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13話 初任務

あれから二ヶ月経った。今ではエリスとの連携に一息分の乱れもない。第一級クラスの依頼、つまるところ幻想種を相手にしてもそこに隙など微塵ほどもない。


立ちはだかるは幻想種。八つの頭と八の能力をもつ大蛇。神と畏れられるそれはヤマタノオロチと呼ばれている。


「エリス!とりあえず一番上の『回復』から片付ける!」


「了解。」


雷々纏羅(らいらいてんら)


魔力の供給、魔法の展開に問題はない。雷を纏ったエリスは瞬く間に蛇の視界から消え去る。


「そら、お前たちの大好物だ!」


おれは大きく手を広げて蛇に叫ぶ。魔力タンクたる治癒術士は魔物にとっては何よりのご馳走だ。十六の眼が全てこちらに引き付けられる。


その隙はエリスにとって十分すぎる時間だった。既にエリスは回復役の首の後ろに跳び上がっている。


「『雷刀・凪一文字(なぎいちもんじ)』」


刀を抜いた一瞬のみ刀身の延長線上に超高電圧の雷を放電させ、対象を焼き斬る必殺の居合斬り。おれはエリスの言葉を合図に魔力供給量を急増させるだけだ。


回復を担っていた首が鮮やかな切り口を見せながらゆっくりとずり落ちていく。


「シスコンの力は偉大。」


「シスコン言うな!血は繋がってないから問題ないし!」


「ふふ。」


残りの首がたまらず身を退こうとするが、エリスは逃さない。人差し指をヤマタノオロチに向けて。


「バン!」


声と同時にヤマタノオロチは全身を痙攣させる。指を指した対象に向けて遠距離から電撃を与える。これも新技。まだ技名は考え中である。


「これ、すごい便利。」


二人の弱点であった中長距離での戦い方も、だんだん様になってきている。


「麻痺してる間に『毒』をやるぞ!」


「『呪い』までやってしまっても?」


「構わんよ。」


「了解。」


神経毒を霧状に散布させて相手の動きを止める『毒』。魔眼で対象を石化させる『呪い』。宣言通り二つの首が落ちる。


「さすが!いや、もう『雷』が動き始めてる!」


エリスは噛みついてきた『雷』の首を、体を捻りながら空中でかわす。最も危険な牙は回避できたが頭部の直撃を受ける。


「耐性っ、忘れてた。」


小さな体は豆粒を飛ばすように軽々と吹き飛ばされる。


「にしても、予想より早いな。」


蛇の視線が全てエリスに向いたタイミングでおれは駆け出していた。エリスを飛ばした『雷』の頭上に跳び上がり踵落としをお見舞いする。もちろん筋力増強を目一杯かけて。『雷』の頭は目にも留まらぬスピードで地面に叩きつけられる。


「エリス!大丈夫!?」


「ノー。肋骨と左腕!」


「はいよ。」


パチンと指をならす。


何も格好をつけたわけではない。『指ならし』『対象の自然治癒力の感知』『魔力からの変換』。一連の工程を数えきれないほど体に慣らしたことで、今では条件反射的に治癒術を発動できる。もちろん可能な相手は、一緒に戦い慣れた人に限る。


指ならしの練習に二日間費やしたことは是非とも墓場まで持っていくと心に決めている。


「問題なく。もうこれ、術じゃなくて魔法の領域では?」


エリスは小首を傾げた。


「定義上、魔法は魔力を消費して属性を発現させることだから。おれのはやっぱり術だよ。」


「リュート。頭かたい。」


「やかましい。とりあえずあと首は4本だけどいける?」


「もち。」


「じゃあ、いこうか。」



ギルドにヤマタノオロチ討伐の報を入れるとギルド内にたむろしていた冒険者はざわついた。


おれたちは伝承殺し(エイドロンスレイヤー)として活躍を重ねた結果、今ではかなりの注目を得ている。ギルドに達成報告をいれるとき、皆がその成果にそば耳たてているのだ。だが、それは必ずしもいいことばかりではない。


