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21話 分かたれる兄妹

『拒否する』


一言、そう言えばいい。何故そう思ったのか分からない。カキアの言葉を信じるのであれば、殺し合いを拒否すれば死ぬ。だけど、おれはどうしてもそうは思えなかった。


この感覚はなんだ。おれはこの概念牢獄を知っている?見るのは確かに初めてだが、懐かしいような不思議な感覚だ。


「おれは殺し合いを『拒否する』。」


「なっ!」


声が出た途端、カキアの顔は真っ青になった。フラムは驚いて眼を見開き、エリスは心配のあまり駆け寄ってくる。


自分の掌をまじまじと見つめるが、特に変わった様子はない。どころか、教会を覆っていた不思議な魔力が消えていくのがわかる。


「なぜだっ、なぜ気づいた!?」


「拒否すれば死ぬ、というのは嘘か。」


「なぜだと聞いているんだよ!」


「お前に命を縛る権限はない。それはお前の領分ではないからだ。」


あれ?今、自分が喋った?意識は明確にあるのに、口が勝手に動いて言葉を発している感じだ。


「は、はは。もしやとは思っていたけどやっぱりそうか。君も()()()()だったか。」


カキアは今までになく動揺しきっている。なんだ?何が起こってる?こちら側とはどう意味だ?気なることはたくさんあるが、今は目の前の疑問を解消しなければ。


「なぜ、そんな嘘を?」


「決まってるじゃないか。人が死を恐れる姿を見たかった。死に怯えて歪む顔が見たかった。それを見て僕はようやく生を実感できるんだよ!」


理解のできない考え方に寒気がした。多分、今自分は苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。この男、見るに耐えない。


「もう一つ聞かせてくれ。なぜ勇者を狙う?」


「僕達の計画に邪魔だからさ。」


「僕達だと!?他にもいるのか!?」


突拍子もないその言葉は到底看過できるものではない。焦りのあまりカキアの胸ぐらを掴んだ。


「他に誰がいる!計画とは何だ!」


珍しく声を荒げてしまう。


「ク、ククッ。はっははは!」


「何がおかしい!」


「君、本当に僕に勝ったつもりでいるのかい?」


「なんだと?」


『魔人の楔』がついているから魔法は使えないはずだ。拘束具によって剣も握れない。この状態でまだ何かあるのだろうか。


「見せてあげる。ここまで頑張ったご褒美にとびっきりの苦痛を与えよう!」


歪な力がカキアの中で膨れ上がっていく。地面が揺れるような錯覚すら覚える、圧倒的な力。


「自分の無力を思い知るといい!テオッ…ぐふっ。」


カキアの言葉は不自然に途切れた。それと同時に膨大な量の不可思議な力は溶けるように消えていく。カキアの口からは血が溢れ出していた。よく見ると彼の心臓の位置から刃物が突き出していた。


「とろいやつら…ばかりだな。悪いがこいつは殺させてもらう。」


カキアの背後。いつの間にかシンヤが身を潜めていた。全く気配を感知できなかったところを見るに、考えられるのはアサヒが使っていたのと同じ『影踏み(オスクリタ)』。


シンヤが胸部に突き刺した小刀を引き抜くと、カキアの体は力なくドサッと倒れた。


おれは慌ててカキアの傷口に手を当てるが、もはや自然治癒でなんとかできる傷ではなかった。そして、初めて自分の力に限界があると知った。


カキアは指先で正方形の氷の板を作り出し、それを鏡のようにして己の死に行く顔を写した。


「あぁ。意外と…醜いな。」


それだけを言い残し、事切れた。



後日談。あれから信徒たちを捕縛し、カキアの亡骸と共に自警団に帰った。仕事の都合上、意識のないアサヒも連れて帰らなければならず、グレンに事のあらましを説明した。


命を盾にとられていたこと。それに実際には誰も殺していないことから無罪になるようグレンがかけあってくれるそうだ。


おれはアサヒが目を覚ましたと連絡を受け、こうして自警団に足を運んでいた。


「僕はまだ、認めてないからな。」


フラムは相変わらずそんなことを言いながらも、丁寧に熱いお茶を出してくれている。言葉と行動のちぐはぐさに少し笑いが込み上げる。


「この奥にいるから、会ってきてやんな!」


グレンに催促されたので、火傷をしそうになりながらお茶を飲み干し、奥の部屋へ向かった。


とりあえずアサヒにはどうしても聞きたいことがあったので、気が急いていたのだ。


「お邪魔します。」


「とぅわ!」


短い悲鳴が上がった。扉を開けた視線の先には(さらし)がほどけて上半身をほとんど露出させているアサヒがいた。片腕でその豊かな胸を隠している。


「ご、ごめん!」


目の前の光景に驚いて、扉を思い切り閉めた。なんだかんだ女性の裸を初めて見てしまった。あ、グレンが風呂上がりに素っ裸で歩いていたのはノーカンで。


しばらくして、入っていいと声がかかったので部屋に失礼した。


「き、気分は?」


「うん。悪くないわ。」


フラムに持っていくよう言われたお茶をアサヒに差し出すと、少し照れながら受け取った。


「ありがとう。あ、そう言えばお(にい)、シンヤは…。」


兄のシンヤはあのとき教会から一人で去った。殺した人の数が数だ。それも『命を盾にとられていた』では、もはや取り返しのつかない数だった。王都に戻っていれば極刑は免れなかっただろう。


