26話 アカルージュの関係者
「あ、でもおれとグレンさんの関係ってどうなるんですか?」
「アタシが姉であんたが弟ってことになるな。そんでもってフラムの兄だ。」
そうか、フラムは年下だったのか。ちらっと見ると彼は不貞腐れていた。ここは一つ兄として大人な対応をしてあげるべきなのだろう。
「よろしくな、フラム。」
「やかましい!僕はお前を認めないぞ!」
デジャヴかな?そこに何が何でも認めないという強い意思を感じる。
そこでグレンが急に何かを閃いた顔をした。
「ああ!今ので思い出したよ!あんたを親父に紹介しないといけないんだった!」
「グレンさんのお父さん、ですか?」
がっしりした体格で豪快に笑う男が思い浮かぶ。
「アタシらの、だ。もうあんたにとっても親父なんだからよ。」
まだ見ぬお義父さんを思いながら、おれはグレンに連れられてアカルージュ邸に行くことになった。
アポなし訪問は許されず、エリスとアサヒはお留守番。『二人で休日を楽しむわ』と拠点を離れた。アサヒが『ケモミミ少女とデート・・・』と邪悪な笑みを浮かべていたのは見なかったことにしておこう。
アカルージュ邸は王都から北に向かって2日ほど馬車を走らせた場所にあった。家の名に恥じぬ立派な豪邸が遠くからでも視認できる。なんだか、遠近感が狂いそうなほど大きい。
敷地の境には高々とそびえ立つ鉄格子の柵。その奥には新緑に彩られた庭園があり中央に白い噴水。そしてそこには美女の石像が立っていた。どことなくグレンに似ている気がする。
館は何百人と暮らせそうなほど圧倒的な大きさで、もはや一つの城である。横幅は100メートルを余裕で越していて、二階建てにも関わらず高さは教会の天辺ほどある。
「でっか・・・。」
たぶんおれは今、相当アホ面を晒していると思う。開いた口が塞がらないを地でいく反応になっているだろう。
「そうか?どこもこんなもんだぞ?いや、うちはまだ大人しい方か。」
などとグレンが応えるのを聞くと、本当に貴族だったんだなぁと思う。内心どこかで半信半疑だったところはあったが、このときようやく確信に変わった。
乗っている馬車が館に近づくと、脇に獅子を象ったアカルージュ家の紋章とは別の紋章を施した馬車が停まっていた。
「お、来てるな。」
グレンがそう呟いたところを見るに、少なくとも招かれざる客でないことは理解した。
馬車を降りると三人の女性の使用人が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、グレン様」
「お久しゅうございます、グレン様」
「会いたかったですぅ!あぁ!御姉様は今日もお美しい!私、そのお姿を見ただけでご飯3杯はいける自信がありますわ、御姉様!」
三人が同時に喋り出したせいで、一人一人が何を言っているのか理解できなかった。とりあえずえげつなく早口なのが一人混じっていたのは分かる。たぶん一番右の人だ。ものすごく目がキラキラしている。
「よお、相変わらずだな!ヒラ、ユラ、キラ!」
相変わらずということはこれが通常運転らしい。
「早速だが親父の予定は空いてるか?」
「「メタンフォード様とのご予定が済むころかと。」」
三人の息がピタリと合う。
「やっぱりあいつだったか。じゃあ、荷物は任せたよ!」
「かしこまりました。」
「かしこまりました。」
「御姉様のお召し物は私が!」
惜しい。一人だけ息が揃わなかった。やはり一番右のキラと呼ばれる使用人だけは欲望を隠しきれないようだ。
巨大な扉をくぐるとシャンデリアや彫像がぱっと目に入る。きらびやかな装飾があちこちに施されていた。
高い天井の玄関を通り円を描いた階段を上がる。そして右手に伸びる幅の広い廊下を歩いていると、突き当たり近くの扉から一人の男が出てきた。
