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17話 絶望

「もうね、そろそろこの教団を解体しようと思ってたんだ。」


不気味な薄ら笑いを浮かべながら死神が語りかけてくる。


これがあの司教?どう考えても圧が人間の者ではない。立っているだけで脚が震えてくる。


「苦労して実力者を集めたのにね。みんな使いっぱしりの一つも果たせやしない。無能過ぎて涙が出てくるよ。」


彼が使いっぱしりというそれは、即ち勇者の暗殺である。そんな大それたことを、そんなほいほいとお使い感覚で出来てはたまらない。


「なら、あなたがやればいいじゃない!」


「アサヒ!」


震える私の声を兄が制す。どうせ短い命なのだ。最後に言いたいことの一つくらい言わせて欲しい。


「何言ってるの?僕が行ったら殺されるかも知れないじゃないか。」


「は?」


一瞬この男が何を言っているのかわからなくなった。お前が仕向けた暗殺者が何人返り討ちにあって死んだのか、知らないわけでもないでしょう?


平然と我が身を案じる態度に理解と理性が追いつかない。


「何をっ・・・!」

「待て、アサヒ!」


三人以外誰もいない教会に、兄の声がこだました。


「カキア様!大変申し訳ございません!」


兄は私の頭をがっしり掴み、思い切り押さえつけた。兄妹そろってかしずく姿勢になる。呆れた。この期に及んで、まだ兄は媚びへつらおうというのか。半ば軽蔑にも似た感情が沸き上がってくる。


「いや、いいよ。本当はね、君たち二人は連れていこうと思ってたんだけどなぁ。駒使いとしてね。」


「で、でしたらっ・・・!」


「でも、失敗しちゃったよね?」


狂喜を孕んだ問いかけに身がすくんだ。いや、これはもう問いかけですらなく、「死刑ですがよろしいですね」という確認に他ならなかった。


「これは僕が決めてしまったルールだ。だからもう僕にはもうどうしようもないことなんだよ。わかってくれるかい?」


そんな理不尽がまかり通る訳がない。「バッカじゃないの!?」と叫びたくなる。それでも兄は歯噛みするだけで無言を貫き通した。


兄は呪われている。兄の右目には特別な紋様が刻まれている。蛇が絡みついた十字架。邪神教団のモチーフだ。常に自分の視界が覗き見られている可能性がまとわりつき、裏切りの素振りを見せれば即処刑。言わば監視付きの首輪だ。


「わかりました。」


ようやく口を開いてついたこの返事は当然だったのかもしれない。首輪をつけられた飼い犬同然の…


「ですが、アサヒだけは生かしていただけないでしょうか。」


「は?」


私は驚きのあまり兄の言葉を理解できなかった。


今のは聞き間違い?兄が私を生かしてって。あの兄が?


「なんでアサヒを見逃さないといけないの?」


カキアは意味が分からなさそうに首を傾げた。


「はい。確かに失敗すれば私には後がないと。ですが、妹については特に処罰は設けられていなかったはず。であれば!カキア様のルールには背かないのではないかと!」


「ちょっ、待って!何を勝手に…」


「それもそうか!有能な手駒を失うのは辛いからね。」


私の意思を無視して勝手に話が進んでいく。自分が死ぬ代わりに私を生かせって?誰もそんなこと望んじゃいない。どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの?普段、そんな顔見せたことないくせに。


