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34話 臣従する神獣

二次選定。基本的にはどの組もかかる時間に差はなかった。ドローの組は明らかに他よりは長かったが、それでもここまでではなかったはずだ。


「長すぎないですか?」


「・・・。」


おれたちは前の組、つまりメタンフォードがいる組が終えるのを待っているのだが一向に呼ばれる気配がない。


時折聞こえる轟音と地面の揺れで、まだ終わってないことはわかる。一体どんな死闘が行われているのだろう。


「エメさん、長過ぎると思いませんか?」


「・・・。」


それにしても返ってくるのは沈黙だけ。おれの問いに対する返答はない。ただ、嫌われてしまったのかと言われればそういうわけでもないらしい。


「エメさ・・・エメ。長過ぎると思わない?」


「ええ!ボクもそう思っていたところです!さすがはメタンフォード様と言うべきなのでしょう。何せ相手にしているのは噂に聞く神獣らしいですから。」


「どんな姿をしているんですか?」


「・・・。」


「どんな姿なのか知ってる?」


「姿まではなんとも・・・。お役に立てず申し訳ありません!」


どうやら敬語の類いが通じないらしい。というか、自分に話しかけられていることに気づけないらしい。


「いや、謝らないでください。」


「本当に面目ありません!この通り伏して・・・」


「謝るんじゃないよ!」


「な、なんと心優しい。このエメラルダ、貴方の懐の深さに尊敬の念が絶えません!」


調子が狂う。これでもエメラルダは年上。さらに身分という点でも、深碧の本家次女と紅の本家養子では彼女の方が格は上だろう。そんな人を相手にすぐにタメ口を要求されても応えづらい。


「うむ、わかればいい。」


「はい!」


それでも(おだ)てられれば天狗になるのが人の悲しき性だ。後々、この行動が痛手になるなんて考えもしなかった。


「リュート様、エメラルダ様。ご準備を。」


影から滲み出たように黒子が姿を現す。


「うぉ!どうやら終ったみたい。」


「いよいよですね!」


待ち疲れて心が緩んでいたこともあって、黒子の急な登場に心臓が跳び上がる。


この唐突さはアサヒの『影踏み(オスクリタ)』で何度も経験しているが、手段としては似て非なるものだ。存在を全く感知できない。魔力の痕跡すら見当たらないのだ。


正直この黒子に命を狙われた場合、回避する手段が思いつかない。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。集中しなければ。


「頑張ろう。」


待ってて、ハル姉。あと少し。もう手の届く場所まで来ている。


自然と戦鎚を握る手に力が入った。




「では、足を踏入れれば開始にて」


黒子はおれたちを入口まで連れてくると影の奥に消えていった。エメラルダと顔を合わせ頷く。


広間に入ると、来たときにはなかったはずのクレーターがいくつもあった。整備されていた地面全体をごっそりと混ぜ返されたような有り様だ。平地がほとんどない。


「まさか、全てフォードさんが・・・。」


「全てかは分かりませんが、大部分はそうでしょう。やはり『お立ち台の騎士(ブラヴィッシモ)』の名は伊達ではありませんね。」


彼の力の一端を見ているのだろう。分かってはいたが、とてつもないスケールの人だ。果たしておれは、こんなことが出来る人に勝つことなどできるのだろうか。


いや、よくない。まずは目の前の神獣だ。広間の真ん中に胡座(あぐら)をかいて陣取るのは巨大な猿、に見える。


「あ、あれが神獣ですかっ・・・!」


エメラルダが全身を硬直させている。この強者ですら萎縮させるほどの存在感。その獣、神の如し。


猿はおれたちの姿を見ると、ゆったりと立ち上がった。


ドゴォン!


両手の拳を地面に叩きつけると地震のように足元が揺れた。


ウガ、グワァアアア!


