31話 メタンフォードの真意
「試すってどういう・・・。それに何ですか、あれは?」
「ゴーレム。聞いたことくらいはあるだろう?」
おれはメタンフォードに勧められるままに戦鎚を握ったままその凹凸のない空間に足を踏み入れた。その瞬間、背中をトンと押される。
「おっと・・・え?」
振り返ると既に壁の修復が始まっていた。その隙間からメタンフォードが『じゃ、頑張ってー』と言わんばかりに手を振っている。
「ゴーレムは複雑な命令を理解できない。そこにいるゴーレムへの命令は『侵入者の排除』だ。」
「え、うそ!待って!」
手を伸ばすも壁面は完璧に出来上がってしまった。この壁は外から見ると石積だったはすだが、内側から見ると一部の繋ぎ目も見えないまっ平らな壁だ。
ゴゴゴゴッ
背後から重たい石が擦れ合う音がする。視線だけ音の方向に向けるとゴーレムの目が赤く光った。たった今、ロックオンされてしまった気がする。
ゴーレムの体は折り畳まれていたらしく、立ち上がると全長三メートルほどの高さに達した。
「フォードさぁぁん!ヤバいです!動き始めました!」
あまりの理不尽さに目が潤んでいる。だが、当の彼からの返事はない。
「どうすれば!?このせ、せ、戦鎚で壊せばいいんですか?やれば良いですか!?やるしかないですか!?」
動揺のし過ぎで自分でも何を言っているのかわからなくなっている。逃げ場のない状況で未知の敵と交戦するのはこれが初めてなのだ。
今までは逃げる手段があった。頼れる仲間がいた。一人で立ち向かわなければいけないのはこんなにも怖いことなのか。
「ああ、もう!やってやんよ!全部、ぶっ壊してやる!」
半ば自暴自棄になりながら戦鎚を構える。
正直、正しい使い方なんてわからない。というか、教えてもらえていない。
戦鎚の頭部を敵対象に真っ直ぐ打ち付ければいいのはわかる。なので、とりあえず攻撃の隙を見つけなければいけない。
ゴーレムは『侵入者の排除』のため、重量のある足を交互に動かして近づいてくる。そして、間合いに入るとその極太の腕を振り上げた。
「ここか!」
ゴーレムの動きは大して早くない。振り下ろした腕の外側に回避しつつ、隙の出来た脚に向けて戦鎚を振るった。
直撃。だが、ゴーレムの脚は僅かに削れただけで大きなダメージにはなっていない。
「威力が足りない!」
ゴーレムは振り下ろした腕を今度は横に薙いでくる。それをバックステップで回避し一度間合いをとった。
「叩きつけただけでは大したダメージにはならないか。だけど戦鎚が受ける反発力が異常に軽い。」
例えば、トンカチで地面を強く打ち付けるとその反発力で手が痺れる。この戦鎚には、そういった反発力が小さいのだ。
「もう少し筋力強化をしても大丈夫そうか?」
二度、三度とゴーレムの隙をついて打ち付ける。一度目より二度目、二度目より三度目と筋力強化をかけるとそれだけゴーレムを削ることができる。
「だけど、まだ足りないな。」
ゴーレムの攻撃を回避しながら、有効打になる手段を考える。
すぐに思い付いた方法は二つ。
一つは、直撃の瞬間だけ戦鎚の頭部に魔力を流し込み、その重量によってインパクトを増加させる。
もう一つは、戦鎚をただ振るうのではなく回転して勢いをつける。この方法はゴーレムのように隙の大きな相手にしか通用しないだろうが、とりあえずはこの場は凌げる。
「懐かしいな。」
試行錯誤しながら訓練をしていた時期を思い出す。
とりあえずは一つ目。直撃の瞬間だけ戦鎚の頭部に魔力を流し込む。
直撃。思った通りだ。ゴーレムの脚は直撃した部分のみ粉砕され、バランスを崩して倒れた。だが、再び間合いを空けるとゴーレムの脚はみるみるうちに元通りに回復する。
「じゃあ、二つ目!」
戦鎚を打ちつける前に体を捻り一回転いれながら、今度は反対側の脚に向けて振るった。今度は戦鎚の頭部が触れた場所だけ脚を抉りとる形になる。
「よし、威力は十分!」
であれば、最大火力を出すためには打ちつける前に体を回転させつつ、直撃の瞬間のみ魔力を流して重量を増やす。
言うが易し、行うが難し。二つの手段を組み合わせると途端に難易度が上がる。体を一回転させるということは、一度敵から視線を外さなければいけない。だが、一度視線を外すことで直撃するポイントとタイミングが掴みづらくなる。
その結果、魔力を流し込むタイミングが遅れてしまい思った以上の威力が出なかったり、逆に早く流し込みすぎて重量に耐えきれず戦鎚がすっぽ抜ける。
何度も試してはみたが、成功するのは十回に一回程度。
「さて、良い具合に仕上がったね。」
気づくとメタンフォードが再び壁を崩して、姿を表していた。
「ぜぇ、ぜぇ。フォードさん・・・。ひどいです。」
「すまない、すまない。こればっかりは実践で慣れさせないとと思ってね。」
「だったら、事前に説明とか、はぁ、はぁ。してくれてもよかったと思うんですが。」
「君のセンスも見ておきたかったんだ。だけど、大したものだよ。この短時間であそこまでの動きを身につけるとは。」
彼は本当に感心しているのだと思うが、嬉しいよりも若干憎たらしく感じる。
「あはは。お詫びに、その戦鎚あげるよ。」
「え?良いんですか?」
前言撤回。メタンフォードはめちゃめちゃいい人!
我ながら現金だと思うが、突然のこの仕打ちには誰だって同じようになるのではないか。
「ああ、構わないよ。やはり君にはその武器で正解だった。」
「どういう意味ですか?」
「なに、今日の選定での戦いぶりを見て思ったんだ。君の並外れた筋力は魔力からの変換によるものだろう?剣や槍のように繊細な動きを必要とする武器は君の戦い方には向かない。だったら、その筋力を最大限活かし、さらには超速の魔力生成力を活かせるその戦鎚は君にとって最高の武器になると思ってね。」
その口ぶりからすると初めからこの戦鎚を渡すつもりだったのではないか、と思える。
だから、おれは当然の質問を投げかける。
「なぜそこまで良くしてくれるんですか?」
「良くしてくれる、ね。」
メタンフォードの目がいつにもまして鋭くなる。
「僕はね、才能にも環境にも比較的恵まれている。だけど、そんな状態で君に勝っても意味がないんだ。君はもうわかっているかもしれないが、僕はガーネットを守りたかった。いや、今でも守りたい。」
やっぱりか。彼の言葉の節々からグレンへの想いは伝わってきていた。グレンを語っているときの彼の目は慈愛に満ちていた。
「ガーネットに認めさせた者がいると聞いたときは悔しさで気が狂いそうになったよ。」
初めに会ったときの敵対心はそういうことか。
「そいつが今回、選定に参加すると聞いた。だから僕はどうしてもそいつより優れていると証明したくて、今回の選定に参加することにしたんだ。『大地を穿つ爪』の団長としては正常な判断じゃないけどね。」
それは、家名を背負う者としても同じことだ。完全なる私情で参加したことになる。
「だが、今のままでは明らかにフェアではない。今日の君の姿を見て、僕はそう判断した。」
そして、彼から告げられた言葉は明確な宣戦布告だった。
「君を出来うる限りベストな状態に持っていく。そして、僕はその君を越えてみせる。今、僕が君に抱いている感情は嫉妬と劣等感だけだ。」