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38話 初戦

おれの初戦の相手はドロー・メルフォンセに決まった。彼の特性はなんとなく察する事ができる。あの気性と残像ができるレベルの貧乏揺すり。そして、一番槍の称号。


「君が思っている通りだとも。フェアではないから助言はしないがね。それでも、君なら勝てると信じているよ。いや、むしろ負けることは許されない。何せ君はグレンに勝った男だ。」


メタンフォードはここぞとばかりにプレッシャーをかけてくる。どのみち負けるつもりもないが、本当にやめて欲しい。そして、ドローの後に待ち構えるのがまず間違いなくこの男だ。


「初戦で負けてくれないかな・・・。」


「『お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)』の名においてそれはない。ただの天才たちに遅れをとるほど落ちぶれちゃいないさ。」


おれは聞こえないように呟いたつもりが完璧に聞き取られてしまった。『ただの天才』というパワーワードに呆れつつ、それでもその言葉を口にする者の才覚を思えば自然と納得できてしまった。


「でしょうね。」


「だとも。」


見紛うことなくドヤ顔。この人、こんな表情もできたんだ。初めはそれこそ張りつけたような笑顔に多少なりとも胡散臭さはあった。だが、今の彼はなんとなく素の姿に見える。


「では、行ってくる。」


トーナメント初戦はメタンフォードとギアチオという名の氷属性使いの中年騎士だ。おそらくこの選定で最年長だろう。


鎧の上からでも、鍛え上げられた筋肉が見えるかのようだ。メタンフォードも体格は悪くないのだが、ギアチオと比べると随分細っこく見える。


「まさかこんなところで『お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)』と手合わせが叶うとはな。」


「僕の方こそ光栄です。一時は『吹雪の王(トルメンタ)』の名を欲しいがままにした貴殿と剣を交えることができるのですから。」


遠目で見ているが。おお、なんか騎士っぽい会話をしている気がする。とりあえずおれはギアチオを全力で応援しよう。ほら、やっぱり年長者に華を持たせるのは大事だと思うし。


自分のことなど軽々と棚上げして、ギアチオが勝てるよう願う。


二人の間に立つ黒子は両名に先日同様ハル姉の光が纏うのを確認すると告げた。


「此の方、ブラン家嫡男にして『大地を穿つ爪(テラ・タルパ)』団長、メタンフォード・ブラン。」


「負けたら承知しねぇぞおお!」

「ブラン様ぁぁああ!」

「結婚してぇぇえ!」


闘技場が熱気に包まれる。観客席から聞こえるのは主に女性の黄色い声だ。一定数のファンがいるとは聞いていたが想像以上に多い。


凄いな。いつもは紳士淑女の皮を被っているが、貴族と言えど所詮は人間ということか。無礼講とばかりに声援が飛び交う。求婚までしている人がいるのには度肝を抜かれた。


「対して、此の方、ニーヴェア家当主が弟。先代『吹雪の王(トルメンタ)』、ギアチオ・ニーヴェア。」


「やっちまぇぇえ!」

「顔を潰せ、顔をぉぉお!」

「人前に出られねえ顔にしてやれぇぇえ!」


聞こえてくるのはほぼ男の声。それにしても顔への集中攻撃が激しい。ファンの多いメタンフォードへの僻みか。僻みなのか!?貴族よ、そんなことでいいのか!?無礼講とはいっても、禍根が残るのでは?


まぁ、このお祭り騒ぎだ。誰も気になんて止めないのだろう。人間たるもの感情の捌け口は必要ということだろう。という訳で・・・。


「やっちゃえ!ギアチオぉぉお!」


おれも思い切り叫ぶことにした。すると、驚くことにメタンフォードがこちらを見たのだ。この大声援の中、おれの声だけ聞き取るなんて不可能なはずなのに。どう見ても『後で覚悟しておけよ?』という顔を向ける。


「が、頑張ってー、フォードさぁん・・・。」


仕方なく心にもないことを言ってみる。聞こえた訳ではあるまいにメタンフォードはニヤリと口の端を上げた。




結果から言えば、メタンフォードの圧勝だった。氷のつぶてを壁で防ぎ、決め手の吹雪は何層にも重ねたドームで守りきった。ありとあらゆる氷雪魔法をノーダメージで受けきって見せたのだ。


頼みの綱であった剣術、体術でさえもメタンフォードが圧倒した。既にギアチオがメタンフォードを上回る点は一つもない。


さらに、彼のその戦いぶりにはかなりの余力を残していた。それどころか、おれに手の内を明かしながら戦っているようでもあった。彼のことだから、公平を期すためそれくらいのことはやってのけるだろう。


