19話 魔法戦闘
「概念牢獄?」
「概念牢獄だと?」
おれとフラムの声が重なる。だが、思っていることはたぶん異なっていた。
概念牢獄とは何なのかというおれの疑問と、初めて目の当たりにして俄には信じがたいというフラムの疑念だ。
「おや、二人とも知らないのかい?君たちには馴染み深いものだと思っていたんだけどなぁ。」
「本当だ。出られない。」
エリスが蹴破られた教会の入り口で、ドアをノックするように手を動かしている。どうやらそこに見えない壁があるかのようだった。
「もちろん本当だとも。そして、この空間では僕の決めたルールを拒否するとその時点で死だ。あ、でも安心するといい。ルールはお互いにとって対等なものしか設定できないからね。」
「つまり、僕たちはお前を殺さなければここから出ることはできず、殺し合いを拒否すれば死ぬ。そういうことだな?」
「君もなかなか飲み込みが早いな。名前はなんと言ったかな?」
「フラム。フラム・シンク・アカルージュだ。」
フラムは名乗ると同時に、己の前に炎の矢を並べた。手の合図と共に全てカキアに向けて射出される。
火炎系中級魔法『火炎の一矢』。おれの魔法強化が上乗せされた矢は温度、大きさ、速度どれをとっても通常のものとは大きくかけ離れている。矢の一本一本が上級魔法並の威力だ。
「『水天鏡盾』」
だが、カキアが発動したのは流水系中級魔法『水天鏡盾』。攻撃を阻むべく生じた水の盾は炎の矢を受けきり欠片も残らず水蒸気と化した。
「いきなりとは容赦ない!しかし、すごい威力だねえ。対抗属性だっていうのに相殺されちゃった。」
対抗属性。火に対する水、雷に対する土、闇に対する聖。あらゆる属性にはそれぞれに有利をとれる対抗属性が存在する。
水をかければ火が消える。土は雷を通さない絶縁体。闇を照らすは聖なる光。同じ威力のものがぶつかれば、基本的に対抗属性が勝るのは自明の理である。
今、おれが強化をかけずに『火炎の一矢』が放たれていれば、『水天鏡盾』の本来の効果である反射が発動し、高い確率で炎の矢がこちらに牙を向いていただろう。
「お前、水属性使いか。」
フラムが都合の悪さに歯噛みする。当然だ。対抗属性持ちとの戦いはかなり骨が折れるのだそうだ。唯一の救いは、水属性が攻撃には向かない属性であるという一点だけ。
「半分正解だけど、まだ足りない。」
カキアはニヤリと笑みを深めると言葉を続けた。
「『氷牙の穿砲』」
カキアの周囲に尖った氷柱が『火炎の一矢』と同じように列を成し、おれたちに襲いかかってくる。
「複属性使いか!」
フラムが同じ数だけの『火球』を氷柱にぶつけて相殺する。
「ご名答。それにしても、その若さで無詠唱とはね。フラムくん、君ってもしかして天才ってやつかい?」
「いや、僕は天才でもなんでもない。姉様に比べれば道端の小石のようなもんだ。」
フラムはその言葉に嘘偽りがないと本気で信じている。一切の驕りもなく、客観的に判断した結果だと。だが、それ自体大きな誤りである。
無詠唱。相手に発動する魔法の属性、規模、タイミングを悟らせない手段としては最も有効な手段であると同時に、会得難易度が極めて高い。生涯を通しても、たどり着ける者は多くない。
その中でも、初級の『火球』のみならず、中級の『火炎の一矢』までも無詠唱で発動できる人間はこの国には二桁もいないだろう。
その偉業をこの若さで成し遂げた者を天才と言わずして何と言う。ただ、身近にいる規格外の人物と比較して、自らの評価を全うなものよりも落としているのだ。
「もはや嫌味にすら聞こえてくるよ。だけど、それだけじゃないな?リュート・ヒーロ、君の強化も大概だ。今の君がやっていることは並の治癒術士では到達できない芸当だ。」
突然出されたおれの名前に驚いた。確かにシスターには誉められたし、試験でも腕はいいと評価されていたので多少の自信はあった。だけど、ここまで敵から褒められると嬉しい気持ち半分、複雑な気持ちになる。
