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11話 エリスという少女

一人の男が、背中から黒い閃光に貫かれた。ぽっかりと胸部に穴が空き、あちら側が見える。何体かの喰悪鬼が死体を貪るために集まっていく。女は男を腕に抱きながら、ただ泣いていた。そして、そのままなんの抵抗もすることなく四肢を割かれ、ぐちょぐちょとひどい音をたてながら喰われていく。私は声すら出せないまま手を伸ばしはすれど、まるで届かない。


『やめてよ!私を初めて『仲間』だって言ってくれた人たちなのに!食べないでよ!食べないで、食べないで、食べないで!』


喰悪鬼に下半身を丸ごと喰われたまま、女は恨めしそうに私にむけて最期に叫んだ。その言葉があまりにも悲痛で頭の中を何度もこだまする。


「何で避けたのよ!あんたなんてナカマにしなければ良かった。あんたが死ねばよかったのに!」


---------------------------------


目が覚めると体は汗でぐっしょりと濡れていた。気持ち悪い。


服を着替えて、いつも通りギルドに出向く準備をする。今日も一緒に行ってくれる治癒術士を探さないと。


「はぁ、面倒。」


オーダーメイドの太刀を無造作につかみ、『エリス・エクレア』と書かれた会員証を首にかける。


ギルドに向かう途中、仮面をつけた少年を見つけた。最近、ギルドの受付でよく見かける人だ。第一印象は仮面の変人。あと良し悪しはさておいて、何かに憑かれている気がする。


少し気になって、後をつけてみると彼はギルドの新人潰しとして有名な3人に喧嘩を売られていた。路地裏に連れていかれたので様子を見てみようと後をつけてみたらすぐに少年だけ出てきた。


何かと思って見てみると綺麗に3人並んで横たわっているではないか。全員顎に一撃受けていた。あの一瞬で3人を片付けたということなのだろう。腕はたつようだ。


そのまま何事もなかったようにギルドに到着すると、彼は受付嬢と楽しげに話始めてしまった。


『轢き潰した豚がイケメンに見える。』と自称する仮面の下が気になる。ただそれよりも、聞いているとフリーランスの治癒術士らしいことがわかった。声をかけようと思う。


『お前、言葉には気をつけろよ!』


言葉を発する度に必ず男の声が頭に響く。その度に痛んでもないのに頬がヒリヒリするのだ。


「その依頼、私も受ける。」



依頼の最中、しばらく彼の様子を見ていた。黙々と依頼の物を採集し続けるだけ。大きな魔物が何かにつられたように近づいてくるといち早く察知して退避していた。


これでは最後まで何も手伝うことは無さそうだ。それでは約束違反というもの。とりあえず、大型の魔物が来たら討伐して手土産にでもしてもらおう。


だけどその後、彼から返ってくる反応は意外だった。


「そんなこと気にしなくていいよ。これでも逃げ足だけは速いんだ。それより、前線に出ていくエリスさんの方が危ないから。次は一緒に逃げよう。」


どうしてだろう。素材をもって帰ればお金になる。どんな人でもついでに手に入るものなら喜んで受け取るだろうに。


「エリスさんが怪我をしてしまうかもしれないし?」


どうやら彼は私の身を案じているようだった。わからない。転がっているお金には眼もくれず、なぜ会ったばかりの私の心配なんてするんだろう。やっぱり変な人。


私の依頼で喰悪鬼と戦った。今でこそ見慣れてしまった黒い閃光。それを見るとあの光景がフラッシュバックする。避けたせいで黒い閃光に貫かれてしまったかつてのナカマ。『なんで避けたのよ!』『あんたが死ねばよかったのに!』と何度も頭に響く。


死闘の末、喰悪鬼はなんとか倒せた。負傷したところを彼が治癒をしてくれる。とても温かかった。とても優しい力が体に入ってくるようだった。こんな治癒を受けたのは初めてで、そして本当にすごいと思った。


「やめてやめて。ちょっと照れる。でも、反省してるんだ。エリスさんが戦っているとき何もできなかった。」


でも、彼は自分の力を誇示するわけでもなく動けなかったことを心から悔いている様子だった。どうしてだろう。全然動く必要なんてないはずなのに。私のかつてのナカマはみんな私を見ているだけだった。どうして彼は悔いているのだろう。


「怖かった。相手は見たことのない化け物で、恐怖に呑まれてしまったから。でも、次こそは絶対に力になる。」


彼は『力になる』という。わからない。一緒に依頼を受けてくれるだけで良かったはずなのに。彼には何も求めていなかったのに。


不味いことになった。まさか依頼の喰悪鬼の成態が『暴食の女王』に成長しているなんて。彼に庇われてギリギリ避けられたはいいけど、生還は絶望的だ。巻き込んでしまって申し訳ないけど、彼だけはなんとか帰さないと!


「うーん、脚下。」


時間を稼ぐと言ったら速攻で反対された。なんで!?それが一番生きて帰れる可能性が高いはずなのに!


「仲間を置いて逃げるなんてできるわけない。」


「ナカマ・・・?」


今まで何度も聞いてきた言葉だったのに、初めて聞いたような違和感があった。今まで冷めた印象しかなかったその言葉。彼の口にする『ナカマ』はとても優しかった。また、ナカマと呼んでくれる人に出会えた。私はそれだけでこんなに嬉しい気持ちになるんだと思い知った。


体が軽い。彼から流れてくる力が心地いい。彼はほんの短い時間しか一緒にいなかった私をナカマと呼んでくれた。彼だけは絶対に帰す。私の命に代えても。彼を生かして帰すことができたら、私はこんな苦しい想いから解放されるかもしれない。


彼の機転で周りにいる幼態は麻痺した。ここしかない。数匹動ける個体が道を遮るが問題ない。全てを切り捨て女王の頭上に跳び上がる。そして、全ての魔力を出しきって魔法を繰り出す。私が持ちうる中で、最高威力の魔法。これで最後。私は魔力が尽きるから、たぶん意識も保てないから。私を置いていってね、リュート。


「『落神(おちがみ)』」


手応えからして、女王は力尽きたようだった。これで私はようやくナカマのために最期まで戦えた。彼らにはなんの意味もないことかもしれないけど、私はとても満足だった。ありがとう、リュート。仲間のために戦わせてくれて。意識を失う寸前・・・。


あれ?様子がおかしい。ふとリュートの腹部を見ると何かに穿たれたように出血している。


私は全てを察した。また、私のせいで仲間が死ぬ。私が仕留めきれなかったせいで、リュートが死んでしまう。再びあの光景がフラッシュバックする。閃光が男の身体を貫き、死体が喰われるあの光景。


『また、私の仲間を喰らおうというのか。許せない。絶対に許せない。力不足な私も。仲間を喰らおうとするお前らも。』


憎悪の感情が私の理性を蝕んでいく。まともな言葉が出てこない。自分のものとは思えない、獣のような唸り声になる。


侵食獣化(プログラム・ビースト)


頭にざらついた概念が刷り込まれる。抗いがたい狂気の奔流に呑まれる。ああ、きっと私はもう元には戻れない。できることなら最後にもう一度、彼の『仲間』を聞きたかったけど。でも、もういいよね?


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