作戦会議及び戦闘 後編
昨年の戦闘に比べると今年は圧倒的な戦闘で、時間経過が早いらしい。
香里が控え室に戻る途中の廊下で、名前は不明だが香里より上の学年であろう人物達が和になって会話をしていたのが、偶然、耳に入ったのだ。
その会話は、香里の横で歩きにくそうな厚底ブーツを履いたレオも聞いていたようで、話題がこちらに感染した。
「圧倒的なのでしょうか。でも、去年はお兄ちゃんがいたと思うのですが・・・。」
「モーリスさんって、クラスどこだっけ?」
「お兄ちゃんは、Aクラスですね。」
「なら、決勝で出てきたから、それ以前の戦闘がゴタゴタしてたんだと思うよ。多分。」
不安そうに香里は言葉を発したが、レオは納得したように頷いた。
「なるほど、考えが及びませんでした。」
「レオちゃんでもそういうことってあるんだ。」
香里は意外そうに、レオを見つめた。
レオはその発言に上品に笑い、香里の言葉をやんわりと否定した。
「ありますよ。それはそれはしょっちゅうです。」
「へぇー。」
香里にとってその言葉は意外でしかなかった。レオは圧倒的な人当たりのよさがある。容姿も学年に留まらず、学園の中で見ても、彼女のように整ったのは彼女の兄であるモーリスくらいである。そして、数日一緒に行動した限りでは頭の回転も速く、成績優秀でもある。
奥村真澄との衝突は光の如く学園中に広まったが、彼女の言葉は正論であったため、学園にいる人間は彼女の肩を持つだろう。
そのように超人に近い人間と香里の頭の中では位置づけられていた。
だが、レオにも人間らしいところがある、そう思うと急激に距離が縮まったように香里は感じていた。
「本当に意外そうですね。」
「そりゃあ、当たり前だよ。」
「私は決して、超人ではありませんよ?」
まるで香里の脳内を覗いたようにその言葉を連ね、おどけたように首を傾げるレオの仕草で、彼女のうなじを隠していた金色の川が空中に流れを変え、彼女の首筋が見えた。首筋には銀色の細い鎖が見えた。ロザリオの鎖だろう。
だが、肝心のロザリオは黒と白を基調とする服の後ろに隠されており、見えない状況である。
香里はなぜ、そのように隠しているのか分からず、彼女に質問をする。
「ねぇ、なんでそれ隠してるの?」
「え?・・・ああ、これはですね。癖のようなものです。」
一度、頭を下げて己の服を見て、素早く理解したように顔をあげて、言葉を紡ぐ。
「癖?」
「ええ、お兄ちゃんがロザリオを見ると怒るから、普段は隠しているんです。それにこれは公にぶらさげる物でもないですし。」
レオは苦笑して、頬を掻く。
その表情はどこか憂いを帯びている、苦しそうな表情だ。そのロザリオは彼女を縛る首輪のように、蛍光灯の人工光に反射して、冷たく銀色を放っていた。
「レオちゃんはさ。」
「はい・・・?」
「モーリスさんのこと嫌い?」
香里はなぜ、自分がこのような質問を彼女に投げかけたのか分からなかった。ただ、無性にそのことについて質問したかったのだ。
レオは丸い青の宝石を見せるように目を見開き、顔を俯かせる。冷たい人工光が彼女の白い肌を不健康に照らす。
「私は・・・。私は、兄のことは大嫌いです。」
強い意志でレオは断言した。
「そっか。・・・ちょっと暗い話しちゃったね。もう、控え室に着いたし、ね?」
香里は目尻を下げて、レオに笑いかけた。紳士的に香里は控え室の扉を開けた。
「はい、そうですね。」
レオは軽く頭を下げて、変わらぬ歩調で入室した。続けて、香里も部屋に入った。ばたん、と開いた扉を閉めた。
♂♀
ふぅ、と一息、香里はレオの淹れた紅茶を飲んで休憩していた。気まずい空気が部屋に篭り、渦巻いている。
