32話 絶望にはもう慣れた
『今、僕が君に抱いている感情は嫉妬と劣等感だけだ。』
痛烈な一言だった。彼ほどの人物がおれに対して嫉妬と劣等感を抱いているとか今でも普通に信じられない。むしろ逆だろう、と。おれに彼ほどの力があれば、どれほどよかっただろうか。
「だが、安心するといい。さっきも言った通り君をどうこうしようって訳じゃない。君はまだまだ強くなれる。悪い話じゃないだろう?」
メタンフォードはそう言って再び壁を閉じた。
「いやいやいや。もうこれ、嫌がらせじゃん・・・。」
気づけばゴーレムか五体に増えていた。しかも、さっきより動きが格段に速い。
「あはは。冗談が上手いな。君なら大丈夫、だろ?」
と無責任な信頼の言葉が響く。
だろ?じゃない!フォードさん、思っていたより性格が悪いぞ。確実に明日の選定に向けておれの体力を削りに来てるだろ!とんでもないど畜生じゃないか。絶対に負けてやるものか!
元より負けるつもりはなかったが、おれの闘争心は激しく燃え盛った。
「やってやる。おれはこの嫌がらせに耐えきって、絶対にあなたに勝つ!」
体力の回復はおれの十八番。おれは絶え絶えになった息を整えて再びゴーレムに立ち向かう。
おれの闘争心に共鳴したのか、戦鎚の威力が一段上がった気がした。
そして翌朝。
「リュート。それ、どうしたの?」
闘技場の前、一度自宅に帰ってからエリス、アサヒと合流した。出会い頭、エリスが不審そうな目でおれの顔を覗く。
「あぁ、この戦鎚ね。フォードのやろ・・・メタンフォードさんにもらった。おれに合うだろう、てね。」
「いや、それもそうなんだけど。エリちゃんが言ってるのはその目の下のクマのことだと思うんだけど。」
アサヒが呆れ顔で目を指差す。
「急ごしらえに徹夜で特訓してた。」
「それって大丈夫なの?」
「もうバッチリ!アサヒがいつもより多く見えるくらい大丈夫。」
「それは・・・。目と頭が大丈夫じゃないわね。あ、そうだ!選定とかもうぜーんぶ忘れて寝ちゃお?ほら、私とか抱き心地いいと思うの。」
「くっ、抗いがたい誘惑がっ!」
その時、パチンと弾ける音と同時に頬に衝撃を浴びた。視界が一瞬ブレる。
「エ、エリス!?」
驚いて何事かと見ると、エリスがビンタをしたのだと理解した。
「ダメ。起きて。」
エリスは続けざまに往復ビンタを繰り出した。その早さは激しい運動後の心拍数以上。高速の往復ビンタにさすがに白旗を上げるしかない。
「ま、まっで、冗談だがらっ!起ぎでるからぁぁ!」
ひとしきりビンタを受けた後の頬は真っ赤に膨れ上がっていた。珍しくアサヒがおろおろしている。悪ノリし過ぎた罪悪感が顔に表れている。
「ひどいなぁ。」
「当然。今まで何のためにやって来たのか考えて。」
腫れた頬を擦るとヒリヒリと痛む。治癒することは可能だが、折角なのでこのまま残しておくことにした。
「そうだね。悪かったよ。じゃあ、行ってくる。」
今日の選定で、これからのハル姉との距離が決まる。近づくためには有力候補のドローとエメラルダ、そしてメタンフォードと優劣を競わなければならない。再び立った闘技場の入場口は昨日よりも大きく見えた。
広間に集まったのはちょうど二十人。当然、そこにはメタンフォードの姿もあった。おれの姿を見るとにこやかに手を上げた。
「やぁ、おはよう!無事に来れたんだね。」
「えぇ、おかげ様で。寝坊しなくてすみました。」
「そうか!役に立てて何よりだ。」
皮肉だよ!と叫びたかったが、メタンフォードも承知の上だろう。おれとメタンフォードの視線が交錯し、火花が散る。
「さて、今回の選定方法はどうなるだろうね。」
メタンフォードに悪びれる素振りはなく、しれっと話題を切り替える。
「今回のってどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。昨日の幻覚による選定は前回にはなかったものだ。つまり、次の選定方法が前回と同じ方法かどうかはわからないってわけさ。」
「ちなみに前回は?」
「確か強化ゴーレムとの戦闘だったかな。」
メタンフォードの好感度が上がった。もしかしたら、それを見越して昨日の特訓をつけてくれたのかもしれない。
だが、もしそうなら事前に言ってくれればよかったのに、と思い直して好感度が下がった。
結果、プラマイゼロ。
「もしかしたら今回もゴーレム相手って可能性もありえるんですね!」
それは、おれにとって願ってもない可能性だった。その方法であれば有力候補たちと直接戦わずに済むから。実のところ彼らと戦っておれが勝てる見込みなんて皆無に等しい。
「定刻となりました。」
黒子衣装の男が湧いたように姿を表した。
「彼、何者なんだろうな。」
メタンフォードが神妙な面持ちで黒子を観察している。
「何者って?ハル姉の部下では?」
「それは・・・そうなんだろうけどね。昨日もそうだったけど、姿を見せるまで僕が感知できなかった。かなりの実力者なんじゃないかな。」
「そうなんですかね。」
黒子からはあまりそういった強さみたいなものは感じられない。もしかしたら、そう感じさせないのも強さの証なのかもしれないけど。
黒子は軽く挨拶を終えると、手短に選定の説明を始めた。
「ご案内の通り、今回の選定は第十二席及び第十三席。つまり、今ここにいらっしゃる中から二名が選ばれることになります。その選定方法ですが」
緊張が高まる。一瞬の間のはずなのにやけに長く感じる。この刹那に対人戦ではありませんように、と何千回願えたか。
「二人一組でハルティエッタ様が従える神獣との戦闘」
希望が生まれた。
その方法であれば、有力候補との直接対決を避けられる。心の中で派手にガッツポーズを決めた。
たが、その時ふと思ってしまった。これまで運はおれの味方をしてこなかった。ここにきてようやく幸運が巡ってきたのか、と。
黒子の言葉は続く。
「そこでの上位四組、計八名で」
違うな。ため息が出た。どんな表情をしていいのかわからないけど、多分勝手に苦笑いでも浮かべていると思う。
どうやら運命は、おれのことがめっぽう嫌いらしい。おれの甘い考えを見逃してはくれないようだ。
「トーナメントを実施致します。」
希望が絶望に変わる瞬間だった。
でも、もう慣れた。この程度の絶望は何度も越えてきた。可能性が見えるだけまだマシというもの。今回も自分がやれることを尽くせばいい。
だが、おれは本物の絶望というものを目の当たりにはしていなかったのだ。全てを超越するような根元的な絶望が、後に姿を現すことになる。このときのおれにそんなことは知る由はなかったけれど。
黒子は続けて、二人組の名前を並べていった。そして、どうやらおれの名前は最後の一組に入っていたらしい。
肝心の相方はなんと
「エメラルダ・ヴァンヴェール様になります。」