15話 襲撃
あぁ、なんて幸せな一日なのだろう。夢のよう。まさか王都で男の子に助けられて、今はこうしてデートまで。今まで頑張ってきた甲斐があるというもの。これが今日だけの、泡沫の夢だったとしても。今日という一日は、きっと私の中で永遠になる。
服屋も花屋も装飾品屋も気になるところは全て見て回った。花形の金属で作られたブレスレットやフリルがたくさんついた服はどれも可愛かった。
夢見心地で何を買おうか迷う。だけど結局ダシに使った手前、兄のためにナイフを買うことにした。なるべく切れ味のよいものを。彼の手の大きさに合いそうな素晴らしいナイフ。
「アサヒさん。これが気になってるんじゃない?」
「なぜ、そう思うの?」
「なんとなく。さっきから見てたから。」
リュートは気になっているものを言い当ててしまった。でも、やはり思い直して、そのナイフを買うのは諦める。
「すごい。正解。でも、これじゃダメ。」
「いいや。これにしよう。」
リュートの声が少しだけ強かった。さっきまで話を合わせて一緒に選んでくれていたのに、なぜかそこに強い意思を感じた。
本当にこれでいいのかなと揺れる私を『大丈夫』と背中を押すリュート。
「わかった。これにする。あ、お金は大丈夫。こう見えてお金持ちだから。」
お金を出そうとしてくれるリュートを制止して、こぢんまりした財布からお金を出してナイフを一本買った。これで夢のような時間はおしまい。忘れていたけど私にはこれから仕事があるのだ。本当は今もだけど。
「今日は本当にありがとう。楽しかったわ。良い買い物もできたしね!」
「そっか。それはよかった。じゃあ、はい。」
リュートは私に小包を渡してきた。少し重みがあって、揺すると小さい金属が擦れ合う音がする。中を空けてみると途中のお店で見たブレスレットが入っていた。
「どうして!?」
「欲しそうに見てたから。ちょっとベタな感じで恥ずかしいけど。」
「すっごく嬉しい!あ、でもお金・・・」
「大丈夫だよ。こう見えてお金持ちだから。」
彼の笑顔は凄く眩しかった。もし、私が普通の女の子だったら。私の想像はいつものようにそこで止まる。
「本当にいいの?」
「いいよ。あと、お兄さんに宜しくね。」
「うん。本当にありがとう。一生大切にするわ。」
もう一生会うことはないだろうけれど。日の光を浴びて生きていくあなた。あなたの優しさはとても心地がよかったけど、とても心地悪かった。
「リュート、最後に聞きたいことがあるのだけど。」
「なに?」
「この街にいる仮面の男を知ってる?」
「か、仮面の男?み、見たことはあるかな。」
驚いた。何気なく聞いてみただけなのに。咄嗟に嘘をついて居場所を聞くことにした。
「本当!?どこで会えるかわかる?私、ファンなんです。」
「ファン!?そ、そうなんだ。だったら今くらいの時間にこの先の通りでよく見かけるよ。だいたいギルドからの帰りなのかな?」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
こんなにも早く見つかるものなのか。まぁ、でも仮面なんか着けていれば目立つのも当たり前か。決行は明日で良いかな。
「じゃあ、私はここで。本当に今日はありがとう。」
今日という日をくれたあなた。ここで本当にお別れだけど。どうか幸せな人生を送ってね。
私は彼に向けて大きく手を振った。
☆
「え、嘘。おれってファンいるの?」
おれは突然のアサヒの告白にドキドキしていた。まぁ、確かにフリーランスとはいえ第一級の依頼をこなしているわけだし?まぁ、多少噂にもなるだろうし、応援されるのはとても嬉しいことだ。
だが、最後の彼女の雰囲気は様子が明らかに違う。あれは獲物を仕留めようとする眼だ。それにどこか寂しそうで、助けを求めているようでもあった。
なんか今日は色々あったな。ヤマタノオロチを討伐して初仕事が舞い込み、グレンの弟から『お前を認めない』ときた。そして、彼女アサヒとの遭遇。
ハル姉を守るためにここまで来たがなんとなく遠回りをしている気分になる。他に道がないのも確かなんだけど。もどかしいにも程があるだろう。それと純粋にハル姉に会いたい。
次の日、おれとエリス、フラムの三人で仕事の打合せをすることになっていた。エリスと二人で自警団に向かうとフラムがブツブツ言いながら待ち構えていた。
「遅いぞ。5分前行動は基本だろう。」
「ご、ごめん。」
「ごめんなさい。」