「よし、分かった。今回はシンヤ。君だけ死んでもらうことにするよ。」


「ちょっと待ってってば!」


「喜びなよ、アサヒ。お兄さんのお陰でまだ生きていられるんだから!」


「だから。」


頭に血が上っているのがわかる。顔が熱い。頭が痛い。私は、そんなこと望んでいない。


「私はそんなこと認めない!勝手なこと言わないで!」


「おい、アサヒ!いい加減にしろ!」


兄の叱咤に体がビクついた。もう意味が分からない。なぜ私が怒られなくてはいけないのだろう。


「なるほど。アサヒ、君はもう覚悟しているんだね。なら二人ともここで殺してあげよう。やっぱり一人で死ぬのは寂しいよね?二人一緒なら怖くないよね?」


「お待ち下さい、カキア様!」


「いいや、もう待たないよ。」


カキアは長いローブの下から剣を取り出すと、金属の擦りあった音を響かせながら鞘から抜いた。


「あ、そうだ。最後にいいことを教えてあげよう。シンヤ。君にかけた呪いだけど、実は命をとるなんて効力はないんだよ。」


「え?」


兄は何を言われたのか分からないのか、呆けた顔になった。


「だからね。君にかけた呪いの効力は視界を覗き見ることだけなんだよ。命を縛るのは僕の()()()()()()からね。」


「なぜ、そんな・・・。」


「なぜって、それは死に怯える飼い犬ほど滑稽だからに決まってるじゃないか!」


愉快そうに話すカキアの神経がわからない。まるで何を考えているのかわからなかった。


「ほんの悪戯心だよ。」


その言葉に嘘は感じなかった。嘘を感じなかったからこそ、余計に得体の知れないものに見えてしまう。


カキアはそのまま壇上から降りてきて、兄に向けて剣を振り上げた。私の体は、その時点で動き出していた。カキアの剣が兄に届く前に、小刀で受け止めた。


「え?なんで?なんで君、僕の剣を止めてるの?」


ふっと剣にかかる力が抜けた直後、側面からあり得ない力で蹴り飛ばされた。


「ア、アサヒ!」


情けない声で兄が叫ぶ。意識は残っているがさっきの今で、体へのダメージから体を動かせない。


「ああああ!殺す!お前だけは俺が殺す!」


兄が吼えた。後ろ手に小刀を掴み、カキアに飛びかかる。怒りに任せて振るう兄の刃は、一撃一撃が必殺になる程の速度と重みがあった。


「あっははは!怒った?そうだよね?大事な妹を傷つけられたんだから怒るよね?」


カキアは笑いながら連撃を捌き、剣を振るう度に兄に傷をつけた。そして、いとも容易く兄が握っていた小刀を弾き飛ばすと、頭を掴み地面に叩きつけた。


頭を強く打ちつけられたシンヤはそのままピクリとも動かない。カキアはシンヤの首を片手で掴んで持ち上げた。


「あ、ここで殺してしまうんだから呪いも必要ないか。」


「やめて…。」


私の声は届かない。例え声が届いたとしても、私の願いを聞き届けることはないだろう。カキアは何の躊躇いもなくシンヤの右目に刃を突き刺し、横に一薙ぎした。


「うあああああああああっ!ぐぅ…あああっ…!」


兄の絶叫が耳をつんざく。眼から鮮血が吹き出していた。両手で眼を押さえるが、血がどくどくと指の隙間から溢れだしていた。


「いい声で鳴くじゃないか。でも、少しうるさいな。なんかずっと聞いてたら耳障りに思えてきたな。殺すか。」


言葉とは裏腹に顔は満面の笑みを浮かべている。気持ちが悪い。もう見ていられない。


「死ぬのはお前だ!」


兄の手にはいつの間にかナイフが握られていた。そのナイフは私が兄にプレゼントしたものだった。


「お(にい)!ダメ!そのナイフはっ!」


兄はナイフをカキアの首めがけて一振りした。普通のナイフであれば今ごろカキアの首を掻ききって、血飛沫をあげているはずだった。だが、兄が繰り出したナイフはカキアの首に少しめりこんだ程度。私があげたナイフには刃がないのだ。


「今のは少し冷っとした。なんだい?そのナイフは。」


「く、くそっ。」


カキアは不愉快そうに呟くと、剣で兄を貫こうとする。


嫌…やめて!私のせいで本当に死んじゃう!私があのとき、あんなナイフを選んだから。普通のナイフを買っていれば兄は死なずに済んだのに。


私が声を出す間もなく、赤い滑りを纏った剣身が兄の背から突き出てきた。


「うぐっ…。」


「い、いや。いやああああ!」


カキアが剣を引き抜くと、兄から大量の血が流れ出した。


「さぁ、これでお別れだからね。二人で思う存分語らうといい。」


左手で掴み上げていた兄を私の方に乱暴に投げつけた。私は這いながら兄の元まで這いずり寄った。


「お(にい)!ごめんなさい、ごめんなさい!私どうしてもっ…。」


「いい。気に、するな。体は動き…そうか?」


兄の手が私の頬にそっと触れる。久しぶりの手の感触は、血の滑りで人の肌に触った気がしなかった。私は兄の問いかけに黙って首を振った。


「こんなことなら、さっさとお前だけでも、逃がしておけばよかった。」


苦しそうに一言一言に力が入っている。


「お前には、普通に生きて、欲しかった。」


「そんなの無理だよ。人を殺してきた人が、普通に生きる資格なんてないんだから。」


「馬鹿が。お前はまだ、誰も殺せちゃいないよ。とろとろしている…からな。」


その言葉を聞いて、私はついに堪えていた涙が止まらなくなった。『早い者勝ち』と言って私の相手を横取りしていく姿が、ここにきて全く別の姿に思えてしまう。


「避けるのが遅い」「足運びがなっていない」と愚痴に思えたあの言葉は、何を思って言ってたんだろう。


兄はいつからそんなことを考えていたのだろう。あるいは最初から…。


「もう、俺はダメだ。最期のお願いだから。頑張って…逃げて…くれ。ぐふっ。」


兄が吐血する。もう長くはないことを如実に表している。


「ダメ!お(にい)をおいて逃げたくない!」


「くそっ、馬鹿がっ。」


兄はもう一方の腕で目を覆った。血なのか涙なのかわからない液体が目じりを伝って流れていった。兄がここで死ぬのなら私もここで死ぬ。どちらにせよ体は動かないのだ。横たわる兄に覆い被さった。


「話はもう終わったかい?」


すぐそばにカキアが立っている。そして、剣を振り上げる音がした。


もう、これで本当に死ぬんだと思うと不思議と恐怖はなかった。癪だけどカキアが言っていたように、二人一緒なら怖くない。だけど。


「もっと二人一緒に生きていたかったなぁ。」


つい言ってしまった言葉が生への執着を強めてしまった。怖くないなんて嘘だ。本当は死にたくない。こうして兄の本心に触れることができたのに、ここで終わりなんて嫌だ。でも、もう遅い。兄も私も、もう避けられるほどの力は残っていない。


剣を振り下ろす風切り音が聞こえた。


だが、あるはずだった剣に貫かれる激痛はない。その代わりに壮大な轟音が教会内に鳴り響いた。ほぼ時を同じくして、とてつもない気配が私の上を通りすぎていったのを感じる。


まだ、生きているのは確かだ。なにが起こったのか分からず恐る恐る頭を上げて見てみると、そこにいたはずのカキアは姿を消し、壇上が埃を巻き上げて視界を濁していた。


その中からうっすらと立ち上がる影が見えた。目を凝らしてみると次第に誰なのかがはっきりした。それは、つい昨日会ったばかりの男の子。なんでこんなところに、とは考えもしなかった。今度は嬉しさのあまり涙が流れる。その男の子は申し訳なさそうな顔でこう言ったのだ。


「ごめん、待たせたね。」

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