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ロッカー

「何やってんだ、おまえ。まだ居たのか?」


「げっ、熊」


 海渡が思わず顔を引きつらせると、熊田は近付いて来て懐中電灯を振り上げる。


「ガオーッ」


 無精ひげの顔で豪快に笑った。


「……田先生」


 一応、敬意を表すが、熊田は軽く拳骨を振り下ろす振りをした。


「西嶋に、中野も一緒か。何やってんだ? もう追い出しのチャイム鳴った後だぞ」


「すみません」


 美月と結衣が声を揃えて謝る。二人は顔を見合わせて笑みを交わした。


「ほら、もう帰れ。残ってんのおまえらだけだぞ」


「はーい」


 美月は立ち上がると靴下を履いてから上履きに足を突っ込む。結衣は濡れてしまった足の裏を見てため息をついてから上履きを履いた。


「何やってたんだ?」


 歩き出しながら熊田が尋ねる。その後ろに結衣と美月が並び、海渡は何となく一番後ろをついて歩いた。


「探し物です」


 結衣が答える。


「何を?」


「えーと、手鏡落としちゃって」


 美月が苦しい言い訳をした。


「どんな? 職員室に幾つか届いてたぞ」


「く、黒くて桜の花びらの描いてある奴です」


 熊田が足を止めた。


「いつだ?」


 熊田の顔が蒼ざめて見えるのは気のせいだろうか。


「先生、もしかして知ってるんですか? 桜のこと」


 美月が探りを入れる。


「いや、まさかな」


 言葉を濁した熊田の前に、結衣が回りこんだ。通せんぼするように立ちはだかって熊田を見上げる。


「どうなんですか?」


「いや、知らないな」


 熊田は嘘が下手だということが分かった。


「その手鏡の持ち主が更衣室で首を吊ったから、話せないんですか?」


 美月が後ろから追い討ちをかける。熊田の表情が変わったのは、結衣の表情を見れば分かる。


「他言しません。だから、教えて下さい」


 結衣が言うと説得力がある。何より、顔が怖い。


「どれくらい前の話なんですか、先生」


 美月が尋ねると、熊田が特大のため息をついた。結衣を廊下の端に追いやって歩き出す。


「先生!」


 美月が責めると、熊田は止まらずに歩調を少し落としてから答えた。


「三年前だな。おまえらの二個上の先輩だよ」


「そんな最近」


 結衣が言うと、美月が首を捻った。


「でもセーラーだったよ?」


「すぐに制服変えたからな。あと、更衣室も入りたくないって授業サボる奴が出て来たから改築したし。今の男子更衣室がある場所が現場だ」


「ゲ」


 知らないうちは平気だが、知ってしまうとあまり気分のいいものではない。


「まあ、校舎も全体模様替えしたし、今じゃ『見た』とか言う奴もいなくなったよな」


「自殺の原因って」


 美月が疑問をぶつけるが、熊田はうーんと唸ってしまう。


「いじめられるタイプじゃなかったんだがなあ」


「先生、桜のこと、知ってるんですか?」


「名前まで知ってるのか、中野は」


 美月が苦笑いをしている。だいぶ苦しくなってきた。


 海渡も、桜が普通の生徒でないことには気付いていた。

 姿が見える日と見えない日があった。声だけ聞こえる日もあれば、存在自体を忘れてしまっていた日もあったように思う。

 今日の香奈のように、誰かが桜の名前を出さないと思い出せない日が何日かあった。

 その事実に気付いたのも、結衣の様子がおかしかったからだ。

 桜が話に加わっている美月達のグループで、結衣だけが視線のやり場に困ったように俯いていた。

 いない時は楽しそうに笑っていたから、気付けた。


 決定打となったのは古典のノートを返した日。名簿を調べている結衣を見た時だ。

 海渡も何度となく調べた。調べているうちに、その名前が存在しないことに気付いた。

 気付いてからは忘れられない名前になった。


「一年の時は担任だったんだが、友達は多かったし、少し大人しかったが成績もそこそこで楽しそうにしてたぞ」


「桜が死んだのって二年の時?」


「中野、おまえ妙に宮下の事慣れ慣れしいな」


 美月が乾いた笑い声を立てる。ばれたところで言い訳も信じてもらえないだろうが。


「二年の時は榊先生が担任しててな。あの時の取り乱し方はひどかったからな。あんまり触れられたくない話題だろうから、おまえら絶対俺から聞いたなんて言い触らすなよ」


「はーい」


 美月の調子のいい返事を聞いて、熊田は話してしまった事を後悔したようだ。


「先生、遺書はなかったんですか?」


「おいおい、西嶋は探偵ごっこか?」


「すみません」


 結衣は律儀に頭を下げる。熊田が笑った。


「遺書も日記もそれらしいのはなかったって話だぞ。当時も色々言われたが、結局は分からず仕舞いだったな」


 熊田が職員室の前で足を止めた。


「で、おまえらはどこで宮下の事を知ったんだ?」


 今までの冗談とは違う口調だ。これは本気で問い詰める気らしい。どう答えるだろう、と美月と結衣を見る。


「友達です」


 美月が言い切った。熊田の眉間に皺が寄った。


「私、桜の友達でした」


 熊田はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように「そうか」と頷いた。


「でも学校でその話はするなよ。PTAもまだぴりぴりしてるからな」


「大丈夫です」


 結衣が頷く。こういう時、神妙な顔つきの結衣がいると説得力が増す。

 海渡一人だったらもっとしつこくとっちめられていただろう。


「このロッカー」


 不意に美月が木の枠を指した。

 職員と来客用のスリッパ置き場になっている物だ。


「前の更衣室にあった奴じゃないですか?」


「ああ」


「先生、貸して」


 美月はひったくるように熊田の懐中電灯を取り上げると一番下の段からスリッパを全部取り出した。

 一つ一つ照らしながら見ていたが、動きを止める。


「おい、中野?」


 慌てている熊田を無視して美月は結衣を手招きする。


「見て、ここ。桜が使ってたロッカーだ」


 覗き込んだ結衣が一瞬にして険しい顔になった。


「分かった、桜が死んだ理由」


「どういうこと?」


 美月が結衣に尋ねる。興味をそそられて海渡もロッカーを覗いた。小さく呻いてしまう。

 ロッカーの内側、側面に相合傘が彫られていた。傘の左側に宮下 桜とあった。


「なんだ?」


 熊田も中を見て、顔色を失う。


「そんな、馬鹿な」


 国語表現の教師にあるまじき使い古された言葉だった。

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