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3話 自己変革

何が起こったのかまるでわからなかった。先程まで、死体のように地面に突っ伏していた身体が、不思議なことに宙に浮いていた。


「これが昇天…。」


なんて馬鹿なことを言っている場合ではない。宙に浮いた身体はしばらくもしないうちに自由落下を始めたのである。


考えている余裕はない。余裕はなかったはずなのだが、自分の中で起きた変化だけは感じることができた。


負傷した部位でのみ感じ取れていた力の流れが全身を巡っていることを理解した。命の根源が激しく鳴動する。


ぼんやりとしか認識できなかった力がはっきりと輪郭を帯びる。これまで薄雲に隠れていた月が快晴の空に煌々と輝くように。


命の本流への直接干渉。小手先の対処だった今までとは比較にならない回復速度だ。


「すごい…治っていく…!」


折れたはずの全身の骨。ボロボロになったはずの筋肉。潰れたはずの内臓。それらが吐きたくなるような痛みを伴いながらも順に修復されていく。


感動のあまり受身がとれず、地面に叩きつけられてできた傷もついでのように消えていく。


「痛い!すごく痛い!けど、ちゃんと治ってる…気がする!」


さっきまで死に体だったのに、今や普段以上に調子がいい。立ち上がれることを確認すると、自らに秘めたもう一つの可能性に心を奮わせずにはいられなかった。


魔力は筋力に変換できる。


先ほど宙にいた理由が今ならわかる。諦めずに動かさんとした身体に必要以上の魔力が流れて身体を弾き飛ばしたのだ。残っている感覚と照らし合わせてみても納得がいく。


モノホーンにとっては不可解極まりないだろう。仕留めたはずの獲物が急に飛び上がったかと思えば傷が全快しているのだから。モノホーンは警戒態勢に入った。


「ちょっと待ってろよ。もう少しだ。もう少しで感覚を掴めるから。」


筋力は生命力と違って力を体感しやすかった。立てば脚に、殴れば腕に、大声を出せば腹筋に力が入るのは道理。それは自覚できてしかるべきものだ。あとはその力に魔力を加えてやるだけ。


「あっはは。なんだこれ、軽い!今なら全然負ける気がしない!」


『ほう、良かろう。ならば再びお前の身体を轢き潰してやろう。』


実際にモノホーンが言っている訳ではないが、行動がそれを物語っている。警戒して観察を続けていたのを止め、再び前足で地面を掻き始めた。相対するおれも両足を前後に開き、初歩の軸となる脚に力を込める。


「いくぞ!」


掛け声と共に第一歩を踏み込むと、地面を蹴る脚に爆発的な衝撃が走る。恐らくだがアキレス腱が切れた。大きな衝撃は推進力となり一息にモノホーンとの距離を縮める。


そこまではほぼイメージ通りだった。そう、ほぼだ。そこには二つの誤算があった。


まず、思ったよりもとにかく早い!動体視力が全く追いつけていないのだ。そして、モノホーンに突進して何がしたいんだっけ?と思ったときにはもう遅く、殴るには近すぎるほど接近していた。


つまり次に起こったことはこうだ。なんとか顔面強打を避けるべく身体を捻ったことで左肩でタックルする形になる。当然、接触時の衝撃で肩が外れる。モノホーンは不意打ちに驚き逃げ去る。そうして、その場に残ったのはアキレス腱が切れ、肩が外れて痛みに悶絶する男が一人。


「うぅ、痛っ。あぁ、格好つかないなあ…。」


とポツリ。思い返してみれば、ずっとそうだ。聖剣に選ばれずに拗ねて逃げた。大事なこと一つハル姉に伝えられないで拒絶された。何も考えずに突っ走って、今はこうして無様に転がっている。


「格好悪いな。」


口に出してみてわかったが、そんなに悪い気持ちでもなかった。


『格好いい』勇者になることは諦めたのだ。格好悪くていい。格好悪くていいから、今は少しでも強くなりたい。


今日掴んだものは必ずこれからのハル姉を助ける力になる。そう思うと少し頬がつり上がった。



あれから半年間、何度身体を壊して治すを繰り返したかわからないが、その成果もあってか体つきが少し変わったように思う。


体を痛めずに筋力に変換できる魔力量も増えてきた。だが、治癒効率が集中力に依存する問題は相変わらずだ。


そして、なぜあのときあれだけの治癒が成せたのは今になっても疑問だ。火事場の馬鹿力、といった類いのものだったのかもしれない。


「さて、仕上げかな。ラッシュ!」


『ラッシュ』は別に掛け声とか口癖とかそういったものではない。実はあの日出会ったモノホーンとは以降何度も遭遇し、今では切磋琢磨する戦友みたいなものなのだ。なので、なんとなく名前をつけてみたのだが…


「あれ、おかしいな。反応がない。いつもなら轢き殺す勢いで走ってくるのに。ラッシュ!轢き甲斐のある獲物がここにいますよっと。」


しばらくして木々の奥から、重たい物音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。いつもより遅いなと思い待っているとラッシュが姿を現した。だが、様子がおかしい。所々、出血が酷く脚を引きずりながら歩く様は痛々しくて見ていられなかった。


「ラッシュ!どうした!?」


歩みを止めずおれにコツンと角を当てると、力尽きたように膝から崩れ落ちた。弱々しく鳴いたラッシュの背後から、さらにもう一体強烈なプレッシャーを放ちながら接近する気配に全身が硬直した。


