2度目の春
山桜なんかはまだ残っていて、他にも色々な草花の香りがする春の日。
僕は山中の古民家を訪れた。
「どちら様ですか? あら。また来てくれたのね」
「こんにちは、お義母さん。大学の方も落ち着いたので、そろそろゆっくり話でもしようかと」
「あらあら。あの子は口に出さないけど、すごく嬉しみにしていたわ。はしゃいじゃってね。まだまだ子供なのよ」
「そこがいい所でもありますけどね」
「あらあら~」
この人は栗丘春江さん。僕のお義母さんにあたる人だ。世話好きで、よくあらあらと言っている。
今日は関東から北陸の田舎までやってきた。ここが彼女の実家。
この間会ってから1年になる。大学1、2年生のころは必死こいて出席していたから、あまり構うことも出来なかった。でも安心した。今の話だと、彼女はご機嫌らしい。
待たせる自分が憎らしくて、待ってくれる彼女が愛おしかった。
大学に行くと決心したとき、地元に残ると言っていた彼女は引き留めなかった。付き合って4年の仲だ。彼女は本当は寂しがり屋だと分かっていた。あの時の僕は、それを知っていて見えないふりをした……
玄関で春江さんと話し込んでいると、居間からお義父さんが顔を出した。
まだまだ衰えていない眼力。和夫さんは巌のような人だ。一見頑固そうな見た目だが、話せばわかる。とても優しい人だ。
3人でちょっとした世間話をして、お暇することに。
彼女いは今外にいる。会いに行こう。
田んぼの真ん中に彼女はいた。
なんと声を掛けようか。さんざん悩んだあげく。
「久しぶり。詩織」
「久しぶりだね。ヤマ君」
気の利いたことが言えないのが分かっているのか、彼女は苦笑気味に笑った。
「大学、あと1年で卒業だよ」
「そっか、もう3年か。光陰なんちゃらの如しだね」
「あっという間だな」
リュックから差し入れのお菓子を出した。
「あ! それ!」
「好きだよなこれ。毎年これじゃ飽きるだろ」
「いいんだよー。 私はこれが好きなの」
有名なお菓子ではなく、割とどこにでもありそうなお菓子だ。個人的にはあまり美味しくないと思っている。
初めて僕がこれを買ってきたときからのお気に入り。味にはうるさかった詩織が、不思議なことだ。
「んじゃ。またな」
「もう行っちゃうんだ」
最後に。
「もう。それ煙いから嫌なんだけど」
「…………」
「まったく」
「………………」
「新しい彼女くらい作りなさいよね」
「……………………」
たっぷり時間かけて、線香が燃え尽きるまで手を合わせた。
「じゃあ、また来年」
「……じゃあね」