運命の日
拙い箇所も多々あると思いますが、
楽しんでいただければ幸いです!
『東の果ての村、暦の境、齢にして十の幼子の御手により霊峰に顕現せし聖剣が放たれたとき、真なる英雄は誕生する』
フロンティエール王国の宮廷魔術師は予言した。遠い世界のお伽噺を模したような、そんな未来を。
彼はついにこのときが来てしまったのだと思い至った。
今、各地では魔物が活性化し始めている。それはニ百年前、『魔王』が現れたときと酷似する。
ゆえに国民は勇者の誕生を切望した。そして予言にあった「暦の境」、つまり次期王の戴冠式は間近。国民は新たな時代の幕開けに浮足立っていた。
このとき予言の地「東の果ての村」、の孤児院に、また違った意味で浮き足立つ少年の姿があった。
☆
「誕生日おめでとう、リューくん!」
「えへへ、ありがとう、ハル姉ちゃん。ハル姉ちゃんもおめでとう!」
ハル姉ちゃんからもらったプレゼントを見て、自然と頬が綻んでしまう。
僕、リュートには物心ついたときから大きな夢があった。それは物語に出てくるような、強い勇者になって世界を救うこと。
この年頃ではよくある妄想だ、なんて笑われてしまうかもしれないけど。僕にとってその夢は約束された未来だった。
なにせ予言の場所、予言の日にちょうど十歳の誕生日を迎えるのだ。
僕にとってこの事実のみが僕を特別足らしめていた。運命すら感じていた。まさに、僕が勇者になるための舞台が整っているかのようじゃないか。
「プレゼントは十字架のネックレスだよ。リューくん、勇者になるんだもんね!」
「これ、絵本の勇者が持ってるやつだ!」
ハルティエッタ。僕がハル姉ちゃんと呼ぶ彼女は僕よりちょうど一年早く生まれた同じ孤児院の家族。面倒見がよく、芯の通った活発な女の子だ。
僕は笑われるのが嫌でめったに夢を話さない。でも、気がつけばハル姉ちゃんにだけは、その夢を熱心に語っていた。そして彼女もまた僕が勇者になる日を心から信じて、応援してくれていた。
ハル姉ちゃんからもらった十字架を手にとって興奮気味にそれを見つめる。
「シスターとね、一緒に探して来たんだよ?」
ハル姉ちゃんは少し誇らしげにはにかんで、照れくさそうに目を合わせる。普段の気丈さが剥がれて、年相応の少女らしさが顔を覗かせる。
僕はハル姉ちゃんが大好きだ。
僕の夢を心から信じてくれた人。
僕が初めて守りたいと思った人。
勇者になって、僕が、守りたい人…。
☆
そして、運命の刻。
今ごろ首都は戴冠式で賑わっているだろうけど、今だけはここも同じくらいの盛況ぶりに思える。なにせ、当代の勇者が誕生するのだ。そして、その瞬間は刻一刻と迫っている。
霊峰と呼ばれるカムリ山の中枢。大空洞の中央に、大自然の一部であるかのごとくそれは厳かに大地に突き刺さっていた。
「これより勇者選定の儀を開催致します。」
声高々に司教様が宣言をする。
「では、集められた子らよ。順に聖剣を引き抜くのです。」
国中から招集された十歳の子どもたちが我こそはと列をなしていた。自分の番が来ると一様に駆け寄って剣を引き抜こうとする。
「ぬんっ!」
「そりゃ!」
「うおおお!」
「おっぷらぁぁ!」
まれに奇妙な掛け声が上がることはあれど、結果は同様。誰も聖剣を引き抜くことはできない。
周囲で観覧する人々の中に、ある疑念が生じ始めていた。何百人と撃沈し、期待と落胆を繰り返した人々は「本当に抜けるのか?」と不安を口々にする。
だけど、それも当然のことだろう。
誰がやっても引き抜けるはずがない。
だって、勇者になるのは…。
「では、次。ふむ。見たところあなたで最後のようですね。」
司祭様に呼ばれ、僕は自信満々に一歩を踏み出した。祈るように胸の前で手を組んだハル姉ちゃんを背に。
あと少し。聖剣までの距離が少しずつ縮んでゆく。心臓が耳元でなっているかのように騒がしい。でも、嫌な感覚じゃない。
期待が高まり、走り出しそうになるのを抑えながら一歩、また一歩と歩み続ける。
ようやく剣の前まで来ると、剣の柄が顔と同じ高さにあって少し驚いた。
「それでは、引き抜きなさい。」
司祭様の囁くような、けれどはっきりとした声が大空洞に響き渡る。ここまで来れば、もう僕が剣を引き抜くことは皆わかっているだろう。僕の中には一抹の不安も存在しなかった。ゆっくり両手で剣の柄を掴むと、待ちきれずに一息に引き上げた。
