30話 守る意味
「いやぁ、お見事。」
広間を抜けた先、メタンフォードがゆったりとした拍手で出迎える。
「さすがガーネットが認めた男だ。」
「おれが直接倒したのは数人ですけどね。それよりガーネットって・・・?」
おれの知る限りグレンをそう呼ぶ者は一人しか知らない。アルダン・スオウ・アカルージュ。彼女の、そして今はおれの父になる彼だけだ。
「あぁ、僕とガーネットは幼馴染でね。陣営は違えど昔は一緒に遊んでいた仲だよ。」
メタンフォードは懐かしむように目を細める。
「昔の呼び名だ。それに当時、彼女も『グレン』の名を賜る前だったしね。」
「なるほど。それであんなに親しげだったんですね。」
グレンは数少ない友人としか教えてくれなかった。幼馴染であることを隠すように。もっと言えば昔について触れられたくないみたいに。
「でもあの日以来、彼女は名前で呼ばれるのが嫌いになってしまった。」
「あの日?」
「いや、気にしないでくれ。というのも難しいかもしれないが、聞かないでくれるとありがたい。誰にも触れられたくない過去はあるだろ?」
メタンフォードはついうっかり溢してしまった言葉を、慌てて取り消した。これ以上の追及は許さない、といった気迫がこもっていた。
「そんな話をしに来たんじゃないんだ。どうやら今日の選定はここまでみたいだからね。ちょっとこの後、僕に付き合ってくれないか?」
「わかりました。ちょっと友達が来ているので挨拶をしてきてからでも良いですか?」
「彼らのことかい?」
メタンフォードの指し示す先にはエリスとアサヒがいた。
「そうです!」
「君も隅に置けないな。」
メタンフォードは動揺するおれを傍目に『じゃあ、また後で。』と肩にポンと手を置いて歩き去った。
「リュート、バカ?」
「リュートってバカね。」
示し合わせたように、エリスとアサヒが出会い頭に罵倒してきた。
「へ?なんでいきなり!?」
「幻術から覚めた時点で今日の選定は通過できてたんでしょ?」
「うん。でも、他の参加者が納得できないって・・・。」
「いくら納得できないからって、そんなのまともに取り合わなければ良いだけなのに!」
「確かに。」
アサヒは少し怒っているようだ。
確かに言われてみればわざわざリスクを背負う必要はなかった。全てはあのグランとかいうおっさんに踊らされたわけか。
「あのおっさん、謀ったな?」
「「リュートがバカなだけ!」」
シンクロする二人の声が辛辣だった。
そんなこんなで一日目は無事終了。ちなみにフラムは『あの程度、通過できて当然だ。』と言い残して早々に席を立ったらしい。『あいつ、アホだな。』とも言っていたとかなんとか。
☆
夕暮れ時。約束の場所、飲み屋街を抜けた先の噴水広場にメタンフォードは待っていた。
「お待たせしました。」
声をかけると、彼は軽く手を挙げて返す。
「悪いね。急に呼び出してしまって。」
「大丈夫です。けど、どんな要件ですか?」
「まぁ、いいからついてきて。」
メタンフォードは勿体ぶるようにおれに背を向ける。歩く場所は見覚えのない通りだった。豪邸が並んでいるだけで滅多に用事なんてないような場所だ。
「さぁ、着いた。僕の家だ。」
静かな通りに面した二階建ての立派な家だ。玄関口ではアカルージュ邸と同じく使用人が出迎えてくれた。
「さ、遠慮なく入って。アカルージュ邸と比べると随分とみすぼらしいかもしれないけど。」
みすぼらしいなんてとんでもない。玄関だけでもおれが住んでいる部屋の五倍くらいある。
そのまま案内されたのは貴族が使う縦長の食卓だった。そこには色とりどりの前菜だったり、鳥の丸焼きだったりと豪勢な食事が並んでいた。
「食事はまだだろう?少し君と話がしたくてね。」
半ば食事に目が眩みながら、おれは客用の席についた。
しばらくは雑談だった。騎士団の様子はどうだとか、おれが王都に来てからどのように過ごしてたのかとか。時にエリスやアサヒを話題にあげていた。
そうして、食事が終わる頃だ。メタンフォードの声のトーンが一段低くなったのは。
「あ、そうだ。今日の選定で幻術から戻るときに『大切な人は絶対守らないと』って言っていたね。」
「言いましたかね。」
なんとなく気恥ずかしくて、ついとぼけてしまう。
「単刀直入に聞こう。それはハルティエッタ様のことかい?」
その問いは茶化す意味などではなく、これまでになく真剣なものだった。だから、おれは同じくらい真剣に答えなければ失礼だと思った。
「はい、そうです。」
「ハルティエッタ様とはどういう関係なのかな?」
「幼馴染です。『緋色』の名前を頂く前は『リュート・オーファン』でした。」
