33話 犬のように
エメラルダ・ヴァンヴェール。最有力候補の一人。彼女と二次選定で組めたのは行幸という他なかった。今回の選定のルール上、組んだ者同士は三次選定のトーナメントで逆側に配置されるからだ。
つまり、トップクラスの実力者と組んだことで二次選定を通過できる可能性が高くなり、さらに三次選定では決勝まで当たらない。
当のエメラルダは喜ぶ様子も落胆する様子もなく、澄ました顔でおれに向けて二度目の会釈をした。
エメラルダの身長は髪の部分を差し引いてもおれより少し高い。美しい男性とかっこいい女性のさらに中間。性別の境を限りなく薄めた容姿は絵画のモデルのようでもあった。その印象は昨日と変わらない。
黒子の説明が終わると、各所で相方との語らいが始まった。おれも挨拶のためにエメラルダに歩み寄る。
「よろしくお願いします、エメラルダさん。おれはリュート・ヒーロ・オーファン。治癒術士です。」
「ええ、存じ上げておりますとも!今や、貴方は有名人ですからね。昨日の選定もお見事でした。」
エメラルダは仮面で見えないはずのおれの目を真っ直ぐ見据えて興奮ぎみに笑みを返した。社交辞令だったとしても、やはり素直に誉められるのはとても嬉しい。
「あの『紅蓮の暴姫』に認められた仮面の治癒術士。強靭な肉体に柔軟な判断力。そして、衆目にさらされながらハルティエッタ様にプロポーズする並外れた度胸!感服の一言です!」
「やめろ!」
つい拒絶の言葉が。最後のだけは聞き捨てならなかった。彼女の表情からはからかっているだけなのか、本気で感服しているのか判断が難しいところだ。
「何故です!?すごいじゃないですか!公の場で『おれはお前のものだ!』ですよ!?並大抵の人間に出来ることじゃない。いやぁ、痺れるなぁ。」
さっきまでの澄まし顔はどこへ置いてきたのか。クールビューティは成りを潜め、人懐こさを全面に押し出してきた。
この感じだと本気であの過ちに感服している風にも見える。
あれ、もしかして実はおれすごいことをしたのでは?と勘違いしそうになる。
「っと。失礼しました!ご挨拶がまだでしたね!改めて名乗る必要はないかもしれませんが一応。」
彼女はオホンと軽く咳払いをする。
「『黙せば華』でお馴染み!ボクはエメラルダ・オリヴィエ・ヴァンヴェール。深碧の一族。本家本元ヴァンヴェール家の次女で、剣聖セルヴェール様のイ・・・第一の弟子です!是非、エメとお呼びください!」
次女という前情報がなければ、ボクという第一人称から美男子だと判断していたかもしれない。
確かに華を自称するに値する美貌だが、『黙せば』にこれ以上ない説得力を感じる。だけどそれは悪い意味では決してなく、話してみると凛々しい愛犬のような愛嬌がある。
どうやら挨拶はこの辺りで、黒子に別室待機を命じられ雑談を交わしながら広間を後にした。
呼ばれた順に戦わせられるようだ。敵の姿、他の参加者の実力などは実際に戦う時にならなければわからないように配慮されているらしい。
初見の敵を前に、如何に立ち回るかが一つの選定項目なのだと。
「ボクの得意分野は風飄系魔法と師に教わった剣技です!」
各々の長所について情報共有を提案すると、彼女はあっさりと手の内を明かしてくれた。
圧縮した風による拘束魔法『縛風』
正式詠唱が必要な代わりに、拘束力は絶大。幻想種であるドラゴンをも一定時間拘束できるほど。
剣の一振りで無数の斬撃を繰り出す『荒れ狂う刃』
繊細な剣筋により生じさせた気流を魔法で増幅させ、新たな斬撃とする。剣術と魔法の合技の中でも奥義に分類される技だ。師である剣聖セルヴェールが編み出したものらしく、彼に比べると格が落ちるのだとか。
巻き込んだものを捻り切る竜巻『旋裂の暴風』
発生させた竜巻を任意のタイミングで絞り上げることができる。その気になれば人間の一人や二人は雑巾のように捻り殺せる、かなり残酷な魔法らしい。
そして、極めつけは剣聖直伝の剣術。
切断の特性を持つ風属性と最強クラスの剣術の組み合わせだ。これで弱いわけがない。
メタンフォードといいエメラルダといい、持つ者はとことん持っている。羨ましい限りだ。本当に。
「おれの出来ることは四つ。自らの身体強化、治癒、魔力支援、そしてこの戦鎚で相手を殴る。これだけです。」
「その戦鎚、昨日はお見受けしませんでしたが・・・。なるほど!能ある鷹は、とはよく言ったものです!」
違います。昨日、死にもの狂いで身につけた付け焼き刃です。
どうもこのエメラルダという女性はおれを買い被っている節がある。でも、高く評価されるのは悪い気はしないので甘んじて受け入れよう。
「おや、早くも一組目が終了したようですね。」
エメラルダは控え室を出ていく二人組を見て、少しだけ緊張感を強めた。
「最初の一組、メタンフォード様もドロー様もいなかったはず。それなのにこれだけ早く終わるということは・・・。」
エメラルダのその言葉で緊張の意味がわかった。
「一組目が予想以上に優秀だったのか、あるいは・・・。」
こういう時、おれの悪い予感はよく当たる。
☆
王都内、某所。
「なぁ、もういいだろ!」
そこでは二人の男が座して期を伺っていたが、一人が堪えきれず立ち上がる。
その大男はまるで熊を思わせるゴツい体格で、眉間に皺を寄せて喚いている。苛立ちで髪を半分掻き上げて見せる顔は、野生味を帯びた精悍な顔。世の女性の一定数を魅了する見た目ではあるのだろう。
「イスキューロ、何度も言わせるな。王都には奴がいる。」
もう一人は長い白髪によく焼けた肌。その表情は十人が十人、冷酷な人間であると判断するほど冷ややかなものだった。それでも作り物のように整った顔は、男女問わずすれ違う人全てを振り向かせるだけの魅力がある。
壁にもたれ掛かり、腕を組んで静かに大男を制止する。
「ハッ!相手は女だろ!?何をビビってやがる!」
「黙れ。今のお前では万が一つにも勝機はない。だから、あいつらを向かわせたんだ。」
「チッ、苛つくぜ。」
イスキューロと呼ばれる男は再び地面にドカッと座る。数秒後。
「なぁ、ガルザ!もういいだろ!」
「貴様は我慢を知らんのか。『待て』も出来ないようなら犬以下だぞ。それとも何か?貴様は犬畜生にも劣るというのか?」
「チッ。」
イスキューロは今度こそ地面に腰をかけたまま動かなくなる。
ガルザはイスキューロに対して愚痴のひとつも言ってやりたくなったが、後が面倒だと判断しグッと堪えた。それに、力でイスキューロを抑えるのは骨が折れる。
「誰だろうが俺より強いことは許さねえ。」
イスキューロは地面を睨み付けて、昂った感情を口に出して抑えている。それこそ『待て』を命令された狂犬のように。
「俺より強い奴は俺が殺す。」
また始まった。イスキューロの矛盾したような口癖だ。ガルザはそんなイスキューロを無視して、妙な違和感に眉をひそめた。
予定にない何かがいくつか計画に紛れ込んでいる。そう直感していた。その正体が何なのかは不明だが、より慎重になった方がいいだろう。長年の経験則からくる直感は、時として入念な計画にも勝る。
「だが、人の未来は何も変わらん。我らが栄光のため、歴史の闇に消えてもらおう。」