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1話 護る覚悟

「なぜ、君は勇者になりたかったんだい?」


つい最近だったのか、それともずっと前のことだったか。記憶は定かではないけれど確かに誰かにそう問われたと思う。


僕はそのときなんて答えただろう。どうして僕は勇者になりたかったんだっけ。


「勇者になりたい」と、そう思う度にハル姉ちゃんの顔を思い出す。


そうだ。僕は別に世界を救うとか魔王を倒すとかそういうことをしたいんじゃなくて…


「ハル姉ちゃんを護りたかったんだ。」


目覚めと同時にボソッと口から漏れる。口に出してようやく僕は自分のバカさ加減を思い知った。護るどころか傷つけていれば世話はないじゃないか。


けれど、それに気づいたところであまり時間は残されていなかった。あの運命の日から約半年がたち、ハル姉ちゃんが出立するまで残り3年と半年。


僕は勇者なんかじゃなくてもいい。どうしたらハル姉ちゃんを護れるだろうか。ハル姉ちゃんのためには何ができるだろうか。そんなことばかり考えていた。


それから思い切ってシスター・ジェーンに相談することにした。


彼女は可能な限り色々なことに協力してくれた。ハル姉に戦いを強いてしまったこと。ハル姉の誕生日について僕に黙っていたこと。色々と思うところはあったのかもしれない。


それからというもの僕は剣を習い、魔法の勉強のために本をもらい、王都で適性まで調べさせてもらえた。それなのに…


「なんでなんだっ…!」


ダメだ、致命的に戦う才能が欠けている!突出した剣の才能はないし、魔法の適性もない。魔力量も人並みだった。凡人では勇者にとってはお荷物でしかないというのに。


焦燥感だけが日に日に大きくなっていった。そんなある日、運命的な言葉に出会った。それは魔法の教科書、それもかなり初期に学ぶような本の中にあった言葉だ。


【治癒術士】

治療、疲労回復及び他者が行使する魔法の効果増幅を専門とした役割として近年の戦闘では欠かせない存在である。また、攻撃魔法や特殊魔法のように適性を必要としないため、最終的に選択される場合が多い。


こ、これだ。どんな傷だって治して、どんな魔法も強くする。そうすればこんな僕でもハル姉の助けになれるじゃないか!


そう決心してからは治癒術に関する本を読み漁った。


こっそりキッチンからナイフを盗んで、自分の指を切って色々と試した。


最初は教科書にあった「魔力を傷口に当てて浸透させるイメージ」。


掌が温かくなると、フワッと宙に溶けていく。それが魔力だ。ずっと前にシスターが教えてくれたことがある。


その不思議な力を傷口に当てる。微かに傷口の痛みが引くが、中々思ったように傷口は塞がらない。


僕は成功するまで何度も何度もそれを繰り返した。だけど、一向に成功する様子はなかった。治癒術士としても才能がないのかと心が折れそうにもなった。


そのたびにあの日のハル姉の顔が頭を過る。僕は諦める訳にはいかないのだ。


そして、特訓をはじめて一年。いつの間にか「僕」が「おれ」になったころ、閃くように核心に触れる感覚を体感した。端的に言ってしまえばコツをつかんだのである。


特にいつもと違うことはしていない。強いて言えば昨晩の寝付けが悪かったくらいだ。


ただおれにとってはそんなことはどうでも良かった。とにかく感覚を忘れないように何度も刻み込んだ。


魔力をもっと強く当てる?

逆に弱く当てる?

角度の違いか?


おれなりに一生懸命考えたがどれもしっくりこなかった。ただ、魔力がそういう使い道ではないと感覚的に理解していたのだ。


言葉にするのは難しい。難しいが自分に理解させるためのイメージはこうだ。


人…少なくともおれは傷を負うとその部分に熱を感じる。さらにその熱の中に魔力とは別の力の流れを感じるのだ。仮にその力を「生命力」と呼ぶ。


そして、その「生命力」の流れに魔力を乗せることで、自然治癒を促進することができる…というのがおれの出した結論だ。


もちろん全て感覚論だ。誰に理解してほしいとも思わない。ただ、結果として治癒効率は跳ね上がった。擦り傷程度ならものの数秒で完治するまでになっていた。


そこからは訓練を次のステップに進め、魔法が使えるシスターに魔法の増幅訓練を手伝ってもらった。


これはそんなに難しくなかった、というのが率直な感想だ。


人は魔法を使う際に急激に魔力を一ヶ所に集中させる。そして、その魔力がフッと消えると魔法が発動される。


つまり、集中した一点に魔力を直接流しこんでやると一緒に消えて、代わりに魔法の威力が増大する。


ついでにわかったことだが、どうやら魔力そのものが炎や風になるわけではないらしい。魔力は一度消える。そして消えた魔力の対価として、それに応じた炎や風が出現している…ように見える。


シスターは予想以上の威力で放たれる自分の魔法に驚きながら、「すごいわ」といって誉めてくれた。


それが嬉しくてついついやり過ぎてしまい、火の玉が竜に変わり、偶然エンカウントした魔物を消し炭にしたのはまた別のお話。


そんなこんなでついにやって来た、ハル姉、出立の日。王都の前騎士団長だという髭の大男、史上最高の天才治癒術士の美女、国内最強の剣士であり騎士団員である好青年につれられて、ハル姉は村を後にしようとしていた。