その空気を壊そうと口を開くも、声は香里の気持ちを汲んだように出ない。
香里は多少の身じろぎをするが、レオはロザリオを手にして、瞼を閉じて、黙祷している。その姿は異常なことに美しい、と香里は思った。
現在は、休憩時間である。一時間設けられ、その間に食事も摂るように指示されていた。
だが、この気まずい状態の中で食事をするほど度胸があるわけではなかった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
気まずい空気が続く。
テーブルを隔てて、レオと香里は対峙し、レオが黙祷しているのを香里は注視していた。
レオは兄であるモーリスが嫌いだと言った。モーリスは理由があって、レオがロザリオを装飾しているのを嫌っている。その理由を恐らく彼女は知っている。モーリスのレオに対する溺愛加減は異常であり、決して兄妹愛で済まされない感情が混ざっているように香里は感じられていた。
モーリスは何かを恐れている。
レオに関して、何かを恐れている。
レオはそんな兄に対してそばにいるにも関わらず、反抗的だ。
彼女と友達として過ごして一週間と満たない。彼女らの言動を観察して、把握できるのはここが限界である。
「はぁ~・・・。」
「ふふ、すみません。祈っていたらすごく気まずい空気が出来上がってました。香里さんは黙っているのがお嫌いな方でしたか?」
香里がため息を吐くとレオが形の良い眉毛を下げて、申し訳なさそうに言葉を漏らす。
慌てて香里は首を横に振り、レオに弁論するように言った。
「違うよ、俺は遊馬じゃないからね。でも、廊下の会話でレオちゃんに嫌な思いさせたんじゃないかって。俺は神とか信仰しないけど、宗教とか信仰する人の気持ちはわからないから、レオちゃんがどういう思いで祈っているのかわからなくてさ。必死に考えて、もしかしたら俺との会話が堪えたのかなって。・・・・・・心配したんだ。」
香里はレオの瞳を真っ直ぐと捕らえて、またレオも香里の瞳を同様に捕らえて、見つめ合っていた。
レオはふっ、と口に手の甲を当てて微笑んだ。肩が微かに震えている。
「え、えっと・・・。俺なんか変な事言った?」
香里が不安そうに黒い瞳を揺るがせて、尋ねる。
「ええ、ええ。それは最大級に変な事を言いましたよ。」
レオは楽しそうに小さい頭を大袈裟に動かしながら、頷く。その様子に彼女が本当に愉快そうに体を震わせている。
「俺の周りには遊馬といい、レオちゃんといい、笑い上戸が多いのかな・・・。」
香里はレオの反応に驚愕したように呟く。
「それなら、香里さんもですよ。類は友を呼ぶ、という諺がありますしね。」
「えー。俺は違うよ、そんなに笑い上戸じゃないし!」
遊馬と同等扱いされたくない一心で香里は言葉を漏らした。
「俺も、笑い上戸じゃないぞ!」
激しい音と振動と共に、控え室の扉が開かれた。
開いたのは、話題として出ていた遊馬であり、不服そうに顔を歪ませていた。
「はい、遊馬さん。」
レオが質問するように挙手をする。
「なんだ、レオくん!」
遊馬は偉い人のように腕を組んで、上半身を軽くのけぞらせた。
呆れたようにため息をレオは吐いて、緩やかに扉を指差して、言った。香里はレオが何を発言したいのか把握して、困ったように頭を掻いた。
「その勢い良くあけた扉、若干ドアノブが壊れかけてますけど。・・・どうするんですか?どうかしますよね・・・?もちろん。」
「あ・・・・・・。」
「どうにかしますよね?」
「いや、無理____。」
「どうにかしましょうね。」
「拒否権は?」
レオの笑顔の威圧で遊馬は冷や汗を流した。彼の質問に対して、彼女は否定はしていないが彼女の威圧感が何よりもそれを否定した。
「拒否権があるわけないだろ。遊馬。」