「おぅおぅ。治癒術士風情がよぉ。強者の力にあやかってるだけのハイエナがよぉ。でけぇ面してんじゃねえよ!」


まぁ、こういう輩が絡んでくるのである。いかにも『戦士』って感じのがっしりした男だ。


確かにヤマタノオロチはエリスがいなければ倒せなかった相手だ。反論の余地はない。


だが一方でエリスは黙ってはいられない雰囲気だ。


「なにこいつ。殺していい?」


「え?ダメですけど?」


「腹立つ。」


「穏便に頼む。」


「わかった。」


エリスは最近、言動が少し恐くなる。大体はおれのために怒ってくれているときなので、嬉しくはあるけど。おれ自身そんなに腹を立ててはいないのだ。


「違う。全部リュートのおかげ。あなたでは彼の足元にも及ばない。リュートならあなたごとき小指一本で塵芥。」


単調な口調でエリスは男に言って捨てる。おれに振り返ると、『言ってやったわ』という顔を見せた。


だが、ちょっと待ってほしい。それは無理だ。おれにそこまでの力はないぞ。どうしたら小指一本で人ひとりを塵芥にできると思うのか。


挑発を撤回しようと思ったが時既に遅し。男が鬼の形相で睨み付けてくる。


「な!そこまで言うならやってやろうじゃねえか!」


そこまでも何も、まだ何も言ってないのに。それにしても、エリスは本当に穏便の意味をわかっているのだろうか。


「決闘してやるよ。だが、宣言通りお前は小指一本だ!それ以外を使った時点で俺様の勝ち、わかったか!?」


いや、わからない。この男、図体に似合わず器が小さい、小さすぎる。小指しか使えない治癒術士に勝って何が嬉しいの。


辞退の意思を表明しようとしたとき、突然背後で炎の渦が巻き起こり柱状に燃え上がった。そして、途方もない魔力をもった人型の何かが柱の中から姿を現す。


「招集。ガーネット様がお呼びだ。とく駆けつけよ。さもなくば貴様は灰すら残さずぶぎゃっ。」


招集命令だ。物騒な脅迫と意味不明な語尾を残すと、そいつは跡形もなくボウと消え去った。


「なに、あれ?」


エリスは得体が知れないものに酷く戸惑いを見せる。


「グレンさんのだよなぁ。使い魔かなんか、かな?」


「そのグレンというのは、どんな化物?」


「ただの人だよ。今の使い魔、そんなにすごいの?」


「すごいなんてものじゃない。紛うことなく神獣の類い。」


「バカかお前!ガ、ガ、ガーネットにグレンって・・・」


急に男が叫び出した。


「まさか、『紅蓮の暴姫(テスタロッサ)』!」


聞き覚えのない名前を叫んだかと思うと、あわを吹きながら倒れてしまった。


「ふっ。結局、小指一本もいらなかったわ。」


エリスは状況を理解できなかったが、とりあえず満足げに倒れた男に嘲笑をむけた。



「いよぉ、元気にしてたかい!?」


「はい、グレンさん!この通りです。」


相変わらず見た目はとびきり綺麗なのに、テンションがまるで酒場のおっさんのそれである。


「いやぁ、悪かったな。うちの馬鹿が!」


「馬鹿・・・。あれ、神獣。」


「うん?あんたは?」


グレンがエリスに視線を移し、上から下に目を滑らす。


「へぇ、リュート!さすがはアタシが見込んだ男だ。もう女を囲ってんのかい!」


「いや、違う!そういうのじゃない!」


どうやらグレンからあらぬ誤解を受けているようだ。


「同意。リュートはシスコン。私に興味はない。」


「な!?やめろ!シスコンでもない!」


鉄板のやり取りにグレンはひとしきり爆笑すると、改めてエリスに尋ねる。


「で、実際なんなんだい?」


「エリス・エクレア。ギルド仲間。」


「ふぅん。エクレア・・・。ギルド仲間、ね。」


何かを思い出すようにエリスの名字を呟くが、飽きたようにため息をついた。


「リュート。やっぱりあんた、そういう星の元に生まれてるよ。」


おれとエリスはなんの話かわからずにポカンとする。グレンは一体何に納得したのだろうか。


「ま、その話はいいか。リュート!初めての仕事だ!」


少しだけグレンの声色が真剣なものになったので、こちらも自然と正した姿勢になる。


「今回の仕事は邪神教団の壊滅だ。」


「邪神教団?」


「邪神を信奉するイカれた集団だよ。『邪神がこの世を統べれば、我々人間は死を超越した高次元の存在になれる』。これがやつらの教えさ。」


「全く突飛な話ですね。」


そんなものを信じているなんて、苦笑いする以外にどんな顔をしていいのかわからない。


「それでだ。問題はここからだが、やつらの教えでは『魔王とは邪神の尖兵であり、即ち勇者は敵である』だ。魔王復活を目論みながら、その傍ら勇者の暗殺を企てる集団ってこった。」


「勇者の暗殺?」


その言葉だけで、おれを突き動かすには十分すぎる。


ハル姉を暗殺だと!?そんなもの見過ごせる訳がない。言い知れぬほどの怒りが腹の内から湧いてくる。


「そいつらは今どこに?」


「戦意は十分ってとこさね。まぁ、慌てるな。フラム!」


「はい、姉様。」


返事をしたのはかなりの美男子だ。グレンと同じで真っ赤な髪、歳はおれと同じくらいか。


「リュート。今回の仕事は、こいつに従ってくれ。アタシほどではないが、火炎魔法の天才だ。まず相手に遅れをとることはないだろうよ。」


何となくだけどフラムと呼ばれるこの男は、おれに対していい感情を抱いていないように見える。


それはいけない。第一印象はとても大事だ。なるべくフレンドリーにいこう。


「よろしく。フラムさん。」


「僕はお前のことなんて認めない。」


彼の第一声だった。

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