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24話 いつの間にやら

放心状態から帰ってきたのはハル姉がギルドを出ていってしまった後のことだった。今は本部の隅っこで踞っている。


「ご、ごめんね?」


エリスが申し訳なさそうに俯いている。


「違うんだ。エリスのせいじゃない。土壇場で怖じ気づいたおれの背中を(物理的に)押してくれたんだよね?」


エリスが、体操座りをして膝の間に埋めているおれの頭を、あたふたとその小さな手で撫でる。その優しさが今は辛いのである。


「ほら、顔を上げて?リュートは勇気を出して頑張ったよ。それでもダメだったの。完膚なきまでに玉砕したの。だからね、私にしよ?」


アサヒが体を引き寄せてハグする。

あ、胸が当たってる。柔らかい。


じゃなくて!アサヒの両肩を掴み体をぐっと引き剥がす。


「どさくさに紛れて誘惑しない!んで、慰めるフリして傷を抉るのやめなさいよ!ほんとに。」


「むぅ。今ならイケると思ったのに。」


本音が出とる。全く悪びれている様子はない。


「ま、それは冗談として。これからどうするの?」


今のが冗談だったのかは甚だ疑問だが、アサヒなりの慰めだと思うことにした。そして確かにアサヒの言う通りだ。これからどうしようか。完全に目標を失ってしまった。


「リュートが実は貴族の子でした!ってことは?」


「ないなぁ。」


「じゃあ、凄く頑張って第一級冒険者になる、とかは?」


「最低でも五年はかかるって。」


「うぉ。」


アサヒは天を仰ぎ見た。『こりゃダメだ』という顔をしている。おれたち三人の中で、もはやどうにもならない空気が漂っていた。


「とりあえず時間はかかるけど、第一級を目指すことにするよ。それにしても五年かあ。長いなぁ。」


遠い目をしていると現場を見ていた輩の話し声が聞こえてくる。どうやらおれは『勇者に告白したドM仮面』という不名誉極まりない称号を得てしまったらしい。だが、向けられる嘲笑には何も感じなかった。それほどまでに心が憔悴していたのだ。


そんなところに、帽子を被った一人の男性が近づいてきた。どうせ馬鹿にでもする気だろうと自虐ぎみに構える。


最近存在を忘れがちな肩に垂れるラビの耳がピンとたっている。ついでに言えばエリスの耳もいつもより元気に見えた。


「やぁ、久しぶりだね。」


え、誰?アサヒとエリスも同じ反応だ。彼の視線はおれに向けられているのできっとおれの知人なのだろう。だけど見覚えがない。


「おっと。さすがにわかり辛かったかな。」


そう言って男性が帽子をとると蜘蛛の糸を束ねたような白銀の髪がファサッと舞う。


「やぁ。」


「あ!あの時の情報屋さん!」


「そうだよー。」


それを見てすぐに思い出した。今つけている仮面の存在を教えてくれた恩人だ。アサヒとエリスには後で説明するとして。彼なら、勇者パーティに入るための裏ルートとか知っているのでは?


「あの、早速で申し訳ないのですが!」


「そら来た!貴族か第一級冒険者以外で選定に参加する方法だね!」


おお。話が早い。この反応は期待が持てる。方法があるならば何だってする所存だ。


でも、情報屋から帰って来た言葉は無慈悲なものだった。


「ないよ!」


「え?」


情報屋はにこやかな笑顔で答える。あれ。聞き間違いかな。わざわざ姿を見せておいて、特に打開策はないと。そう言ったのか?まさか挨拶をしに来ただけ?


「え、今なんと?」


「だから、貴族か第一級冒険者以外で勇者の仲間になる方法はないよ!」


告げられた言葉はとても嘘とは思えなかった。この人が言うのだから、本当にないのだろう。そんな気持ちになる。


「じゃあ、何しに・・・。」


「どんな顔をしているかと思ってさ。挨拶がてら見に来ただけだよ。」


「帰れ!」


「あっはっは。そんな無下にしないでおくれよ。」


完全に面白がっている顔だ。そもそも、情報屋なら勇者の仲間になるための条件くらい知っていたはずだ。それなのにわざわざ仮面の存在をちらつかせて、希望を持たせた。恩人だという認識は改める必要があるかもしれない。


「じゃあ、僕はもう行くよ。あぁ、そうだ。『紅蓮の暴姫(テスタロッサ)』によろしく。」


そう言い残して情報屋は去っていった。この胸の中に残るモヤモヤはなんだろう。そういえばあの情報屋、グレンさんと知り合いなのだろうか。


「あ、そうだ。一応、グレンさんにも悲惨な結果を伝えに行かないとな。」


おれは渋々立ち上がり、自警団『猛る双頭の番犬(オルトロス)』へと向かった。その道すがら、勇者の仲間になる条件について聞いた話を思い出していた。


『勇者の仲間』は言わばブランドだ。『勇者の仲間である』こと自体が、歴史に名を残すには十分過ぎる偉業。ただ、数世代前までは仲間になる者をそこまで厳しくは選んでいなかったようだ。だが、最近はそうも言っていられないらしい。


『勇者の仲間』を語る偽物が各地で現れ始めた。民衆からの搾取に略奪、悪徳商売その他数えきれぬ問題が起こったのだとか。それを防ぐために出来たのが少数精鋭の今の制度、ということらしいのだ。


人間がいかに醜い生き物かが浮き彫りになっている。片や命をかけて国を護ろうとしているのに、その裏では甘い蜜を吸ってのうのうと生きていく人たちがいたわけだ。


ただ一つ言えるのは、それだけ『勇者の仲間になる』見返りは莫大なのだ。貴族にとっては一族の地位向上、第一級冒険者にとっては富と名誉。故に選定では、その資格のある者たちが栄光を勝ち取るべく覇を競うのだ。


「おれは何も求めていないのに。ただ、ハル姉を護れればそれでいいのに。」


誰にも聞こえない声で、悔しさを口に出した。



自警団の拠点に着くと、すぐにグレンの部屋に失礼した。


「まだ僕はお前を認めっ・・・。」


フラムはおれの顔色を見て言葉を切った。代わりにいつものように熱いお茶と飴玉を一つ無言で差し出してくる。その優しさに目頭が熱くなった。そして同時に、なんて自分は惨めなんだろうと思う。


「どうしたどうした!元気ないねえ!」


「グレンさんはいつも通りで。」


グレンはいつも通り元気一杯だ。土木関係のおっさんのノリも健在。渋々ながらも今日の出来事について説明すると、思った通り爆笑された。そして次の瞬間、驚愕の言葉が返ってきた。


「なんだい!あんた知らなかったのか!?あんたはとっくに貴族の仲間入りしてるよ!」


「え?」


いつの間にやら、おれは貴族になっていたらしい。

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