香里がとどめを刺すように彼に言葉を投げかける。それを聞いた遊馬は諦めたように虚ろな目をして、小さく、ですよねー、と漏らした。
レオと香里は顔を見合わせ、数日の間で仲良くなった友達の絶望的な馬鹿さ加減にため息を吐いた。
「それで、遊馬はなんで控え室に来たわけ?馬鹿なことを証明しに来たわけじゃないだろ。・・・・・・だよな?」
「失っ礼な!新メンバーを含めて、作戦会議だ!というか、香里はやっぱり俺に辛辣じゃね?」
「気のせいだよ。」
辛辣な言葉を並べる香里の様子を見て、遊馬はうな垂れた。レオは曖昧に笑い、うなだれている遊馬の肩を軽く叩いた。そして、尋ねる。
「それで、新メンバーというのは・・・?」
「あ、ああ。昼食をしながらそいつと話し合おうと思ってな。來ちゃーん、入ってきていいぞー!」
遊馬が視線を控え室の扉にやるので、釣られるように二人は扉を見つめる。そこには、気まずそうに琥珀色の目を泳がせた來がいた。右手には、古書を年齢の割にはある豊胸を押しつぶすように抱えていた。
香里が考察する限りには利き手である、左手にはビニール袋を持っており、中には重たいものが入っているようだ。ふっくらとした手はビニール袋を支えている部分だけ赤く、滲んでいた。
「あ、それ、持つよ。」
「え、あ・・・。・・・・・・・・・・・・ありがとう。」
素早く、來の持っているビニール袋を奪うように持つ。一瞬、表情を滲ませたが軽く頭を下げて、礼を言う。
「よっ、紳士だねー。」
「遊馬さんは少し黙るべきだと考えます。絶対に一言多いです。絶対に。」
絶対に、と強調するレオは遊馬に吹雪のように冷たい視線を投げかけた。遊馬は、困ったように軽く肩を竦める。
「紳士といわれるのは構わないけど、茶化したように言われるのはなぁ・・・。あ、この中お弁当だ。」
「あー、そうそう!昼食食べながら、作戦会議するんだった。全部、同じものだから上から適当に取ってくれよ。」
四人分の弁当を上から香里、來、レオ、遊馬の順番で取っていった。休憩時間が始まって、二十分間の出来事である。
♂♀
同時刻。
綾里莉々と王宮夕陽は、早めの食事を摂っていた。この早めの食事は、圧倒的な戦いを見せた香里達のお陰であろう。
莉々は脳裏で先程の戦いを映像のようにして、思い出していた。戦略など存在しない、攻撃されたら防ぐ。余裕を見せた攻撃。気まぐれに動いたに過ぎないあの戦いにどこに戦略性があったのだろうか。武道の経験がある莉々ですら、強いと思ったのだ。まだ入学して、数日しか経っていない。本能的に魔法を使えることが出来ても、二人のように完全に使いこなすことは、この年齢では無理に等しい。Eクラスの脊戸亜美は、具現化の能力はあるようだが、あれは酷いものである。
魔法使いにとって、具現化というのは意外と容易に出来ることである。作るだけなら、容易なのだ。それから如何に保つかが魔法使いの技量を試されるものである。脊戸亜美は、保つことにまで気がいってなかったのだろう、氷で出来た剣は融けかけていた。使いこなせたとはいえないだろう。
恐らく、次の戦いは圧倒的な力差でBクラスが勝つだろう。そして、あの二人と正面衝突をするのであろう。
もし、この戦いで負けたならば_______
「莉々、さっきから食事が全然進んでないよ。」
夕陽が莉々を訝しげな表情で見ていた。仕方なく彼女は考え事を中断する。
「あぁ・・・、ごめん。少し考えるところがあって、それで。」
言い訳のように呟く莉々に、夕陽は母親と同じように上品に笑った。
「ううん、早くしないと食事が冷めちゃうと思って、言っただけだから。莉々は、次の戦いのこと考えていたんでしょう?」