二人で謝ると、フラムは『いや、エリスさんは良いんだ。正式な団員でもないし。』などとしどろもどろになる。さてはフラム、女の子には弱いのではなかろうか。
「ま、まぁいい。打合せを始めるぞ。」
相変わらずぶっきらぼうな物言いはおれに対する悪感情なのは間違いない。彼の気に障ることをした覚えはないんだけどなぁ。
作戦決行は明日の朝、日が昇ってから1時間後。情報提供者からの情報では教徒全員が集まる祈りの時間なのだという。俺たち三人はそこを狙って一斉摘発を狙う。
教団には戦力になる者がほとんどいないため制圧は難しくない。戦力になるのは司教に仕える二人の暗殺者のみ。そしてその二人は現在、仕事で留守にしている。迅速に内部を制圧し、戻ってきた暗殺者を捕獲。ここまでが今回のおれたちの任務である。
「何か質問はあるか?」
「いえ、特に。」
フラムの仕事に対する姿勢はいたって真面目そのもの。いくら組んでいる相手が気に食わなくても的確な作戦指示をする。
「そうか。それとだな。昨日は姉様の前だから遠慮したが、僕はお前の力をまだ見ていない。」
そうか。フラムは自警団員として、おれの力では相応しくないと思っている。だから『お前を認めない』と言ったわけか。
「でも、おれはグレンさんに認められた。おれの力を疑うということはその姉様の目を疑うということと同義だ。」
フラムがキッとこちらを睨む。
「違う!姉様の目を疑う訳ではない。だが、あの姉様が簡単に治癒じゅちゅ・・・士を認めるとは思えない。幻覚、催眠その他あらゆる手段を使った可能性を排除できない。」
「あ、噛んだ。」
「エリス、黙っててあげて。」
何事もなかったように言い切るその精神力に感服しながらエリスの言葉を制止する。
「お前のその治癒じゅちゅ・・・士としての力を今回の任務で見極めさせてもらう!」
「あ、また。」
「エリス、本当にやめてあげて。」
フラムは恥ずかしさからプルプル震えだし、誤魔化すように大きな声を出す。
「わかったら出発に備えておけよ!出発は今日の夜中だからな!」
そう言い残すと『ちゆじゅつし』と何度も呟きながら去っていった。よほど噛んだことを気にしているらしい。
フラムを見送るエリスの横顔は、面白いものを見ているときのように楽しげだった。最近そうした些細な感情の違いも読み取れるようになってきたと思うと自分でも驚きだ。
「エリスは別についてこなくてもいいんだよ?今回はギルドの仕事じゃないからね。」
「迷惑?」
「全然。エリスが一緒なら心強い。」
「なら、一緒に行くことに何の躊躇いもない。」
相変わらず前髪で目元が見えず、表情も大きくは変わらない。だが、カラクリ人形が喋っているように単調な言葉の奥には確かな炎を灯している。
「ありがとう。じゃあ、出発まで体を休めて。後で落ち合おう。」
「あれ、リュート。家の方向が違う。」
家とは全く別の方向に歩き出したことに気づかれた。エリスはよく見ている。
用事があるからと彼女に別れを告げ、ギルドから家に帰るときにいつも通る道を目指した。もちろん、これからギルドに行くわけではない。おれは昨日出会ったアサヒと名乗る少女のことを思い出していた。
仮面をつけてその道を歩いた。ファンだと言ってくれたあの少女に会わなければ。そして確かめなければいけない。どうか自分の考えが外れていて欲しいと願うばかりだったが、運命というのはどうにもおれに厳しいきらいがある。
前から一人と後ろから一人。少なくとも視認できている前方の人影は明らかに歩き方が一般人のそれではない。
「だよね。やっぱり。」
さっと脇道に逸れると足早に二人の足音が近づいてくる。ちらっと見えた後方の小柄な人影はやはり先日散々見たものと変わりなかった。
アサヒと名乗った少女。先日の時点でおかしな点はいくつかあった。まずは歩き方。そして、三人の男に囲まれたときの余裕な表情と後ろ手にとったナイフ。極めつけは別れ際の『仮面の男のファンだ』という悲しい嘘。
彼女は滅多に王都に来る機会はないと言っていた。にも関わらず最近話題になり始めたばかりの仮面の男のファンであるというのはかなりムリがある。とは言っても別れ際の彼女のあの眼を見なければ、ここまで疑心を持つことはなかったかもしれない。
では、一体彼女は何者なのだろうか。思い当たる節が無いわけでもないが、そうとは考えたくない自分がいる。
「とりあえず、正体だけでも暴かせてもらおうか。」