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18話 不可解との遭遇

おれは教会のドアを蹴破った。すぐに視界に入ったのは、剣を振り上げるカキアと横たわる暗殺者の二人。


身体が反射的に動いていた。一直線にカキアの首を掴み横たわる二人から無理やり引き剥がした。


派手な音をたて、埃が舞う。壇上から見下ろすと、生きているのか疑わしい男と、それを庇うように体を重ねて涙を流すアサヒの姿があった。


「ごめん、待たせたね。」


「リュート?本当にリュートなの?」


アサヒは目の前で起こっている出来事が未だに信じられないのか、不安げな声を振り絞っている。


「そうだよ。あ、ちょっと待ってて。」


男は血の涙を流し、腹部からの出血が酷い。既に死んでいてもおかしくはない状態だが、驚くべきことにまだ息がある。


傷口付近の肌にそっと触れると強い意志が感じられる。慈愛、使命感、後悔。『生きたい』ではなく『生きて誰かを守らなければ』という優しい想いだ。


「ほら、アサヒさん。泣かないで。お兄さんはもう大丈夫だから。」


アサヒははっと我に返ると兄の顔を見た。先ほどより少し顔色が戻ったのを見て、再び涙を流してしまった。


「リュート、泣かした。」


後から教会に入ってきたエリスがポツリと呟く。


「その二人が例の暗殺者か?」


フラムは警戒しながら、盾になるようにエリスの前を歩いている。その光景を見て、緊張感もなく『紳士だな』と感心してしまった。


「そうだと思う。状況的に判断するならね。」


「なら、これで今回の仕事は終わりか。思った以上に呆気なかったな。」


もう少し危機感のある仕事を期待していたのか、フラムは苦い顔をする。確かにその気持ちも分からないでもない。この程度で本当に勇者を暗殺しようなんて考えたのか。出来ると思っていたのか。


その答えは間もなくしておれたちの前に現れた。アサヒと、兄であるシンヤを治癒する手を止めて、壇上に眼を向ける。


「まさか!」


おかしい。確実に意識を刈り取ったはずのカキアが既に気だるそうに立ち上がっていた。およそ人間とは思えない異質な気配を纏って。


エリスとフラムが即座にカキアとおれの間に割って入った。


「なんなんだい、君たちは?」


明らかに苛立ちを含んだその声に、おれたち三人は身を強張らせた。死神に見つめられているようで寒気がする。体内で無数の羽虫が蠢いているような不快感、嫌悪感が沸き上がった。


「僕たちは王都公認自警団『猛る双頭の番犬(オルトロス)』だ。邪神教団なる異教の集団、その(トップ)で間違いないな?」


さすがグレンの弟と言うべきだろうか。尋常ならざる相手だろうが一歩も退かない。


「ふーん。『猛る双頭の番犬(オルトロス)』か。意外と有能じゃないか。それに…。」


カキアはフラムの問いなど気にも留めず、おれと眼が合うとたちまち表情を変える。嬉々として声の音程を高めた。


「君は仮面の少年か!」


『え?』という声がアサヒの口から漏れるが、今は説明している余裕はない。カキアがなぜそんなことを知っているのか。何となくだがその理由は察しがついていた。


「シンヤの眼を通して覗き見てたな?」


「正解!やっぱりバレちゃってたか。ちなみに、どこまでお見通しだったのかな?」


やっぱりが何を意味するのかは分からない。ああして精神的な優位を得ようとしているだけの可能性もあるから、深くは考えないことにした。


「おおよそは。一つはこの二人が何者かの監視下におかれていること。一つ、その何者かは邪神教団に属していること。そして、おれの暗殺に失敗した場合、二人は最悪命を奪われかねないことだな。」


おれは自分の右目を指さす。


シンヤの眼球に教団の刻印が刻まれていたこと。その刻印から、本人のものではない異質な魔力を感じたこと。そして、『退きたくても退けない』というシンヤからのSOS。全てを合わせれば、この結論に行き着くのは必然である。