「・・・・・・まあ、そうなんだけど。」
「Bクラスの、レオ・クラシャンと重里香里って。母さんが演劇めいたことしたときに、喋ったんでしょ?どんな奴らだった?」
眉目秀麗な少年が微笑みながら尋ねる様は、中々、絵になるものだが、見慣れている莉々は普段と変わらず、無愛想に答えた。
「・・・別に。普通の人たち、だったよ。」
「普通?特に変わってないってこと?」
「・・・・・・そう言ってるじゃない。」
夕陽は肩を竦めて、興味深そうに微笑む。
「どうやら、幼馴染は僕には冷たいようで。」
「当たり前でしょ・・・。」
「にしても、君は嘘をついてるだろ。」
「なぜ?」
「何年間、君の後ろにくっついてきてると思ってるんだ?」
「ストーカーか何かかしら?」
「冗談。」
息を吐くように二人の間で会話が繰り出されていた。夕陽が冗談を吐くのは莉々という幼馴染に対してだけだ。そして、莉々も同様である。
「で、なぜ私が嘘をついていると思うの?」
莉々は再度、彼に確かめるように尋ねる。目の前の弁当に蓋をして、机に肘をつく。お気に入りのヘッドフォンは、首に委ねている。
「簡単なことさ。君との付き合いがどれだけ長いと思っているんだい。君は少し思案して、答えただろう?それが理由さ。僕との会話で、基本、沈黙なんてありえないだろう。なのに君は、押し黙った。戦いについては考えていたんだろうけど、君が考えていたのは彼らの異常性だ。特に、重里香里という少年に、君は心奪われているようだ。」
流れるように理論が、夕陽の口から出てくる。
夕陽は続ける。
「レオ・クラシャンという少女は、それなりに戦いなれているのは把握しているだろう、君ならば。モーリス・クラシャンが戦い慣れしていたように、それなりに予想は出来る。重里香里はどうだろうか、彼の名前など君の耳にすら入らなかっただろう。そして、君の頭に一つの予想が浮かび上がる。」
「・・・やめて。」
「そう、君の立場を危うくしそうな、一つの予想が。」
「ねえ、やめて・・・。」
「君のお師匠さん。重里花梨の息子である可能性に____。」
がたんっ、
大きい振動と音が室内に響いた。莉々が椅子から、勢い良く立ち上がったのだ。椅子は勢いを殺しきれず、後方に倒れる。
机に容赦なく置かれた莉々の手はわずかに震えていた。
その手を夕陽は切れ長の目で、冷ややかにそれを見下した。そして、彼は息を吸い込み、己の幼馴染にあてつけるように言葉を吐いた。
「莉々。君さ、すきあらば、彼を傷つけるつもりだっただろ。捨てられると、花梨さんから捨てられると考えた君は、彼に事故でも怪我をさせて使えないアピールをするつもりだった。・・・・・・間違ってはいないだろう?」
「違う。」
「どこが違うの。事実、君は今、震えているじゃないか。」
「違うっ!」
莉々の叫びが部屋を震わせる。事実なのだ、どうしようもなく事実なのだ。香里が己の師匠の息子だと、予想していたことも。自分の立場を危惧したことも。どうしようもなく、事実なのだ。
だが、傷つけようなど思っていなかった。思ってなど、いなかったはずなのだ。にも、関わらず、注入されたようなこの屈辱はなんであろうか。彼女自体も混乱していたのだ。反対の感情が、互いに彼女の体を支配しているのだ。
幼馴染は全て見透かした上で、彼女にそっとブレーキをかけようとしているのだ。
「大丈夫だよ。」
ぽんっ、と莉々の頭に置かれた手は、優しく包み込むような温かさで頭をなでた。幼馴染である少年は自分を慰めようとしている。情けない、そう思った。
「莉々は勝つよ。それに、君のお師匠さんは、そんな簡単に弟子を捨てたりしないよ。僕は、君より昔からあの人を知っている。これは本当だよ。あの人は絶対にそんなことをしない。あの人は君を、己の子供のように育ててくれたじゃないか、あの人は非情なひとじゃない。」
