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幼馴染み

 昼休みになると、結衣の絵が誰かに破かれたことと、その絵に芥子の花が刺さっていたことは学校中が知っていた。

 桜もそうだが、学校全体が浮き足立っている感じがする。


 緊急の職員会議が開かれ、結衣は三時限目と四時限目の間の休憩時間に呼び出されていた。

 対応が考えられているようだが、教職員側から生徒に対する具体的な話はまだない。


 美術部員と思われる結衣の仲間が何人か教室を覗き、結衣に声を掛けていく。

 それに応じている結衣は当事者とは思えない程落ち着いており、見舞った方が余程興奮していた。


「ひっどいことするよね、全く!」


 一際大きな声で憤慨したのは、昨年、結衣と同じクラスだったという美術部員だった。

 表情の動かない結衣とは反対に、大きな目と大きな口でくるくると表情を変える。

 どことなく美月と雰囲気が似ているが美月よりは鼻がまるっこい。


「捕まえてボコにしてやるんだから」


 不穏なことを不穏な表情で吐き出した後、心配そうに結衣の顔色を伺う。


「結衣、花の事は気にしない方がいいよ。あんなのデマだから」


 結衣が頷くのが見えた。


「ま、私もデマだとは思うけどさ」


 窓際でジュースを飲みながら香奈が呟く。来客の多い結衣だけが廊下にいた。


「祥子がいないってのが引っかかるよね」


 香奈のストローがズズズと音を立てた。


「だね」


 美月が何度目か分からないため息をつく。


 祥子は学校を休んでいた。選択が同じ香奈は遅刻だろうと思っていたらしい。

 が、三時限目が終わっても来ない。午後は今日で何とかテスト範囲に漕ぎ着ける古典と、範囲を終えている現代文。

 古典も前の授業で渡されたプリントの答え合わせで、現代文も恐らく自習になるだろう。

 古典はヒントだらけのプリントだったから、たとえひどい寝坊だったとしても祥子は来ないだろう。桜でも諦める。

 ただ、あのメールが気になって仕方ない。馬鹿にした子は首を切られて死ぬのではなかったか。

 ただのデマでも、本当に欠席されると心配だ。


「サボりってこともあるだろうしね。結衣に見舞いに行ってもらおうよ」


 香奈が紙パックを握り潰すとゴミ箱に放り投げた。


「そうだね。あの二人の家、同じアパートだし」


 美月も同意する。桜には初耳だ。


「同じなんだ。知らなかった」


 桜より先に香奈の方が口を開いた。


「同じ。あと、斉藤君も同じアパートだよ。結衣が言ってた」


「へえ。そういえば結衣と斉藤君ってよく話してるもんね。付き合ったりしてんのかと思ったけど」


「ないない。結衣ってそういうの興味ないし」


「ま、美月にとっては願ったり叶ったりだよね」


 香奈が意地悪く笑う。


「美月、斉藤君のこと好きなんだ?」


 言ってみると美月がぷぅっと膨れた。


 確かに美月は可愛いと思う。よく笑うし、よく喋る。桜のように物怖じしない。打ち解けると色々と楽しい話をしてくれる。

 一方の斉藤 洋の方は桜にはよく分からない。色が白く綺麗な子だという印象しかない。クラスにいても目立たない方だろう。

 桜にしても、浜崎 海渡と一緒にいる斉藤 洋、という図柄しか覚えがない。


「ちょっと意外な気もするけどね。美月が斉藤って。どっちかって言ったら美月と浜崎の方がしっくり来るけどな」


 香奈が調子に乗って喋っている。立ち止まってこちらを見ている男子生徒に気付いていない。


「俺が何?」


 香奈ではなく美月が飛び上がった。


「浜崎君! いつから……?」


 完全に顔色を変えている美月が面白くて、桜は思わず笑ってしまった。


「今。榊が呼んで来いって。職員室にいるからってさ」


「榊先生?」


 担任の数学教師だ。


「美月を呼んでるの?」


 桜は思わず口を挟んでいた。

 どうして自分を呼ばないのだろうか。心臓がきゅっと縮んだ。


「ああ、中野って言ってた。行ってこいよ」


「うん。ありがとう」


 美月は桜の肩をぽんっと叩くと教室を出て行った。

 廊下で話している結衣の肩も叩いた。結衣が振り返って軽く頷いている。


「榊先生、何なのかな?」


 桜は心臓を押さえながら海渡に訊いてみる。

 めまいを必死に堪えている桜には気付かず、海渡は肩をすくめた。


「近藤の事なんじゃね? 俺が職員室に入るまでその事話してたみたいだし」