そいつは『暴君』と呼ばれる森の支配者。黒い皮膚を持つ巨大な恐竜種。普段はカムリ山を越えた遥か奥の森を活動拠点にしていると聞いていたが、なぜ森のこんな浅いところに姿を現したのだろうか。


「ちょっとこれはまずい。どう見てもラッシュをやったのはこいつだよな。あー、うん。軽く死ねる。」


チラッとラッシュを見るともう動ける様子ではない。


一人なら逃げ切れるだろうが、彼を置いていくか?戦友とは言ったものの所詮は魔物。これからハル姉を助けに行こうって言うときにわざわざ命の危険を冒してまで助けるべきか。


「べきではないんだろうなぁ、きっと。おれはハル姉を助けなければいけないから。わかってる。だからさ、絶対に助けるとは言ってあげられないけど…」


ラッシュを背に、『暴君』を阻むように立つ。


「やれるだけはやってみるよ。」


『暴君』の咆哮が森中を震撼させる。周囲から命の気配がさぁと消え去っていくのがわかる。


「はぁっ!」


まずは先手をとった。上限一杯まで魔力を筋力へと変換、最速で『暴君』の懐には入り込みまずは一発拳を叩きつける。


巨体は数メートル後ずさるものの、外皮がかなり硬くそれほどダメージを通った印象はない。敵意を向けられたと理解した『暴君』は一方的な攻勢に転じた。


強力な顎で喰いかかり、鋭い爪で切り裂き、巨大な尾を力の限り振り回す。おれはその悉くを見切り、身体を捻り、空中で回転し、筋力を上げた腕でいなす。


「あぁ、見えるよ。いつもラッシュの突進を見てたから。」


相手が巨体を振り回しているため、なかなか反撃に転じることはかなわない。だが『死なない』という一点に関しては戦闘の最中にあっても確信をもてた。


「あとはどうやってダメージを与えるか、だけど…」


数メートル後ずさるほどの衝撃は与えられてもダメージは通せない、か。


これまでの半年間を思い出していた。相手が巨体になるほど魔法の使えないおれにとれる選択肢は狭まった。


自分が持つものは己が身一つ。殴るしかしてこなかった今までで、この巨体相手に有効打になりうるものは…。


「あぁ、一つ思い出した。」


まるで合わせたようなタイミングで『暴君』はその凶悪な顎で喰いかかってきた。恐らく噛みつかれたが最後、その部分は簡単に喰いちぎられてしまうだろう。だが、恐怖はなかった。『暴君』の牙やよだれが鮮明に見えるほど近い。


「ここ!」


両側面に眼がある『暴君』にとって顎に接するほどの位置は死角になっているはずだ。だから最後の動きは反応すらできなかっただろう。最小限の動きで横に逸れ、バクンと閉じた『暴君』の顎に向けて自傷覚悟の一発を振り抜いた。


『暴君』の巨体は凄まじい衝撃を受けた頭につられて、勢い良く転げ回った。


「はぁ、はぁー・・・痛い!。痛みは治癒の効率を極端に下げるからな。ここぞと言う場面でしかあの威力で打てないっていうのは難儀だ。」


たぶん拳の骨は粉々、腕の内部は折れた骨でズタズタになっているだろう。倒れた『暴君』に警戒しながら治癒にかかるが、損傷が大きすぎる分やはり効果が遅い。その時だ、倒れたはずの『暴君』は再び立ち上がり、咆哮をあげた。


「ウソだろ。まだ、痛みが…!」


『暴君』の血走った眼が確実におれを捉えている。ここで追撃を食らうのはさすがにキツい!


だが、『暴君』はそれ以上の追撃かなわず完全に地に伏した。死んだ訳ではない。まだ、横たわったまま呼吸を荒げてこちらを見ているし。


以前、戦いの最中に頭を勢い良く揺らした魔物が死んでもいないのに急に倒れて、立ち上がれなくなることがあった。原理はわからないが、同じ事をやれないかと試してみて正解だった。


「ラッシュ。終わったよ。」


薄く眼を開けているラッシュに呼び掛ける。少し嬉しそうにも見えるけれど、そう思いたいだけかも。酷い傷だと思い治癒を施そうとしたところで、また問題発生。自分以外に治癒術をかけるのってすごく難しい。



「シスター。おれ、なんでこんなに間抜けなんだろう。」


「なんでかしらねぇ。あなたはこれって決めると突っ走っちゃうところがあるから。これから心配だわ。」


「シスター。おれ、上手くやれるかな。」


「やれるわ。だけど、まずは大事なことを言えるようになるのが先ね。ハルちゃんに気持ちを伝えないと。」


「わかってる。じゃあ、もう行くね。」


「はい、行ってらっしゃい。」


十五歳になった誕生日。プレゼントと言いながら少なくないお金と事前に準備してくれていた王都の通行証を受け取った。シスターは少し寂しそうに微笑む。先ほど孤児院の弟妹たちには別れを告げてきたところだ。


これからいろんな戦いが待っているのだろう。もちろん、そのなかで死んでしまうことだって多分にある。これが最後の別れになることだって、全然有りうるのだ。だから、大事なことは言わないと。


「シスター。」


「なに?」


「元気でね。」


「えぇ、あなたも。」


数秒の沈黙。


「シスター。お世話になりました。いろいろありがとう。」


シスターは少し驚いた顔をしたあと、『あなたはきっと大丈夫だから』と頭を撫でる。急に照れ臭くなってそそくさと馬車の荷台に乗り、小さく手を振るシスターに見送られながら遂に王都に向けた馬車は進み始めた。

???「黒い皮膚を持つ恐竜種・・・。黒いティラノサウルスと言えばイメージしやすいかも?」

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