ずいぶんとキリッとした顔をしているハル姉は、もはや戦うことに恐怖など抱いていない面持ちだ。あれからずっと勇者としての特訓を受けたと聞く。ハル姉は微塵も未練などなさそうに村の門を潜っていった。


「シスター、行ってくる!」


「えぇ、行ってらっしゃい!」


シスターは笑顔で、頑張れ、といったよう片手でガッツポーズをして見せた。シスターから自信をもらって、村から出ていったハル姉の背中を追う。それほど遠くない場所に馬車があるらしく、まだそこの道中にいた。


「待って、ハル姉ちゃん!」


先頭を歩くハル姉がピタッと動きを止めて振り返った。おれだとわかって驚いたのか眼を少し大きく開く。


「お…僕を連れて行って!」


ハル姉はきっと嬉しそうに笑いかけてくれる。

ありがとう!と言って仲間に入れてくれる。


そんな都合のいい妄想を抱いていた。


「何言ってるのかわからない。」


少し震えている。予想に反して冷めた口調と視線がおれの心をチクチクと刺す。


「僕は、ハル姉ちゃんを護りたい!そのために治癒術士になるための特訓もした。怪我だってすぐに治せる。もう怖い思いなんてさせない。」


懇願するように、謝罪をするように素直に気持ちを叫ぶしかなかった。


「だから、僕を連れて行ってほしい!」


お願いだ。この日のためにできることはなんでもしてきた。才能がなくても、ハル姉の力になるための努力をしてきた。おれが一番近くで護りたいんだ。


ハル姉は口をきゅっと結んだまま、沈黙が続いた。時折、声を出そうと口を開きかけるが結局音にはならず、ついにはおれに背を向けた。


「リュ…。あ、あんたなんか連れていくわけないでしょ?足手まといにしかならないんだから。」


「ならないよ!そのために、たくさん特訓だってしたんだ!」


少し俯いたあと、ハル姉は深くため息をはいた。


「ねぇ、わからないの?この国で最高の治癒術士が仲間にいるの!それにね、治癒術士は魔物から真っ先に狙われるんだよ?わかる?一人ならまだしも二人もパーティに抱えれば守るのだって難しいの!自分の身も守れないのに、迷惑なだけよ!」


こんなことは初めてだった知れない。ハル姉が一息に冷たく言い切ってみせる。


「それに…。き、嫌いな人間を仲間になんてするわけないでしょ。」


追い打ちで強烈な言葉が精神を抉る。思考停止。え、キライ?キライッテナンダッケ?


「え、でも、待って…。え?」


明らかに動揺してしまってまともな言葉が出てこない。


「ハル、そろそろ行こうか。」


剣士が親しそうにハル姉に微笑みかけている。だが、そんなことより今ハルって呼んだ?


もうハル姉はこちらに興味がないかのように歩みを早めた。二度と振り返ることもない。


「ねぇ、ちょっと待ってよ。ねぇ!」


おれの頬の横をヒュンと風切り音が通りすぎる。


たらーっと暖かいものが頬を伝うのを感じ、手を当てると血がべっとりついていた。驚いて原因を探すが、犯人は一目瞭然だった。


剣士がすごい剣幕でこちらを睨み付けている。剣士の片手は何かを親指で弾いた後のように親指をつきだしているのだ。


『これ以上深追いをするな』


言葉にはしていないが、剣士から無言の圧力を受ける。殺気にも似た重苦しい重圧のせいで呼吸が早まる。


脚は震え、反論一つできやしない。おれはただ剣士を睨むことしかできなかった。


既に身を翻し、背を向けた後でもなお追いかけることはできなかった。だが諦めたわけではない。いつか絶対に仲間にいれてもらう。


何をするかはこれから考えるが、目の前の剣士にやられて終わりでは自分のなかでも収まりがつかない。いつも通り、頬を一なでして傷を綺麗さっぱり消し去って見せた。


剣士は面白くなさそうにハル姉の後ろを歩いていく。僕はその姿をさらにずっと後ろから睨み続けた。



「青春ってやつかのぉ。」


野太い声の前騎士団長ガフ・グランが顎髭を撫でながら楽しそうにハルティエッタを見下ろしている。


「ふふ、耳真っ赤にしちゃって。こんなに可愛いところもあるのね。」


「やめてくださいよぉ。」


治癒術士のティーユもからかい交じりに彼女の頬を突っつくと、彼女は拗ねたようにぷくっと頬を膨らます。


「いいではないですか。あんなハルの姿は初めて見ましたよ。それにしてもあの少年…。」


「ええ。」


剣士セルヴェールはティーユに目配せすると、ティーユはこくっと小さく頷く。


「…自信なくしちゃうわね。」


そう小さく呟いた。


ティーユは先ほど少年が見せた治癒術を見て、戸惑いを隠せないでいた。


あの歳であれだけ洗練された治癒術が使えるなんて…。


本来、一般的な治癒術士が傷を塞ぐにはある程度の時間を要する。小さな掠り傷程度でも一時間は優に超える。最高レベルとされるティーユをもってしても、数秒なんて規格外の即効性は持ち合わせていない。


ティーユは狐に化かされたような気分になりながらも、少年が再び自分たちの前に現れると確信した。

???「当然、嫌いな人間は仲間にしないよね。」

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