純粋な少年が吐く言葉。死を対面したことのない少年の、澄んだ言葉。順風満帆な人生を送ってきた少年の言葉。
ひどく、その純粋な言葉が体に広がるのを感じた。眼孔が熱くなり、ぽろり、と涙が眼孔からあふれ出てくる。
「ひっく。」
「ああ、もう。莉々は泣き虫だなぁ。」
夕陽が笑いながら優しく莉々の頭をなでた。そして、頭だけを抱きしめるように肩に彼女の頭を当てた。
「泣き虫じゃない・・・。」
「泣いてるじゃないか。」
「泣いてない!」
「あはは、そういうことにしてあげる。」
「泣いてないんだからね!」
「はいはい。」
穏やかに夕陽は笑った。莉々は、あふれ出てくる涙をとめるように目元を拭った。目元は擦った所為か、赤くなっている。
和やかな空気が部屋を包む中、不穏にもそれは鳴り響いた。
ぴりりりり、と冷淡に、冷酷に鳴り響いた。
♂♀
香里、レオ、遊馬、來がお弁当を突きながら作戦会議しているとそれは無情にも鳴り響いた。
ぴりりりりっ、
電子機器を持ち込んでいたのはレオらしく、彼女は形の良い眉毛を顰めて、電子機器を白と黒を基調としたゴシックロリータのポケットから取り出した。
そして、画面を指でスライドしていくにつれて蒼白になり、ごとんっ、と電子機器を投げ出すようにして椅子から転げ落ちた。服がめくれて、白い足が露出されてきわどいところまで見えている。だが、それどころではなかった。
「なんだこれ・・・。」
レオの手から零れ落ちた電子機器を手に取った遊馬は、冷静に。だが、嫌悪に満ちた声で呟いた。香里と來は何事かと顔を見合わせて、慌てて箸をおいた。遊馬に駆け寄り、小さい画面を三人が野次馬のようにして覗き込んだ。
『警告!警告!
代表者は大会を辞退するべし、さもなくば災いが降りかかるだろう。
私はオマエラを見ている。
ずっとだ。ずっと。』
黒い文字で綴られたその文をさらに下にスライドすると、控え室で過ごしているAクラス、Bクラス、写真が不穏にも存在していた。
部外者は、この部屋にいなかったはずなのに。この部屋の写真が存在していた。監視カメラなどない。そのようなものは存在しない。ただその写真が不気味にも存在するのだ。
部屋の隅から覗かれている、そのような角度で撮られている写真が存在するのだ。
來はその写真に口をおさえて、恐怖を表に出さないように努力した。だが、体は無意識に震える。それに気付いた遊馬は、大丈夫?と彼女の震えている肩に接触した。
來の体が大きく、大袈裟なほどに跳ねた。
遊馬が心配そうに尋ねる。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「・・・大丈夫。」
「お茶、飲むか?あそこにお茶あるし・・・。」
遊馬は部屋の端に数本置かれているペットボトルを手に取り、來に手渡す。
來は警戒したように眉を顰めて、小刻みに震える手でペットボトルを受け取ると、不透明なペットボトルの蓋をゆるりゆるりと開ける。
ふいに遊馬の鼻腔が液体の匂いを拾った。
「あ。」
遊馬は声を漏らした。
「____ぅう。」
がらんっ、とペットボトルが零れ落ちる。不透明な容器から放射状に溢れ出る赤い液体。鉄錆びた匂いが部屋に広がる。
來は口を抑えた。手では隠せ切れない口の中に入った液体。
「酷い、この匂い。」
レオは体勢を崩したまま、手の甲で口と鼻を塞いだ。香里も嗅ぎなれた鉄の匂いを嗅ぐことになるとは思わず、顔を顰めた。
部屋中を渦巻く死の匂いに遊馬以外は、表情を滲ませた。
どんどんどんどんっ、
