表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

公園で

 浜崎 海渡かいとを部活帰りに待ち伏せたのは、これが初めてではなかった。


 角を曲がって海渡がやって来る。声を掛けようと口を開いた瞬間、海渡の方が軽く手を上げた。


「よぅ。何やってんだ?」


 高二になって同じクラスになった。

 それまではサッカー部で活動しているのを遠くから見ているだけだった。

 けれど、もっと近くにいたいという思いは、距離が近づけば近づくほど、話をすればするほど強くなる。

 自分ではどうすることもできないところまで来てしまった。

 自分がこんな思いを抱く日が来るとは思わなかった。自分はもっと、人に対して興味がないと思っていた。


「少し時間、あるかな?」


 不自然にならないように祈りながら笑いかける。海渡は日に焼けた鼻の頭を掻くと、少し面倒臭そうに頷いた。

 海渡が面倒臭がらないのは部活の練習だけ。知っていても不安になる。このまま嫌われてしまうのではないか。そう思うと足がすくむ。


「ドリンク買っていいか?」


 公園に入ってすぐ海渡が言った。こちらの返事も聞かず、自動販売機に向かって歩いて行ってしまう。

 公園の外灯が黄色っぽく海渡の背中を照らしていた。

 もしかしたら、これが最後になるかもしれない。もう、口もきいてもらえないかもしれない。指の先が痺れた様に冷たくなってきた。

 そのくせ、手のひらには汗をかいているのだから、自分の中の矛盾が嫌になる。


「やる」


 海渡はお茶のペットボトルを一本、こちらに差し出した。


「あ、ありがとう」


 声が裏返った。妙に思われただろうか。海渡の顔を盗み見る。

 こちらの様子などお構いなしに、海渡はペットボトルの中身をほぼ一息に飲み干した。

 自分がお茶しか飲まないことを海渡は覚えていてくれた。もったいなくて蓋を開けられない。

 冷たいペットボトルを握り締めていると、海渡がこちらを見た。


「で、何?」


 心臓が痛い程、存在を主張している。手の中でペットボトルがみしみしと音を立てた。息を止めて唾を飲み込む。


「好きな人、いる?」


 怖くて、顔は上げられなかった。ペットボトルはぎしぎしときしみ、息苦しさに頭が痛くなった。


 頭の上で、海渡のため息が聞こえた。


「いる」


 目の前が暗くなった。しゃがみたい衝動をかろうじてこらえる。


「それは」


「お前じゃない」


 言いかけた言葉を遮られた。立っているだけで精一杯だった。


「ごめん。悪いけど、お前じゃない」


 繰り返される言葉に耳を塞いでしまいたい。体が言うことをきかない。

 どうすることも出来ずに突っ立っている自分は、どうしようもなく愚かだと思った。


「ごめん」


 海渡はもう一度小さく謝った。

 どうして謝るの、と訊ければ良かった。

 戸惑わせたのはこちらなのに、言いにくいことを言わせたのはこちらなのに。

 謝らないといけないのは自分なのに。


 海渡は優しい。だから好きになった。一緒に幸せになりたいと思った。

 けれど、海渡の幸せは別の場所にあるのかもしれない。

 海渡が言うのだから、きっとそうだ。でも、だったら、どうすればいいだろう。

 海渡の笑顔が好きだった。楽しそうな顔が好きだった。それを見るには。


「誰か、訊いてもいい?」


 湿っぽくならないように、出来るだけ笑顔を作る。声が枯れたのは仕方がない。それでも精一杯の笑顔。

 海渡は黙っていた。


「応援、させてよ」


 それが、自分に出来る唯一のことだから。応援するのが幸せだから。


「……マ」


「え?」


「西嶋」


 耳が痛んだ。心臓が冷たくなった。大声で喚きたくなった。だが、意に反して、顔は笑顔のままだった。

 口がまるで自分の物ではないように饒舌に回り出す。


「小学校から一緒だよ。アドレス、教えようか?」

「いや」


 海渡が大きなため息をついて肩を回した。


「こういうの苦手だわ」


 投げやりな口調が照れ隠しなのはすぐに分かった。分かりたくなかった。


「でも、どうして? あんまり、話もしないのに」


「まあ、な」


 照れたように少し笑うと、海渡は鞄を持ち上げた。


「じゃ、俺、帰るわ。またな」


「うん。また明日」


 背中が去っていく。大好きな背中が見えなくなる。振っていた手はそのまま外灯を叩いた。鈍い音が空気を震わせる。


 同じなのに。同じ時間だけ同じ教室に居たのに。

 何故、西嶋なのだろう。何故、自分は選ばれないのだろう。何故、あんなに無愛想で可愛げのない子を。

 別の子なら、まだ許せた。応援出来た。

 西嶋 結衣だから許せなかった。

 結衣は近過ぎた。自分に近過ぎた。

 ずっと一緒にいたのだ。海渡と知り合う前から結衣とは一緒にいた。

 結衣を見ていた海渡は絶対に自分も見ていたはずなのだ。

 何故、彼女だけが特別なのだろう。どうしてそれは自分ではなかったのだろう。

 結衣だから許せなかった。許せない。許すものか。

 

 同じように育ってきた。結衣の事はよく知っている。

 大して美人でもない。可愛い性格をしているわけでもない。

 結衣は滅多に笑わない。結衣はいつも人を小馬鹿にしたように無表情だ。

 何か特技を持っているのでもない。少し陰湿な、普通の子だ。


 自分と大差ない。いや、同じだ。彼女の真似など容易い。

 もし彼女がいなくなったとしても、彼女になることなど簡単だ。

 彼女がいなくなっても何の影響もない。彼女になる事などとても簡単だ。


 そう、とても簡単な事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