『そんなに?』とフラムと眼を合わせると、少し悔しそうにフイッと顔を背けられた。一応は評価されているのだろうか。
「浮かれるな。戦いの最中だぞ。」
フラムにボソッと窘められてしまう。確かにそうだ。どこかまだ気が抜けている。カキアの言うことが正しければ、今おれたちは殺し合いを強いられているのだから。
「ごめん、集中する。」
そしておれは考える。カキアという男、ああ見えて中々に計算高い。
水属性は上級魔法を除いて護りに特化している。有利をとられている火属性では、火力に任せて押しきる以外に勝ちきる手段がない。攻勢一方になってようやく届くかどうかというところだろう。
しかし、氷属性を見せられては、否が応でも護りに意識を割かざるを得ない。氷属性持ちということを隠すメリットより、牽制によるこちらの攻撃能力低下を選んだのだ。
「エリス!」
「了解。『痺銃』」
「『流水纏衣』」
エリスがカキアを指さし、唱えた。だが、カキアはとっさに水を全身纏い、雷の遠距離攻撃を受け流す。
「雷もダメか!?」
「当然さ。知らないのかい?純粋な水は雷をも通さない。つまり君達の持ちうる属性では僕に傷一つも負わせられやしない!」
「まだだ。」
立て続けにフラムが炎の矢を放つ。盾と同じように纏っていた水も蒸発。さらに、間髪入れずに雷の銃弾と炎の矢がカキアをめがけて飛翔する。
「ようやく、殺る気になってきたねぇ!」
水の盾や衣を駆使しつつ氷柱での相殺、隙を見て反撃も仕掛けてくる。あっという間に魔法の応酬が始まった。火の矢、氷柱、雷の銃弾が飛び交う。
おれは二人への強化に意識を集中させながら、カキアの視界から殴りかかる。氷柱を砕き、纏っている水まで拳は届くのだがそこからカキアの体までは届かない。自傷覚悟であればあるいは、と思うが仕留められる確証がない限り安易には使えない。
激しい撃ち合いに終わりはなく、魔力が尽きた方が負ける。そう予感させられた。お互いの力は拮抗しているとも。
だが、戦況はおれたちの知らないところで、不利な方へ転がり始めていた。
「おかしい。さっきから盾の硬度も氷柱の威力も上がっている。」
フラムが違和感に気づき言葉にした。そう思って見てみると確かにそうだ。先ほどまで全て蒸発させていた盾は半分ほど残るようになり、氷柱は火の球一つでは相殺できなくなっていた。
「本当だ。どうなってる!?」
こちらが撃っている魔法の威力に変化はないはずだ。若干フラムが消耗気味ではあるが、おれがその分を補填して調節している。信じがたいが、魔法を撃つ度にカキアが強くなっているとしか思えない。
「ようやく気づいたね?」
カキアは最後の火の矢を受けきると、更なる反撃には出ずにネタばらしを始めた。
「周りを見てご覧よ。」
そう言われて見渡すが、おれたちの周囲に特に目立った変化はない。戦いを続けた結果、全体的に焼け焦げ、机や椅子などは木っ端になり、踝の辺りまで水浸しになっていること以外は特に…。
「はっ、水が!」
「正解!」
とても嫌な可能性を思い浮かべてしまう。
「君が思っている通りだとも。水属性の最も優秀な点は護りに特化していることではない。魔法で生じた水がなくならないことだ。」
嫌な可能性。それはその場に存在する水をも魔法に利用できる、ということ。
火や雷は魔力を消費した分だけ発生し、消える。だが、水は使えば使っただけ残る。それを魔法に利用できるのだとしたら、時間が経つにつれて魔法の威力が上がることにも頷ける。
「そして、時は既に満ちている。ここまで遊んでくれた君達には、特別に見せてあげよう。」
カキアはすーっと息を吸うと長い詠唱に入る。
まずい。何かがくる。
そう直感し、止めに入ろうと足に力を入れるが何かに固定されて動けない。全員の足元を浸していた水が氷に変わり、誰も身動きが取れなくなっていた。
「氷雪統べる女王の君臨。然れど僕はなく、命は眠る。吹雪く吐息。涙の結晶。顕現するは白銀世界。」
「『凍結監獄』」