なんの抵抗もなく、するりと剣が抜ける…。
そうなると勝手に想像していたけれど。
あれ、意外と重いぞ。
「んっ!」
力んで声が漏れる。
その時から周囲がざわめき始めた気がする。
「おい!どういうことだ!」
「予言では十歳の子が剣を引き抜いて勇者になるんじゃなかったのか!」
「勇者様はどうなるの!?」
悲痛な声が聞こえた気がするが、そんなことは気にしない。
夢中で重たい剣を持ち上げようとさらに力を入れる。そこに、大人の大きな掌が自分の手を包む。
「もう、お止めなさい。」
先ほどとはうってかわって、明らかに動揺している声が頭上から聞こえる。ぱっと顔を上げると顔をしかめた司祭の顔があった。
少し騒がしくなっていた周囲を見渡す。見物に来ていた人たちが狼狽えた様子で隣の人と嘆きあっている。
すると不意に、ハル姉ちゃんと目が合った。心配をしているのだろうか。顔からさぁっと血の気が失せていたのを見て、ようやく自分がおかれた状況に気づいた。いや、気づかされた。
「他に、誰か他に十歳の子はいらっしゃいませんか!」
司祭が焦燥混じりに呼び掛ける。
当然名乗り出る人などいるはずがない。…なんていう僕の考えは次の瞬間、あっけなく否定された。
「この子です。」
「シスター!?」
注目が一点に集まった。周囲は期待と安堵の目で。僕は失意と疑心の目で。それぞれの視線はシスターと近くにいたハル姉ちゃんに向けられた。
でも、そんなはずはないのだ。ハル姉ちゃんは今日、誕生日を迎えて十一歳になったはずなのだから…。
「おぉ、いましたか!では、こちらへ。」
「私、違います!」
「シスター・ジェーン、その子はそう言っていますが…。」
ジェーンは困った顔をしながらそれでも手はハル姉ちゃんの背を押し出している。
「もう、わがままを言っていられる状況じゃないの。」
「でもっ!だって…。」
ちらりと僕の方を見る。さっきよりもひどい顔をしている。今にも泣き出しそうに歪めていた。
だめだ。理解が追いつかない。僕が勇者になれなくて、ハル姉ちゃんはまだ実は十歳で。そして、彼女が最後の候補で…。
その後の記憶は、正直なところほとんどない。僕は我慢できずに大空洞から飛び出した。気づけば僕は、失意と底知れない絶望の名残を抱いて自分のベッドで横たわっていたのだ。
目が覚めてからしばらく、昨日の夜になにがあったのか思い出す。そうして導き出された結論は至極単純で、ハル姉が剣を引き抜いたであろうことは想像に難くなかった。実際に胸を切り裂かれるような強烈な感覚が甦る。
「あ、起きたぁ!」
しばらくするとハル姉ちゃんが部屋に入ってきた。目が覚めている姿を見てぱぁっと明るくなる。
「さっき、起きたよ。」
「よかったぁ。急に飛び出して行くんだもん。しかもあんなところで…」
「そんなことより、昨日どうだったの?」
一番聞かれたくなかった、とでも言いたげに分かりやすく表情が曇る。
「もう!今はそんな事気にしないで」
「どうなったのかって聞いてるの!」
自分でも驚くくらい感情的に声が出た。
しばらく沈黙が続いたが、
「うん…。剣ね、抜けちゃった。」
「なんで、なんでハル姉ちゃんが抜いちゃうの!?」
あぁ、涙が溢れてきた。声を荒げたからか喉が熱い。
「ごめんね。でも、リューくんは私が守ってあげるからね。」
横になっている僕の頭を撫でる。子ども扱いされている気がして腹がたった。普段見せることのない痛々しいほどに強がった顔を見て、申し訳なさで胸を締め付けられた。
あぁ、思ってもない言葉が頭をよぎる。止めることのできない感情が僕の意思を無視して口を動かしてしまう。
「ハル姉ちゃんなんて大嫌いだ!」
言ってしまったあとではっと我に返り彼女の顔を見た。少し口をきゅっと締めて無言で立ち上がる。部屋から出ていこうとする直前に悲しげに言葉を残した。
「でも、私はリューくんが大好きだよ?あの時からずっと。」
僕はこの日を一生忘れないし、
この時の僕を絶対に許しはしないだろう。
ハル姉ちゃんは十五歳になる日に村を出て、本格的に魔物の討伐に参加することになる。
それまでの日々、ハル姉ちゃんが命をかけて戦う恐怖から毎晩涙を流すことになることなど、この時の僕は想像すらできていなかった。
???「どこかの世界のお伽噺のような予言・・・例えば、アーサー王伝説とか?」