「祥子? あぁ、やっぱりずる休みの連絡とかかな。私に訊きゃいいのに。嘘ばっか言ってやんのにさ」


 香奈がけらけら笑いながら言った。海渡はうっとうしそうに応じる。


「だから中野なんだろ」


「おっ、旦那、美月の事お気に入りですな」


「なんだよ、それ」


 海渡は手に持っていたペットボトルから一口飲むと、香奈に向き合った。


「で、井上、俺が何だって?」


「絡むね。何でもないよ、色男」


 肘で突かれて海渡の眉が寄る。


「なんでだよ?」


「昨日、一年の女子からタオルもらってたでしょ? 見たよ~」


 香奈が含み笑いしながら海渡の肩をばんばん叩く。


「別に」


「何よ、日常茶飯事って奴? 面白くない返事だねえ。もっと初々しく恥じらったら?」


「うっせえな。それ言うなら斉藤の方がもてるだろ。な?」


 海渡は近くを通った洋に話を振った。


「僕? そんなことないよ」


「そうか? 三年から手紙もらったんだろ?」


 洋は立ち止まって話の輪に加わる。

 美月が居たら喜ぶだろう。間の悪い話だが、一体何の話で呼ばれたのだろうか。本当に祥子の事だろうか。


「っぽいわ~」


 香奈が額を押さえて笑った。香奈は何でも冗談にしてしまう。洋は困ったように少し笑った。


「井上さん、他の人には話さないでくれる?」


「分かってるって。一年の時も噂になって大変だったもんね」


「そんなにひどかったのか?」


「浜崎知らないの? 大変だったよ~。騒ぐ馬鹿に煽る馬鹿、ついでに調子に乗る馬鹿付きで。私、斉藤はもう学校辞めるんじゃないかって思ったもん」


「あんなことで辞めないよ。人の噂も七十五日って言うし」


「そういう諺がぽっと出てくるところが、何かじじくさいんだよねえ、斉藤は」


 そういう香奈の口調もかなりばばくさいとは思うのだが、二人の男子は何も言わなかった。


「そうだ、斉藤。祥子の事、何か聞いてない? 風邪引いたとか、寝坊したとか。近所でしょ?」


「え?」


 一瞬、妙な間があったような気がした。


「特に、聞いてないよ。近所ってそんな付き合いもないし。西嶋さんの方が知ってるんじゃない?」


 ゆっくり話すのは洋の癖だろうか。

 何かに用心しながら言葉を選んでいるような気がしたのは、桜の思い過ごしだろうか。


「さっき訊いたけど知らないってさ。やっぱり寝坊かな」


 香奈が呟いた。予鈴が鳴る。


 結衣が自分の席に戻るのが見える。

 それに気付いた海渡がふっと自分の席に足を向ける。机の中からノートを取り出すと結衣の席に行き、二言、三言言葉を交わしてノートを差し出す。


「ノート、借りてたんだ」


 洋がそれを見て言った。


「僕も借りようかな」


「借りる程寝てないじゃん、斉藤は」


 香奈に言われて洋は唇だけで薄く笑った。なぜか背中が寒くなる。


 教室の戸が開き、美月が入ってきた。顔色が悪い。


「美月、榊、なんだって?」


 顔色には気付かないのか、香奈は大きな声で呼び掛ける。美月はこちらを見て、時計を見、首を横に振った。


 桜はふと、視線を感じて振り返る。

 結衣がこちらを見ていた。いや、睨みつけていた。


「どうかしたの?」


 洋が尋ねる。洋からは桜が壁になっていて結衣が見えないようだ。


「ううん。何でもない」


 かろうじて、それだけ答えると桜も席に着く。

 睨まれるようなことをしただろうか。覚えはない。嫌な感じだ。

 一度、結衣を見る。もう桜を見てはいない。教科書を読んでいる。


 美月を見た。真っ青な顔で口元を手で押さえている。


 美月は先生と何を話したのだろう。


 美月が動揺するような話。まさか、美月が自分を裏切るようなことはないと思いたい。

 けれど、分からない。いや、大丈夫なはずだ。美月が好きなのは洋なのだから。

 誰にも言えない秘密を抱えている。誰にも言えない。だから嬉しい。そして不安。でも、信じている。きっと大丈夫。


 でも、美月には話しておこうかとも思う。

 そうだ、美月には話そう。こうやって心配ばかりするのは嫌だ。

 事情を話せば美月も何を話したか教えてくれるに違いないのだから。

 今日は無理かもしれないけれど、テストが終わったら。テストが終わったら時間をもらおう。結衣との事もある。

 本当はそんなことはこの秘密に比べれば、些細な事だけれど、そうやって話しておけば美月は必ず話を聞いてくれる。

 きっと、大丈夫なはずなのだ。

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