「そうか。ハルティエッタ様も本名は『ハルティエッタ・オーファン』。同じ孤児院の出身か。」
おれの言葉を聞いて、メタンフォードはどこか都合が悪そうに顔を歪めた。
「幼馴染という立場は君と同じか。だったら、僕と君では何が違うんだろうな。」
低い声が妙に食堂の中で響く。それは静かに燃える怒りの炎を灯しているようだった。
「君はハルティエッタ様を守るために王都まできたんだったね。」
「はい。」
「リュート、一つ聞きたい。彼女は我々よりも遥かに強い。誰の手助けも必要としないくらいに。そんな彼女を、君が守ろうとすることに意味があるのかい?」
メタンフォードの言いたいことは分かる。確かにハル姉に宿る力は並大抵のものではない。ずっと劣るおれなんかに守られなくても彼女は大丈夫だ、と。
おれの今までなんて全くの無意味だったのかもしれない。結局最後まで役には立てないかもしれない。それでも。
「そんなの、どうだっていいじゃないですか。」
おれはハル姉を守りたいのだ。
痛みから守りたい。
苦しみから守りたい。
恐怖から守りたい。
意味だなんだと考えるより、いかにして守るかを考えてそれを実行する。それでいいではないか。
なぜなら。
「おれはハル姉が好きですから。好きな人を守りたいと思うのは普通のことだと思うんです。」
メタンフォードは目を見開いて、うっかり手にもったフォークを皿に落としてしまう。
「普通か・・・。そうか!それが普通か!」
声のトーンが二つくらい上がった。気が晴れたような顔を見せる。
「それに・・・。」
「それに?」
メタンフォードはプレゼントをもらう前の子供のように目を輝かせている。
「ハル姉が本当に誰かの助けを必要としたとき、隣にいるのが自分以外の人っていうのは凄く悔しいじゃないですか。」
「はは、そうだな。確かにそうだ!悔しいな!」
表情が完全に爽やかな笑顔になる。全然悔しそうじゃないんですけど。ダメだ。この人の思考が全く読めない。
「そうか。僕は難しく考えすぎていたのかもしれない。ありがとう。」
「お役に立てたようで何よりで・・・す?」
理解が追いつかないおれを無視して、メタンフォードはパンと一度手を叩く。
「さて、もう一つ聞きたいことがあったんだった!」
「それは?」
「君はなんで武器を使わないんだい?」
いきなりの質問におれは混乱した。
そういえばどうしてだっけ?あぁ、そうだ。王都に来る前に剣の腕を見てもらったのだった。
「おれに剣の才能はないみたいなので諦めたんです。」
「違う違う。僕が聞いているのはなぜ『武器』を使わないのか、だ。武器の種類は剣だけではないはずだが?」
「あぁ、確かに。考えたこともなかったです。」
「そうだろうと思ったよ。食後で悪いがもう一つ付き合ってくれ。君にとっても悪い話じゃない。」
そう言って、次に案内された場所はなんと地下だった。湿った階段に少しばかり身の危険を感じたが、下りきってしまうと雰囲気がガラッと変わった。熱気が押し寄せる。そこには敷地の半分ほどの面積を使った大きな工房が広がっていた。
「そういえば、錬金術を専門とされてるんでしたね。」
「あぁ。でも最近では錬金ではなく、金属の加工に力をいれ始めているところだ。」
メタンフォードは工房の奥に立て掛けてある棒状の金属を手に取った。それは槍の長さほどもある。それにただの真っ直ぐな棒という訳でもない。その先には金槌のように、拳三つ分ほどの頭部がついている。
「これは?」
メタンフォードが持つそれは、傍らで金属加工中の熱が発している光に照らされて黄金に光っている。
「これは戦鎚だ。この頭部のところだが、特殊な金属で出来ていてね。魔力を込めると重力に換わり、更に体積も大きくなる。こんな風にね。」
メタンフォードが魔力を込めると、確かに戦鎚の頭部は拳三つ分から米俵ほどの大きさまで膨れ上がった。
「おお!」
「やってみるかい?」
「いいんですか!?」
おれは戦鎚を恐る恐る受け取るとずっしり重い。それもそうか。全て金属でできているのだ。見よう見まねで萎んだ頭部に魔力を流し込むと、先程と同じように頭部が膨れ上がった。
「魔力を流し込んでいる間だけ、その魔力量に比例して膨らみ重くなる。そう覚えておけば問題ない。」
戦鎚自体は重いが全身に筋力強化をかければ扱うのはそんなに難しく無さそうだ。
「さて、早速だが・・・。」
工房の奥。綺麗な石積の壁。メタンフォードはその石の一つを押し込むと、壁が崩れさり一部の凹凸もない広いスペースが現れた。
「試してみてくはないかい?」
真ん中には大きな土人形が立っていた。