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29話 意思の強さ

黒子衣装の男の後ろには、ハル姉とグラン、ティーユがいる。


「とりあえず、安心してください。今のは正真正銘の幻です。では、ハルティエッタ様。後はお任せします。」


その口ぶりからして、おれたちは黒子の術中にあったのだろう。ハル姉は黒子の前に出る。


「気を悪くしたのなら申し訳ありません。これから説明しますので、意識のある方はこちらに集まってください。」


そうして、実際に集まったのは二十人程度。残り百人を超える騎士たちは未だに何もない宙を眺めている。


「では、術を解いてあげてください。」


「かしこまりました。」


黒子がパチンと指を鳴らす。


幻術から戻った騎士達は何が起こったのかもわからず、口々に戸惑いの感情を表した。


「今こちらに集まっている方々のみ、今後の選定に参加いただくことになります。対象でない方は既に資格を有しておりませんので退場なさってください。」


こちらとは無論、途中で意識を取り戻した者達だ。だが、プライドの高い騎士のこと。そんな簡単に、はいそうですかと納得するわけがない。


「どういうことですか!?」

「そうだ!理由を説明してください!」

「納得できません!」


案の定、説明を求める声が出始める。正直に言えばおれだってそうだ。信じられない光景を目の当たりにしたかと思えばそれは幻で。それで選定の参加資格の有無を決められる。おれが無しと判断された方であれば同じように食い下がっていただろう。


「貴殿方は既に理解しているはずです。どんな幻でしたか?」


「それは・・・。恐ろしい化物が街を襲っていました。」


「貴殿方はどうしましたか?」


ハル姉の質問に対して、異論を唱えていた者達は一斉に黙ってしまった。


そういうことか。おれもそれを聞いてようやく理解した。


「そうです。貴殿方はその化物とやらに立ち向かわなかった。」


「し、しかし!あんな化物、自分一人ではどうしようもないではないですか!」


言い訳をする子供のように騎士達は未練がましく叫ぶ。


「あれは、ただの幻ではありません。」


「え?」


「あれは過去、実際に起こった出来事の再現です。」


ハル姉の言葉は信じられなかった。あの光景が実際に起こったことであるということは、あの大きさの化物が本当に存在していたことになる。ならあの時、人間はどうやってあれを倒したのだろうか。考えられるとすれば、あれがいわゆる魔王誕生の前触れ。三匹の魔獣の一匹だったのだろうか。


「もちろん貴殿方に一人で倒せとは言いません。ですが、たった一歩。立ち向かう勇気があれば術は解けたのです。この先、同じような惨状が必ず起こります。その時、心で立ち向かえぬ者をどうして選べましょうか。」


反論の余地などあるわけがない。窮地にこそ人の本性はよく表れる。パニック状態でも、困難に立ち向かう精神があるかどうか。それが今回の選定基準の一つになっていたのだ。


「で、ですが!仮面のそいつは治癒術士でしょう!?そいつが通って我々が通れないのは、やはり納得ができません!」


急に反感の矛先がこちらに向く。


まぁ、そう思うよな。家を背負った騎士達たちにとっては、今回の結果は治癒術士に敗北したことを意味する。『自分の方が強い』『自分の方が上だ』と主張するのは当然のことだ。


「戦えば貴殿の方が強いのだから、貴殿が選定されるべきだと?」


「そ、そうです!」


「確かに彼が選定されるに足るかは疑問があります。」


え?まさか、治癒術士にであるという理由だけで選定を落とされるのか?


おれの心拍数が跳ね上がる。だが、そんな不安は次の言葉で消え去った。


「ですから、何も彼が我々の仲間に相応しいとは言っていません。貴殿方が我々の仲間に相応しくないと言っているのです。」


ハル姉は一瞬だけおれを見た気がしたので、おれは全力で手を振った。ハル姉は呆れたようにため息をつくと異論を唱える騎士に向き直る。


「それにです。そんな治癒術士であるはずの彼が、ここにいるほとんどの者よりも早く一歩を踏み出しました。その心は称賛に値するものです。」


あれ!?今、ハル姉に誉められた!?『称賛に値する』って!もう一度言おう、『称賛に値する』だって!


仮面の奥でニヤニヤが止まらない。たぶん相当だらしない顔をしているから、仮面をつけていて良かったと思う。


一方で、それでもなお納得できないのが騎士である。歯噛みしながら、おれを睨みつけてくる視線が痛い。


「なら実際に貴奴と戦ってみるか?」


発言の主はグランだった。このおっさん、何てことをおっしゃいますのやら。


「ティーユのように副官ならいざ知らず、治癒術士が席を埋めることに納得できん者は多かろう。儂は一度戦わせてみればいいと思うのだがのお。」


グランがちらっとおれを見た。


「もしかしたら、ハルティエッタ様が惚れてしまうかもしれんな。ガッハッハ!どうだ?受けんか?」


「受けます!」


「お、おい!リュート、いいのかい!?」


メタンフォードが慌てて確認する。


「たぶん大丈夫です。グレンさんやフォードさんほどじゃない。何とかなります。」


ハル姉に誉められた今のおれは無敵だ。もしかしたらハル姉が惚れるかもしれない、なんて言われたら受けないわけにはいかない。というか、単純に良いところを見せたい!


