横断歩道を渡るときは注意しようね
「雲はいいな〜。ただ浮かんでるだけでよくて。」
だるい。
俺の名前は木野 樹央。
不健康にニート生活を送っている。
俺は産まれてから、一度も努力というものをした事がない。
理由は簡単だ。だるい。それだけ。
「じゅお!
あんたもう20歳なんだから、そろそろ自分で働きなさい!
バイトでもいいから、そろそろ社会経験をしとかないと、あんたの人生本当に詰むんだからね!」
おっと。
部屋の窓から雲を眺めていたら、母親から怒鳴られる。
今まで仕事はおろか、勉強も部活も友達づきあいもろくにしてなかった俺に、とうとう母の堪忍袋の緒が切れてしまっていた。
「俺の人生なんて既に詰んでいるよ。
今さら、延命処置をしたって手遅れだ。
俺は悪あがきなどしないで、それを認めるよ。」
そう。もう詰んでるのだ。
これがボードゲームだったら投了すべき場面なのだ。
だからここは雑な足掻きなどせず、ただ時の流れに身をまか
「へ理屈こねてないで、ハロワ行ってこい!!」
そういうや否やものすごい怪力で母は俺を外に引っ張り出した。
「働かざる者食うべからずっ!
ちゃんとハロワで仕事仲介してもらうまで、絶対に帰ってきたらだめだからね!」
バタンッッ!!!ガチャ
ご丁寧にドアを閉めた後鍵もかけられた俺にはハロワに行くしか道は無くなった。
ハロワに行くのも受け付けの人と話すのも、全部が全部だるいが、ここで何もせずまた明日から怒られ続ける方がもっとだるい。
20だるを選ぶよりも15だるを選ぶ方が賢明なのだ。
仕方なく、ハロワまでの道を歩いていく。
引きこもり歴10年を超える俺には、10分の徒歩が限界であり、休み休み歩いてハローワークにたどり着いた頃には、2時間が経過していた。
ちなみにスマホマップでは徒歩20分と書いてある。
この距離を20分でなんて競歩選手基準で考えてるのだろうか。
とりあえず中に入る前に息を整える。
ゼェーゼェー言いながら中に入ったら、危ない人と思われかねない。
道の向かい側の横断歩道を渡った先にちょうどいいベンチがあったのでそこに腰掛けて休憩する。
5分ほどしたら呼吸も落ち着いたので、重たい腰を上げ、鬼門ハローワークへ入る決心をした。
「いいか俺。
何を言われても絶対に働かない。
どんな脅迫をされようが、たとえお先真っ暗と連呼されようが、絶対に俺は働かないぞ。」
覚悟の横断歩道を渡っているとき、ふと遠くから猛スピードでこちらに向かってくる真っ赤な車が目に入った。
そして運転手は完全に眠っていた。
この状況から導き出される答えを正確に理解把握して、咄嗟に動ける人間は助かっただろう。
樹央も理解はできていた。このままでは車に轢かれると。
しかし、ただ歩く事すら満足にできない10年もののニートに咄嗟に動けというのは土台無理なはなしであった。
ドボンッッ、ドッッ
案の定、樹央は車に吹っ飛ばされ、その先にあった大きな街道の木に頭を叩きつけられた。
頭から血を流し、体が変な方向に曲がり、意識が朦朧とする中、樹央は自分の世界に入っていた。
木はいいよなぁー。
根っこをはれば、立ってるだけで生きてられるんだもんね。
生まれ変わったら木になりたい。
まるで若くして死んでいく人間とは思えないほど安らかに、樹央の意識は消えていった。
こうして木野樹央の生涯は幕を閉じた。
否、木野樹央の地球での生涯は幕を閉じた。