壊れかけの扉が外からの激しいノックで揺れる。未だに体勢を崩したままのレオが細い足で立ち上がり、恐怖で痙攣した手で何とか扉を開く。
そこには蒼い顔をした莉々が電子機器を片手に、こちらを見つめていた。後ろにはあろうことかこの国の王子が凛然と立っていた。だが、Aクラスとして君臨するこの二人の表情も固い。
レオはその様子を見て、ある程度のことを把握した。
「莉々さんにも・・・。来たんですよね・・・?」
尋ねるような発言だったが、レオは確信していた。
「貴方にも来たの、よね。というより、ここにくるまでは貴方達がやったんじゃないかと思っていたんだけど。」
「そんなわけないじゃないですか!」
「ええ、わかってる。このにおいと惨事は何があったの・・・?」
莉々は目を伏せるようにして控え室に目配りした。
レオも改めて、第三者の視点で控え室を見ると、酷い有様だ。倒れたパイプ椅子。不透明の容器から溢れ出る赤い液体___恐らく人間の血液。部屋に居るだけで気が狂いそうなほどの濃厚な血液の香り。その部屋にいる人間の大半が、蒼白な顔色をしている。中には、口から血を溢れさせている人も居る。
レオは布越しから腕を摩り、この惨事の説明をした。
「貴方達と同様に私達にもメールが来て、ありえないアングルから撮られてて。それで・・・!」
上手く説明しようとレオは頭を巡らせても、言葉がまとまらない。普段使っている敬語はこのときだけは焦り、使えない様子だった。脳内もこの部屋のようにぐるぐると円を描いて、渦巻いている。
莉々はレオを落ち着かせようと、レオの背中を優しく撫でた。
「そ、それで。私達が驚いて、落ち着くためにお茶を飲もうと來さんがしたら・・・、中身が血で。部屋の中にひどい悪臭が広がって。」
「とりあえず、外を出ようか。Bクラスの皆さん、とりあえず出ましょう。」
莉々の発言に誰もが頷いた。
酷い悪臭が漂う部屋を香里、レオ、遊馬、來は退室すると部屋を閉じきり、廊下で莉々、夕陽と会話を交わすことになった。
蓋の上に重石を置くように、香里が扉に体重をかけた。
「これからどうすればいいんでしょうか。」
まだ、困惑しているレオが血の気のひいた顔で誰に尋ねるわけでもなく呟いた。
「子供だけでやろうと思うが僕は無謀だと思う。ここは教師に委ねるしかないよ。僕達じゃどうにもできないし、このイベントの中止するかも教師の判断だろうしね。それにこれを伝えずに、いざこのメールで言う『災い』というのが降りかかったときに伝えたときと伝えなかったときの責任の行き先は大きく変わるだろう。」
腕を組んでいた夕陽が腕を解いて、力を抜いて胸の前で掌を天井に向けた。
「まあ、そうなのですが。」
「なにか解せないことでも?」
「いえ、ただ・・・。伝える大人も選んだほうがいいかもしれません。」
「つまり?」
「ここで公にして他の生徒に伝わり、騒ぎになるのは是非とも防ぎたいものですよね。」
「ああ、あまり腰の抜けた教師だと騒ぎになりかねないと・・・。」
「おおむね、その通りです。」
レオと夕陽は淡々と会話を繰り返している。香里は未だに気分の悪そうな表情をした來に目を配り、発言した。
「医学の知識がある人もいたほうがいいんじゃないかな。來ちゃんが口にした液体が決して綺麗な血液と決まっているわけでもないし、介抱するにしても必要だと思うしね。医学の知識が乏しい教師もあまりよろしくないと思う。」
レオと夕陽は居心地の悪そうな香里を見つめて、次は互いに顔を見合わせた。
「鶴折り姫・・・。」
夕陽の口から不意にその言葉が漏れた。
來の介抱をしていた遊馬が夕陽に目をやって、彼と自分に壁を隔てたような物言いで尋ねた。
「それって、アナベル先生です、よね?あの司書の・・・。」