「生きてはいる。ただ、申し訳ないけど今はそれしかわからない。」


「そう…。」


おおよその察しはついているのだろう。少し寂しそうに目を伏せた。


「ありがとう。」


これもある程度事情を把握してのことだろう。おれたちが彼を逃がしたのだ。フラムは大分迷っていたが終いには『僕はもう動けない。追跡も難しいだろう。』と折れてくれた。


「あ、そうだ。シンヤから伝言があったんだった。『おれは日の下を歩くには多くを殺し過ぎた。だけど、お前は違う。真っ当な人生を生きてくれ』だって。」


本当のところはもう少し乱暴な物言いだった。かなり脚色してる。本当は『あいつはこの世界ではやっていけない。とろいからな。』だった。


「バカ…。」


ポツリと呟くと、眼が潤んでいるのが見えた。


「でもね。あのナイフ、持っていったよ。」


アサヒが兄にと買ったナイフ。刃がついていないナイフ。それはアサヒの願いでもあった。アサヒもシンヤにこれ以上人を殺してほしくないと。その願いの表れだった。


人を殺すときのシンヤの顔はとても辛そうだったと。確かにカキアを刺したときもそうだった。


でも、ナイフを握る兄の姿はカッコよかった、とか。そんな気持ちも少しはあったのかも知れないが、それは本人にしかわからない。


「もう少しだけ側にいてくれないかしら。」


アサヒがポンポンとベッドの空いているところを叩く。隣に座れということだろうか。


触れるほどの距離まで近づくと急に腕を掴まれ、重心を崩される。気づけば年下の女の子に押し倒される形になっていた。いや、これ歴とした対人格闘術の類いだと思う。


「あ、あの。アサヒさん?」


戸惑いながらアサヒの顔色を伺うと明らかに頬が紅潮していた。


「私ね。普通に生きるのなんて無理だと思ってた。」


彼女が生きてきた世界を考えると、そう思うのも仕方がないとは思う。それはそれとして顔が近い。ドキドキする。


「でもね、リュート。あなたが私に普通をくれた。」


「いや、それはシンヤが・・・。」


「あのバカ(にい)のことはどうだっていいの!」


「えぇ…。」


さっきまでのやり取りはなんだったのかと思う。それにしても顔が近い。


「だから私、これからは自分に素直に生きようって思うの。」


「なるほど。それは…すごく良いことだ。でも、人を押し倒すのは良くないぞぅ。」


「だからね。私は貴方を好きになってもいいのかなって思ってる。」


あら?この子、人の話を聞いてないぞ?


「ちょ、ちょっと待って。おれ、好きな人がいるんだ。」


「うん?それは私に何の関係が?」


「えぇ。」


強引なんてもんじゃない。独裁者もビックリだろう。


「ジタバタしないでね。優しくしてあげるから。」


いや、動こうとしても身動きが取れないのだ。関節の要所を押さえられているのだろうか。対人格闘術の中で、そういったものがあると聞いた覚えがある。


もちろんおれだって男だ。この状況が心から嫌かと聞かれればそんなことはない。だけど、おれにはハル姉という心に決めた人がいるのだ。


「お邪魔します。」


と、その時、部屋に入ってくる人影があった。この声は!ちょうどいいところにエリスがやって来た。だが、何秒かの沈黙の後だった。


「お邪魔しました。」


「もっとお邪魔していいから!」


エリスはそっと扉を閉め直そうとする。少しだけ開いたドアの隙間から『破廉恥』と一言呟いて、本当に閉めてしまった。


「ふふっ。ふふふ。焦った顔、かわいい。」


アサヒは覆い被さった状態から起き上がり、笑いを堪えていた。今たぶんおれの顔は真っ赤になってる。


「今日のところはこれくらいにしておくわ。でもね、リュート。」


アサヒは起き上がるおれに抱きついた。吐息が耳元にかかってくすぐったい。頬と頬が優しく触れあっている。熱い、と思った。


「あれだけ優しくしておいて、好きになるなって言う方が酷いと思うの。」


この子、本当に年下か?明らかにおれよりも格段に上手(うわて)の存在だ。おれには刺激が強すぎる。


「それは悪かった。」


「いいえ、悪くはないわ。」


アサヒはそういうと不意におれの頬に軽く唇を当てた。あ、柔らかい。とか思ってないから!


ちろっと舌舐めずりをするアサヒは年齢に相応しくないほどに妖艶に見えた。

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