二話 空の声
少女は笑い、それと共に誰そ彼時は終わった。
「現実が嫌い、私と同じ。なら一緒に現実逃避をしよう」
そう告げる彼女は出会ってから今までで初めて笑った。その笑顔の理由は分からないし、もう聞くこともできない。なぜなら少女が言葉を紡ぎ終わった時、太陽が沈んだ時、少女はいなくなってしまったからだ。
いや、彼方からすれば、
「消えた…」
沈んだ太陽の余韻が残る、まだ赤紫色の空へ呟く。
沈む夕日を見ようと目を離した一瞬の隙に彼女は姿を消したのだ。
ここの河原は綺麗に舗装されていて少女が隠れられそうな茂みなどは一切無いと言っても過言ではない。走って逃げたとしても彼方が座っている位置からでは走る少女の後ろ姿が見えるはずである。
だが彼方は意外なほど冷静だった。
寧ろ彼方にとっては誰そ彼時に姿を現し、終われば消えてしまう少女の存在、その非現実的な魅力に無意識に惹かれてしまっていた。
「名前も碌に聞けなかったな」
彼方はそう言いながら立ち上がり制服に付着した土埃を手ではたき落とすと、少し離れた場所においてある通学用のママチャリで家へと帰った。
翌日、高校の授業中も彼方の頭はあの少女のことでいっぱいだった。授業中の先生の声が果てしなく遠くに聞こえ、挙句の果てに少女のことを考えながら眠ってしまった。
さて、どれくらい眠っただろうか、しばらくぶりに目を開ける。と、そこには彼方が想像していた放課後の教室は跡形もなかった。
いや、場所を移動したというべきか、どういうべきか彼方は空を飛んでいた。
「は?ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
第一声はそれだ。至極当然である。教室で眠りにつけば教室で目覚めるのは当たり前で、彼方の頭はその当たり前を裏切られて文字通り真っ白になった。
夢とも思ったが顔や腕、足、全身に風を感じる。
「なぜ自分がこんな場所に?」「空を飛んでいる、いや落ちている?」「落ちたら死ぬんじゃないか?」
徐々に恐怖で埋まっていく彼方の思考回路はもうパンク寸前だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!死ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「助けてえええ!!!!!!」「嫌あああああああああああ!!!!」
目覚めてからしばらく、彼方の悲鳴は続いた。だが幾ら叫んだところで空中落下が終わる気配はない。
しかし落下し続けた彼方の頭には恐怖以外にも思考を働かせる余裕が出来つつあった。
これは本当に現実ではなく夢なのだろうか、そんな疑問が浮かんできたのだ。
相も変わらず落下し続ける自分。ずっと全身に強い風が吹き付けている感覚はあれど、寒さや乾燥などは微塵も感じない。不思議な感覚だ、朝30分もかけセットした前髪はは疾うの昔にスーパーサ〇ヤ人状態だし、風は確実に吹いているはずである。
それに落ち続けているのに一向に地面に衝突する気配は無い。脳がイカれてしまったのだろうか。
それからまたしばらく、この空中落下の謎を解こうとした彼方であったがこんな奇妙過ぎる難問に答えなど出るはずもなく、これは夢なのだとこじつけることにした。
だが思考した時間は無駄にはならなかった。先程まで彼方を支配していた恐怖は、夢というこじつけを妄信することによって無に帰したのである。
すると自然と楽しまなければ損だ、という気持ちになるのが人間の卑しいところであり、それにおいて彼方もまた例外ではなかった。
「すげー綺麗…」
彼方が空中からの景色に気をやれたのはそれから間もなくのことだ。
彼方は数分前の恐怖など忘れ俯瞰した地上を楽しんでいた。だがやはり、折角俯瞰した地上を見れる機会に見舞われても彼方が目を引かれるのは空であり、空から夕暮れに近づく空を見るという、何とも言えない贅沢な時間を貪っていた。
暫く絶景を楽しんでいると不意にどこからか声がする。
「…にーさ……ぉ…ぃさん…おにーさん…」
その声は強い風の音でよく聞こえず、常人では幻聴と勘違いして聞き逃してしまっても仕方がない程に小さな声だったが、彼方に至ってはその声を聞き逃せるわけもなかった。
「あ!昨日の女の子!?」
そう叫んで彼方は昨日同様身体を反転させ後ろを振り向くが、そこに期待していた少女の姿は無い。
期待していた分がっかりするが声は聞こえる、きっとどこかに潜んでいるやもしれないと、無限のように感じられる広い、広い空を見回すが辺りは見渡す限りの青とあちらこちらで悠々と旅をする雲のみ。
それでも必死に少女の面影を探す彼方に、今度は先程よりも大分ハッキリした声が届いた。
「おにーさん、空にはあたしはいないよ。それにおにーさんを飛ばせてあげているのもあたし」
「え?どーゆう!?」
彼方は風で自分の声がかき消されないように目一杯の声で叫ぶ。
すると少女はそんな彼方を知ってか知らずか、「そのままだと話しづらそうだね、今楽にしてあげる」と呟き、
その直後、を今までと比べ物にならない程の強風が彼方の身体を吹き上げた。
「うお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その吹き上げる風は、落下し続ける彼方の身体を空中で浮遊させ、やがてその場に留まらせることに成功した。
風を感じなくなり、落ち着いた彼方はどこからともなく聞こえてくる少女の声に質問する。
「君は空にいないって言ってたけど、なら君は今どこにいるんだ?」
「ん~、自分で言っておいてあれだけどその質問には答えづらいなぁ」
彼方の質問に少し困ったように返す少女の声。それを聞き、きっと会えると思っていた彼方の心は落胆する。
しかしその直後、少女はこう告げる。
「今おにーさんのいるところに行くことは出来なくもないよ?少し時間がかかるし、こうして話せる時間も減っちゃうけど。どーする?」
彼方からすればその質問の答えは明白だった。
来るのに時間がかかろうが、話す時間が減ろうが、あの少女に再び会えるのだ。少女の何が彼方をそこまで引き付けているのか、まるで初恋の相手と数年ぶりの再会を果たす主人公のような気持ちを憶え、今はもう一度少女に会える、それだけで良いと思えた。
「来れるのか!?なら会いに来てほしい!どれだけ時間がかかろうと構わないから!」
彼方はやや興奮気味に少女からの問いに答えると、少女は「ふふっ」と、心の隙間から零れる様な笑みを浮かべると、
「分かった、今おにーさんのところに向かうね」
と言った。
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