの瞬間だけでよかった。普通に戦ったら、まず貴方には勝てませんから。」


ドローは顔を歪ませた。ドローが纏うハル姉の光は、ほんの微かに残っている。今ので決めきれなかったのは、明らかにドローの受け身が優れていたから。


「クソがぁぁあ!」


もはや、槍を拾うこともせずにおれに向かって殴りかかってくる。たが、拳歴ではおれの方が上だろう。ドローの右ストレートを身を低くして躱し、ドローの胸部に再度拳をぶつける。


その瞬間、薄い何かを割ったような感触が拳に伝ってきた。恐らく今のがハル姉の光だったのだろう。これで勝負有りだ。


「そこまで。勝者、リュート・ヒーロ!」


観客席はどよめきに包まれた。人の目から見たら今の勝負は圧倒的に映ったかもしれない。だが、実際はそんなことはない。紙一重の勝負であったのは言うまでもない。


おれはドローの最大の隙を突いたに過ぎないのだから。一番槍という立場、貧乏揺すり、おれ一点を見据える視線。おれは彼が序盤で勝負をかけてくると読んだのだ。そして、対峙するとそれは確信に変わった。


『彼は初手で勝負をつける気だ。』


そして、初手で勝負を決めようとする相手にとっての隙とは何か。


それは先手を取られることだ。かつてのモノホーンがそうだったように。昔モノホーンが突進する直前、おれの力が暴発して激突したことがあった。そして、それはモノホーンにとって完全な不意打ちとなっていた。大したダメージもなかったのに逃げていったのがその証拠だ。


だから、おれは何でもいいからとにかくドローより先手を取ることを最優先した。その結果が、戦鎚の投擲である。


だが、そうは言っても敗北は路上の小石ほど落ちていた。一歩踏み間違えればたちまち負けに繋がる綱渡り。ハル姉のためでなければ、絶対に成功なんてしなかった。


だから、敢えて言おう。これはハル姉のおかげの勝利、ハル姉に捧げる勝利だと。


おれは北の台座に座るハル姉に向けて拳を突き出す。例に漏れず、ハル姉は顔を背けてしまうが。だけど、そんな彼女の姿も今では愛おしい。


だが、同時に目を背けたい事実がおれの目の前に現れる。次の相手は、『お立台の騎士(ブラヴィッシモ)』メタンフォード・ブラン。


特務部隊に入るために倒さなければいけない最後にして最大の壁だ。


「ほんと、あの人今からでもお腹壊さないかな。」

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― 新着の感想 ―
[一言] ベタな展開だから面白い。
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