1 始まりとスタート
普通に溺愛ものになる予定。
産まれた時から、愛されてないということは自覚できていた。僕の母さんはいつも僕を殴り付けると言っていた。
『あんたなんて産まなきゃよかった』
ごめんなさい、ごめんなさい。そう謝って僕は母さんのために精一杯頑張る。なんで僕だけこんな目にあうのかと、嘆くこともあった。でも、その疑問はいつも母さんが僕を殴る時の表情で消える。
母さんはいつも苦しそうに僕を殴るのだ。ひとりぼっちで寂しそうに。だから殴られた後に僕は涙を流す母さんの頭を撫でて言う。
『おかさあん。ぼくはおかあさんのことすきだよ』
そう言うとまた殴られるけど、いつもそう言って僕は母さんを必死に慰めようとする。近所の人は僕のことを可哀想な子供と言うけど、本当に可哀想なのは母さんだと思う。
だから必死に働いて母さんを守れるように強くなろうとした。村に住む引退した騎士に剣術を学び、学のある人に文字と算術を学んで、とにかく必死に母さんのために頑張った。
でも、そんな努力をしても母さんのことを救うことは出来なかった。
僕が7歳になった頃。母さんは病で死んでしまった。
母さんは最後の瞬間に僕を見ると悲しそうに呟いた。
『ごめんなさい・・・産んでしまって』
初めて僕に対して謝った母さん。その言葉で自分がどうしようもなく無力な存在なのだと認識させられた。だから僕はその日から誰かを救おうと決めた。
必死に働いて、学んで、身体を鍛えて、そして困ってる人を救うために動いた。いつの間にか村でもかなり有名になってしまったがそんな僕の生活が一変したのは10歳になった時のこと。
ある人の使いが村にやって来たのだ。
「はぁ・・・あの、それは本当の話なのですか?」
僕の名前はラルス。平民なので家名はないが、そんな僕の家にやってきた騎士さんは僕を見ながら言った。
「はい。あなたはメダル侯爵家の血を持つ人間なのです。是非私共と一緒に屋敷に来てください」
「それは構いませんが・・・僕は所謂妾の子供ですよね?今さら屋敷に行く意味はあるのですか?」
愛人の子供である僕がいると、奥さんと子供が煙たがるのではと言うと騎士さんは少しだけ複雑そうな表情で言った。
「実は旦那様と奥様、ご子息様は少し前に事故でお亡くなりになりました。ですので、大奥様が現在は家を取りしきっております」
「それは・・・つまり、僕は祖母にあたる方に引き取られるということですか?」
「ええ、その通りです。大奥様はメダル侯爵家の血筋を絶やさないためにあなた様を後継にとお考えのようです」
なるほど、愛人の子供でも一応メダル侯爵家の血が流れているので、仕方なく僕を引き取るということだろうか?きっと目の前の騎士さんも僕みたいな愛人の子供は嫌なのだろうがこの場合は仕方なくということなのだろう。
「わかりました。僕なんかでお役に立てるかわかりませんが、全力を尽くさせてもらいます」
そう言うと騎士さんは少しだけ訝しげな表情をしながら聞いてきた。
「よろしいのですか?その、旦那様のことなどは」
「悲しいことですが、人はいつか死んでしまいます。永遠の命なんてありません。母さんが生きてるうちに会いたかったという気持ちはありますが、僕には僕を作ってくれた父さんへ感謝を伝える義務があります。それに僕なんかでお役に立てるならどこでもついていきますよ」
これからどれだけ酷い目にあおうと、理不尽なことが起きようともそれを受け入れる義務がある。僕が産まれてきてしまったことへの贖罪になるなら尚更だ。そんなことを言うと騎士さんは悲しげな表情を浮かべてから言った。
「あなたは・・・ご自分のことを否定なさっているのですね」
「ええ、もちろん。僕が産まれてこなければ母さんは不幸にはなりませんでした。なので、僕は産まれてきてしまった罪を償う義務があります」
「あなたのせいではありませんよ。旦那様は昔から女遊びが激しい方でしたので」
「ありがとうございます。優しい騎士さん」
そう笑ってから僕は机を立つ。
「では、行きましょうか」
「・・・わかりました。微力ながらこのウエスト・マグニル。あなた様にお力添えをさせていただきます」
「はい。お願いします」
簡単に荷物を持ってから準備をする。働いている酒場に事情を話して村の親しい人には挨拶をしてから産まれて初めて馬車に乗って僕はメダル侯爵家の本家へと向かうのだった。