「そう、アナベル・カーン先生。あの人って落ち着いてるし、確か薬学とか医学にも詳しかったし、保健医の隣にいたから、呼びやすいんじゃないかなって。それに僕、あの人の携帯番号知ってるし。」
「ほ、ほう、その経緯をぜひ_____」
「遊馬。」「遊馬さん。」
紅潮して、この事態にも関わらず王子相手に質問を投げかけようとした遊馬を香里とレオが阻止した。
状況を飲み込んでいる夕陽ですら乾いた笑いをして、豪奢ではなく質素な服のポケットから電子機器を取り出して、再度確認するように廊下に居る人物達に目をやる。
どうぞ。とレオが代表して催促をし、夕陽は安心したように何回か頷くと画面を指でスライドした。そして、タップする。
電子機器を耳に当てて、数秒。すぐに相手は電話を受け取ったようだ。
「もしもし。」
『もしもし。王宮夕陽さんで、間違いないかしら。』
電子機器から聞こえてくる声は異常なほどに冷たく、抑揚が乏しかった。
「間違いありませんよ。」
『それでどうかしたのかしら。私が知っている限りでは、もうそろそろBクラスとEクラスの対戦を始めるから貴方達Aクラスも暇じゃないはずなのだけれど・・・。』
「実は内密に頼みたいことがあるんです。」
『八百長ならお断りよ。』
「そういうのではないので安心してください。実は脅迫メールをいただいて、僕らとしてはあまり騒ぎにするのは好ましくないんです。あと、部屋の隅に設置されたペットボトルの中身がまるっと入れ替わったみたいで・・・。」
夕陽は電子機器を片手に気分の悪そうな來を一瞥する。
『中身が何になっていたの?』
「恐らく、血です。僕らだけでは判断しかねますが、血であることには間違いないかと・・・。もしかしたら、人間の血液かもしれないんです。そして、Bクラスの控え室に来ていた生徒がうっかりそれを口にしたようで気分が悪そうなので・・・。確か、アナベル先生の隣に保健医がいたと僕は把握しているのですが・・・。」
『ええ、いるわ。それじゃあ、先に保健医をそちらに向かわせるわ。私は学園長にそのことを報告しに行くわ。____伝えてくれて、ありがとう。懸命な判断ね。今時の子は一人で抱え込んで、さらに事案が悪化したこともあるから、とても良い判断だと思うわ。』
「お褒めの言葉、どうもありがとうございます。僕らはBクラスの控え室前に居ますので。それでは」
『ええ、それでは。』
夕陽は電話越しに一礼をして、電話を切る。
「來ちゃん、もう少しの辛抱だから。」
遊馬の來を慰める言葉が廊下に響いた。
数分経ったところで、保健医がこちらに駆けつけてきた。でっぷりとした体型の中年男性でよほど慌ててこちらに向かったのか、額に脂汗を滲ませていた。
來は保健医に幾度と頭を下げて、保健医に介抱されていた。
遊馬は顔を顰めて、少し何かを考えると保健医と來の間に介入し、笑顔で保健医に話しかけていた。最初、保健医は険しい顔していたが、次第に遊馬の言葉に表情を解していった。
「遊馬さん、どうしたのでしょうか。」
「さあ、あいつ。馬鹿に見えて、結構考えているし、俺にはあいつの思考回路はわからないよ。まあ、普段は馬鹿だけど。」
「否定は・・・・・・・・・しません。」
遊馬に対する香里の辛辣な言葉にレオは苦笑するだけだった。
「・・・ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな。」
夕陽がこちらを真剣に見つめて、言った。
レオは首を傾げて、なんでしょうか。と夕陽に返した。香里は夕陽を凝視していた。夕陽の疑わしげな視線に、本能的に警戒していたのだ。
「これはBクラスの自作自演っていうことは考えられないかな。」
「はい?」
「だから、君達の自作自演って言う可能性はないのか、って。」