「正解だ。だが、それだと一つ分からないな。」


カキアの眉間に皺が寄る。


「どうやってシンヤを退かせた?失敗すれば命はない。確かにそうだ。ならば、死んでも暗殺を成功させようとするはず。だが結果は、失敗してこうしてのこのこ帰って来てその様だ。そして、そこに君たちが都合よく助けに来た、と。偶然にしては出来すぎている。だが、この展開を図っていた様子はなかったはずだけど?」


「覚えているか?『死にたくなければ大人しく祈っていろ!』って言葉。」


カキアは考えを巡らせると一つの結論にたどり着いた。


「なるほど。そういうことか。」


これは宗教の話である。国教に指定されているのは『三柱教(みはしらきょう)』。それは、人間の本質たる三つの柱を育んで生きろという教えであり、おれが育った孤児院もこの教えの元で運営されている施設だった。


一つ目の柱は真実を愛し、知識を蓄え後世に遺す『叡智』。二つ目の柱は国を成し、国を護る『護国』の精神。三つ目の柱は自分ではない他の命を慈しむ『慈愛』の心。


『三柱教』は則ち自らの内に対する教えであり、外に救いを求めるものではない。『三柱教』には()()という慣習は存在しないのである。


つまり『死にたくなければ大人しく祈っていろ』というおれの言葉には、『異教の人間であることはわかっている』『退いて助けを待て』という意味を言外に含めている。


正直、どこまで伝わったかは疑問だ。さらに、伝わっていたとしてもシンヤがおれの言葉を信じなければいけなかった。


「正直、賭けだった。たけど、上手くいってよかったよ。」


そして、偶然にも自警団がこの拠点を突き止めていたことは、幸運以外の何物でもない。


「瞬時に状況を理解し、機転を聞かせ二人を退かせた?いい、実にいいね!君、名前は?僕の友達…いや、仲間にならないかい?」


「リュート・ヒーロ。悪いが仲間にはなれない。勇者の敵はおれの敵だ。」


カキアはわざとらしく両肩を萎める。


「勇者の敵はおれの敵、か。残念だなぁ。でもしょうがないよね。じゃあ、せめて少しここで遊んでいってもらおうかな。」


靴の爪先を少し浮かしてから、地面にカツンと下ろした。教会の中がカキアの異質な魔力で満たされていく。


「これは・・・。」


「『狂喜結界(トゥレラ・コルヘス)』。僕の遊び場さ。」


嫌な予感しかしない。絶対にろくなものではないことだけはわかる。


「エリス。あの二人についててくれる?」


「リュート。本当にお人好し。」


今は弱っているとはいえ、おれを殺しに来た二人だ。エリスはそのことを少なからず気にしてくれている。


だけど、彼らだって生きるためだったと思えば腹も立たない。それに、アサヒと一緒に過ごしてわかっているのだ。悪人というわけじゃあない。


おれは勇者ではない。だが、勇者の在り方にはやっぱりまだ憧れがあって、助けるべき人がそこにいる。ハル姉に胸を張れる生き方をしたいと望むくらいは許してもらえるはずだ。


「面倒かける。」


「いい。でも私にも優先順位がある。リュートが危なくなれば私も前に出るから。」


そう言ってエリスは横たわる二人を背にして、太刀の柄に手をかけて立ちはだかる。その姿を見て、フラムは生真面目な表情になった。


「元々は僕たちの仕事だ。昼に話したこと、覚えているな?」


「うん。この戦いで治癒術士としての実力を見極める、でしょ?」


「ふん、分かっていればいい。」


フラムとおれの視線は自然とカキアに向かう。カキアは先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、今はへらへらと気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「『猛る双頭の番犬(オルトロス)』の諸君。これは遊びなんだ。気楽に殺し合おうじゃないか。」


「ふざけたことを!」


フラムがムキになって叫ぶとカキアの口はより大きく弧を描いた。


「いや、何もふざけちゃいないさ。言ったろ。僕の遊び場だって。『狂喜結界(トゥレラ・コルヘス)』は敵を殺さなければ絶対に出ることができない概念牢獄なんだから。」

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