『僕にはこの魔法がある。君に突破できるか?』

『これが僕の攻め手だ。今のうちに対策を考えるといい。』


彼の剣が、魔法が、立ち回りが難問としておれに問いかけてくる。


対して、ギアチオは全てを出し尽くしてなお、その切っ先すらメタンフォードに届かせることはできなかった。


メタンフォードは攻撃の悉くを受けきり、心の折れたギアチオを自在に操る土であっけなく拘束してみせる。ギアチオの肩に剣を乗せて決着となった。


「最後までオレと向き合わなんだな。」


「はい。無礼は承知の上です。」


メタンフォードはちらっとおれを見ながら剣を鞘に納めた。


「オレは強かったか?」


「いえ。全盛期の貴殿であれば勝負はわからなかった。ですが、今は力不足です。」


「そうか。」


頃合いか。そう聞こえるような深い溜め息をつき、ギアチオは項垂れた。


「兄も、あのグランめもいまだ現役だというのに。情けない。」


「恐れながら申し上げます。」


メタンフォードは姿勢を正し、ギアチオに向けて頭を下げる。


「貴殿はニーヴェア家を隆盛に導いた偉大なお方です。情けないなどと言う輩がいようはずもない。それに身体は衰えようと貴殿の力、価値が失われたとは思っておりません。」


「このような無様な敗北を晒してもか?」


「はい。その御心に宿した熱が覚めていないのであれば、どうか後進の育成にご尽力ください。必ずやニーヴェア家の、ひいてはこの国の力となるでしょう。」


「敵わんな。」


力でも、器でも。ギアチオは最初からわかっていたのだ。たとえ全盛期であったとしても彼には遠く及ばないことを。衰えた今の身体ではなおさら傷の一つもつけられないだろうことを。


であれば、せめて最優の騎士の手で引導を渡されるのが騎士の誉。


そんな気持ちまで見透かしたようなメタンフォードの言葉に、ギアチオは完全なる敗北を痛感した。それでも、抱いた感情は屈辱でも悔恨でもなく、彼への畏敬の念ばかりだった。


「いいだろう。見ておれよ。必ずやオレの弟子が貴様を越える。」


「はい。その時を心待ちにしております。」



「はぁ、つっよ。全然勝てる気がしないんですけど。」


終始戦いを見届けたおれは独り言を呟いた。土属性特有の物理に対する堅牢な守り。そして、地面を自在に操ることで足場を支配する応用力。もはや大地に足をつけること自体がメタンフォードに対するディスアドバンテージ。


メタンフォードへの対策には頭を抱えるしかない。さすがに最優と呼ばれる騎士に無策で挑む訳にはいかないが、微塵も活路が見いだせていない。


それに比べると、正面に立つドローにはいくらか突破口が思いつくだけまだマシというもの。


おれとドローは広間の準備が整うと黒子に連れられ、試合の開始位置に案内されていた。


相変わらず何に苛ついているのかわからないが、名物と呼ばれる高速貧乏揺すりを始めている。振動が地面を伝ってこちらの足すらも震わせている気がする。


加護の鎧(シデロス・デルマ)


再びおれはハル姉の光に包まれた。否、ハル姉に包まれた。


改めておれのテンションは爆上がり。これで準備は整った。肉体的にも、精神的にも。あれだけ恐かった対人戦も目の当たりにしてしまえばなんてことはない。おれはおれのやれることを全力でやるだけだ。


「では。」


お互いの間に入る黒子。そして、先と同じように両者の口上を述べた。


「此の方、メルフォンセ家嫡男にして『海を裂く鰭(マーレ・スクアーロ)』の一番槍。ドロー・メルフォンセ。」


「治癒術士など一撃で決めてしまえええ!」

「『海を裂く鰭(マーレ・スクアーロ)』の意地を見せろおお!」


怒濤の声援。身内だったり、治癒術士が未だに残っていることに不満を覚える者たちのものだ。おれは完全に悪役ポジションである。


「対して、此の方。アカルージュ家の養子にして『猛る双頭の番犬(オルトロス)』団員。ハルティエッタ様を愛して止まないドM仮面、リュート・ヒーロ。」


口上に底知れぬ悪意を感じる。ざわざわと観客席がどよめいた。黒子も黒子でよくもまぁ躊躇いなくそんな口上を口にできるものだ。それより・・・。


誰だ、その口上決めたやつ!出てこいや、こらあ!


「変態仮面!いいとこ見せないとなあ!」

「せんせー!頑張ってくださーい!」

「シスコンの力、みせてやれー!」


数少ない声援がおれの背中を押してくれる。いや、待て。最後のはただの悪口だ。しかも誰が言ったのかすぐにわかった。嬉しいやら悲しいやら。


だから、違うんだって。本当に血は繋がってないのよ?


「では、開始です。」


言い訳もできないまま、おれの初戦は始まった。

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