どちらにせよ、初めからあの騎士たちが何人で来ようが負ける気はしていなかった。


「いいだろう。お前たち!敗者復活のチャンスだ!全員が敵!最後に残った一人が次の選定に進めることとしよう!」


既に選定を通った人達は一時的にその場を離れ、広場ではまさかのバトルロワイアルが始まる。


観客達は大騒ぎ。前代未聞の選定方法にどよめいている。


「リュート。受けてしまったものはしょうがないけど、必ず勝ち上がってくるんだ。」


メタンフォードが心配してか去り際に言葉を残す。


「フォードさん。見ててください。ここで負けるようなら、そもそもあなたとは勝負にもなりませんからね。」


「本当に面白いことを言う。僕に勝つつもりだったのかい?」


「いいえ。せめて負けないつもりでした。」


メタンフォードはその言葉の意味を理解しかねていたが、途中で考えるのを諦めたように肩をすくめた。『頑張って』と声をかけて今度こそ踵を返して広間を離れる。


「では、ハルティエッタ様。」


グランが身を退く。


「はい。『加護の鎧(シデロス・デルマ)』」


ハル姉の詠唱と共に体がうっすらと光る膜に覆われる。勇者のみが使えると言われている特異魔法の一つらしい。


「この光を纏っている間は外部からの肉体へのダメージは無効化されます。耐久力はだいたいモノホーンの突進を一回分防ぐ程度と考えていただいて差し支えありません。」


体を動かす分には何も問題ないが、なんとなく気分的に妙な違和感はある。何となく自分の魔力と不協和を起こしている感じだ。


だが、しかし!ハル姉にかけてもらった魔法だ。違和感とか不協和とか、些末な問題。もうこれはハル姉に包まれていると言っても過言ではない。テンションはうなぎ登りだ。


「一つだけルールを設けます。この光が消失した時点でその者は失格。速やかに広間から退場してください。それでは。」


その言葉を合図に各々が武器を構える。


「開始してください。」


宣言と同時におれに向かってくる騎士は三人。モノホーンやエリスの接近に慣れた目からしてみれば遥かに遅い。


一人目の首を狙った水平方向の一薙ぎは身を低くしてかわした。振り抜いた後は胴体ががら空きだ。拳を叩き込むと後ろの一人を巻き込んで飛んでいく。


「がはぁっ!」


かなり遠くまで転がっていった。残る一人が上段から剣を振り下ろすが、おれが身を捻って回し蹴りが届く方が早い。足が頭に直撃すると、彼は蹴られるままに一回転した。


この時点で詠唱を終えた魔法士が二人。発動させるのは二人とも規模的には中級魔法。即座に人の密集している場所に走り込みながら、二人の魔法を強化。放たれた瞬間に逆方向に全力回避。


強化された火炎魔法と氷雪魔法が人の密集地帯を襲う。





「あの小僧。いきなり暴れとるのお。」


グランが観客同様に乱闘騒ぎのような選定を楽しんで見ている。隣にはハルティエッタ。


「ほぉ。良い動きだ!なんと!他者同士で潰し合わせとるぞ!」


「もう一つ言えば、彼はわざわざ魔法に強化をかけて巻き込む人数を増やしています。」


「そうか!嬢ちゃんは感知者(ソーナル)だから分かるのか。して、どの魔法が強化されているものなんだ?」


「上級魔法に匹敵するものは全てです。驚くべき魔力量・・・。いや、正確には」


「魔力生成速度、ですね?」


ティーユがハルティエッタの言葉を遮る。


「はい。天賦の才能だと思います。」


「彼ね。名前をリュートと言」


「ひ、ひゃい!?」


ハルティエッタのいきなりの悲鳴に戸惑うグランとティーユ。顔を見合わせて『まさかね。』という表情になる。


「ハルさん。彼の名前はリュー」


「ひゃぅん!」


ハルティエッタが身を縮めて悶えている。


「嬢ちゃん、それはもう禁断症状だ。」


王都に来てから『リュート欠乏症』がより一層悪化している。その証拠に、今では名前を聞くだけで悶えるほどだ。


グランとティーユは再度顔を見合わせると、ハルティエッタに残る少女らしさに笑いをこらえられなかった。


「もう!笑わないでください!」


「悪い悪い。あまりに乙女らしくてついな。お、そんな事言っているうちに勝者が決まったみたいだぞ。」


広間をみると仮面の少年が一人。天に拳を突き上げていた。




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