背は高く細目で優しそうな風貌の男。だが、その風貌に似合わず強さはたぶんフラム以上。グレン程ではないにしろ十分化物クラスであることは間違いない。
グレンを見た瞬間、男の表情はぱあっと明るくなった。
「やぁ、グレン!随分と久しぶりじゃないか!」
「フォード!お前、ちょっと老けたな!」
「いや、久しぶりの挨拶でそれはひどくない!?」
二人は旧知の仲のように親しげだ。自警団にいるときよりもグレンの雰囲気が少し軽い。
「グレンは相変わらず・・・いや、前よりも綺麗になった。」
フォードと呼ばれる男(恐らくはメタンフォード)は何の恥ずかしげもなくグレンに言ってのける。口説くつもりがあってのことではないのだろう。ただ事実を述べるような淡白さだ。
「うるせえよ。冗談にしちゃ面白くないぞ。」
グレンさん。態度はともかく綺麗なのは間違いないです。と、言いたくてソワソワしていると、フォードがこちらに気づいた。
「そこの彼は?」
フォードがグレンに尋ねる。『ああ』と言ってグレンはおれの肩に腕を回し、ぐっと体を引き寄せた。
「アタシの弟だ!」
「なるほど。彼が例の。」
フォードはその細い目を少しだけ大きく開いた。その瞬間に押し寄せる圧。殺気ほどではないが明確な敵対心に体が一瞬縮こまる。
「へえ。グレン、いいものを拾ったね。」
数秒の後、すうっと全身を押しつけていた圧が消えた。
「あぁ、今じゃ自慢の弟だよ。それにな、こいつはアタシを負かした男だ!」
「なに!?グレンを負かした?この子が?」
「いや、試験の場での話です!最初から本気ならおれは初手で負けていました。」
さすがに誤解を招きそうだったので慌てて弁明する。事実、おれはグレンに終始踊らされていただけで、たまたま最後の一手だけ不意をつくことができたに過ぎない。あれを勝利にカウントするのは流石にフェアではない。
「いや、それでもすごいよ!いくら試験の場とはいえグレンだって油断をする質じゃない。それが一瞬だろうが一手だろうが、君がグレンを上回ったことに変わりはない。」
グレンはどこか嬉しそうな反応を見せる。
「俄然、君には興味が湧いたよ。また近々君に会うことになると思う。」
フォードが右手を差し出したので、おれも一拍遅れて同じ手を差し出した。彼の手は少しだけ憎たらしげにおれの手を強く握ると、『じゃあ』といっておれたちが来た道を帰っていった。
「あいつはメタンフォード。アタシの数少ない友人でね。次の選定にエントリーするつもりかもな。」
「ということは、おれはあの人に勝たないといけない訳ですか?」
「まぁ、そういうことになるな!」
「そんな簡単に言わないでくださいよ。」
彼がライバルになるのだと思うと先が思いやられる。選定がどういった形式で行われるのかはわからないが、一騎打ちになんてなったら少しも勝てそうにない。
「でも、負けるつもりはないんだろ?」
「当然です。ハル姉のためですので。」
「それでこそだ。」
グレンがおれの頭をくしゃっと撫でた。
「だが、その前にアタシらの親父に挨拶だ。行くぞ。」
メタンフォードが出てきた扉はすぐ目の前だ。おれのお義父さんがこの先にいるのだろう。筋肉隆々で酒を片手に豪快に笑うおっさんが・・・。もしかしたら風呂上がりのグレンみたく素っ裸でいるかもしれない。失礼のないように、どんな姿でも驚かないように気を整える。
「親父ぃ、邪魔するよお!」
気持ちを落ち着けていたおれを傍目に、グレンが礼儀もへったくれもなく無造作に扉を開いた。
数分後。
「ハーブティーにするかい?いや、長旅で疲れてるだろうから薬草茶の方がよかったかな?ごめんね。気が利かなくて。あ、そうだ。お菓子も出さないと。ちょっと待ってて。仕入れたチョコレートがこの辺りに・・・っと。あったあった。これはとても甘いから薬草茶によく合うんだ。」
完全に予想外。気を遣われ過ぎて、逆に困惑しています・・・。