雄叫びを上げると空気が軋んだ。


行動の一つ一つが、生物のもつスケールではない。まさに神の所業だ。




観客席から見ていたなら、きっとそう思っただろう。だが、おれは未だに目の前で起こったことが信じられないでいる。


『うぬらで最後か。ただの人間など取るに足らぬと思っておったが、先の小僧は中々よかった。』


猿はおれたちの姿を捉えると、満足げに喋った。そして、『どっこいせ』と言いながら立ち上がる。


文脈からして小僧というのはメタンフォードのことだろう。あの人を小僧とか、やはりこの猿は神の名を冠するだけの力はあるのだろう。


『して。なんだ、次は小童か。これはあまり期待できんな。まぁよい。よぉし!』


猿は地面を叩く。


『どーんと来い!小童微塵にしてくれるわ、なんつって!だっはははは!』


猿の大爆笑が空気を揺るがす。いろんな意味で。


「え?」


あまりの事態に脳が活動を停止した。小童微塵にしてくれるわ、なんつって。頭の中でオウムのように猿の言葉を復唱する。まさか、木っ端微塵とかけたのだろうか。


「リュート殿はあの神獣を前にしても平然としていられるのですね!ボクは・・・まだまだ未熟だと思い知らされます。」


エメラルダは剣を構えたまま、じっと猿を見据えている。その手は、恐怖にうち震えていた。


というか・・・。いやいやいや、全く平然となんてしていない。むしろ呆然としている。だって普通におかしくない?無論『面白おかしい』という意味ではなく、『現実的に考えておかしい』。神獣の言葉は紛れもなく駄洒落だった。


「今、猿の声聞こえたよね?」


「ええ、ものすごい咆哮でした。空間が歪められたかと錯覚するくらいに。」


「いや、そうじゃなくて!」


エメラルダを見ると訳がわからず首を傾げる。


「あの猿、『小童微塵にしてやるわ、なんつって』って言ったよ!?『なんつって』って!」


一瞬考える顔を見せたが、何かを閃いたように眉を上げた。


「はは、そういうことですか。ボクとしたことが情けない。それにしても貴方は凄いお人だ。萎縮するボクを見かねて、緊張を和らげようとしてくださるとは。いやはや、敵いませんね。」


「そうじゃなくて!」


「いいのです!ボクとて、騎士の端くれ。貴方のお陰で己を取り戻せました。すぅ・・・ふぅ。」


とんでもない勘違いをしながらも、深呼吸と共に体の震えが収まった。さすがは剣聖の弟子。精神統一はお手のものらしい。


それより気になるのは、あの猿の言葉がエメラルダに届いていない?


『そら!早よ来んかい!それとも()くて動けんのか!?()()だけに。』


絶妙に面白くない駄洒落のせいで戦意がゴリゴリ削られていく。


「威嚇だけでこれほどのプレッシャーとはっ!」


いいえ。あれは駄洒落です。


確認のためにもう一度だけ伝えてみる。


「『恐くて動けんのか、小童だけに』って言ってるな。」


「ふっ、貴方の胆力には脱帽です。さすがは公衆の面前で勇者にプロポーズしたお方。では、先行します!」


釈然としないおれを置いて、エメラルダは駆け出した。元の歩法に加えて風による加速魔法で、残像を作りながら急加速。猿に対する初撃、あまりの速さにおれの魔力支援が追いつかなかった。


荒れ狂う刃(テンペスタ・ラーマ)


刀身が霞むほどのスピードで一振り。同時に、猿の毛並みが乱雑に逆立った。だが、それだけだ。


「くっ、硬い!」


『並の魔獣くらいなら今ので仕留められただろうな。だが、我は()()なり!()()覚悟でかかって来んかい!』


あの猿、口を開く度に駄洒落を言わないと気がすまないのか!?


「エメ!悪い、出遅れた!もう一振りだ!」


「承知しました!」


エメラルダは合図とともに猿の背後に回り一閃。今度はおれの魔力支援を十分に受けて。本来であれば、無数の刃の一つ一つが大木を斬り倒すほどの威力のはずだが・・・。


『ほお。()()()()だけ傷をつけたか。ちなみに今のは『チクッと』した感覚と『ちょっこっと』をかけた力作だ。』


自分の駄洒落を満足げに解説する間抜けさと反比例するように、猿の強さが示された。猿の言ったとおり、僅かに肌に傷をつけただけで出血すらしていない。


「エメ!一端下がって!」


「御意!」


『小童ども!なかなか悪くない!次は我から行くぞ!』


猿は跳び上がると空中で回転を加えながら落ちてくる。着地と同時に地面が大きく抉られた。そして、すぐさま再び跳び上がる。落ちる。跳び上がる。落ちる。


猿はイキのいい蹴鞠のように何度もバウンドし、その度に地面を深く凹めた。


「クレーターの正体はこれか!」


まともに食らえばぺしゃんこにされる。それほどの威力だ。意思のある攻撃ならまだしも、恐らくランダムにバウンドしているため動きが読めない。


おれもエメラルダもなんとか反射神経だけで避けている。


爆風と衝突音の中、相変わらず阿呆な声が響き渡る。


『クレーターをくれたらあああ!』



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