疑わしげな視線の理由はこれだったのか、と香里は一人、納得した。莉々は申し訳なさそうに眉を顰めて、夕陽の後ろで何度もレオと香里に向かって頭を下げている。その莉々の行動にレオと香里は彼だけの意見だということを理解した。
レオはこほん、とわざとらしく咳払いして、夕陽の自意識過剰的な意見に反論するように言葉を綴る。
「お言葉を返すようですが、なぜそのような結論になったのでしょうか。」
彼女の瞳の色が、暖かい深海から、冷たい深海に変わったように見えた。心底、夕陽を軽蔑しているような目だ。
「毎年のことだけど、基本、Aクラスが勝ってる。それを防ぎたかったBクラスである君達が、あの脅迫メールを出して大会を中止にする計画だった。どう?筋は通るだろう。」
「それでは來ちゃんのあの気分の悪そうなものも演技だとおっしゃるのですか?」
「いや、あれは演技じゃなくて、本当のリアクションだと思うよ。」
「つまり、計画したのは私と香里さんということですか?」
「そうだよ。君達が犯人じゃないのか、ってことだよ。」
穏やかなレオの表情が夕陽と会話するにつれて、険しくなっていった。香里もあまり良い気分ではない。あまりにも自己中心的な考え方だ。筋は通るかもしれないが、その事実がないということを知っている香里はただただ濡れ衣を着せられている状況だ。
「笑わせないでよ、外の世界を知らないマザコンが。」
レオの口から出た罵詈雑言は普段のレオからは想像出来ないほどのものだった。兄であるモーリス以外は、誰とでも敬語で会話をしてきたレオが敬語抜きで言葉を吐き捨てたのだ。彼女は非常に怒っているのだ。
莉々と夕陽は彼女の怒りように驚愕した。香里は、ああ、レオちゃんは結構短気なんだなぁ。と能天気にも思っていた。
レオは片方の耳に長い金髪をかける仕草をした。
「貴方はまだ外を知らないままです。ただただ能天気に暮らしてきた王家です。でも、おそらくこの隣にいる香里さんも、私も、能天気には暮らせなかったんです。貴方と違って。そして、この学園には貧しい家系に生まれた人も居ると思います。決して、貴方の所為というわけではありませんが、貴方はもう少し外の世界に目を向けるべきです。この国は腐っています。その所為で人間も腐ってきています。少なくとも私は貴方のことをいい目では見られません。それに気付いていない貴方に私は腹立たしくて仕方がないのです。」
嫌悪が滲み出たその言葉に夕陽だけではなく、莉々と香里も息を呑んだのだ。彼女は笑顔の裏で、このように考えていたのだ。笑顔は彼女の感情の蓋のようなものだったのだ。誰にも優しく接し、人のことを当人より考えるレオは体内で蛇のように這う感情に苦しめられていた。
レオは決して濡れ衣を着せられていたことに怒っていたのではない。王族の未来が、外の世界を知らないことに腹を立てていたのだ。そして、それは自分の意思とは関係なく、ひどい方向に成長していることにも。
「・・・ごめん。」
その謝罪は鉛のように重く、闇夜のように暗かった。
「いいえ、私も怒ってしまい、申し訳ありませんでした。」
レオはいつもと変わらない笑みで軽く頭を下げた。
「ね、香里さん。」
莉々がいつの間にか香里のそばによって、耳元で囁いた。
「・・・?」
「あのさ、レオさんって結構怒りっぽい・・・の?」
「そうかもね。まだ、会って数日くらいだから、まだ知らない面のほうが多いんじゃないかな。それに俺はそういうところがあったほうが、とっつきやすくて好きだよ。」
「それをいうなら、香里さんも充分に不気味の部類に入るわよ?」
莉々の意外な発言に香里を目を見開き、どうして。と聞き返した。
すると、彼女はさも当然そうに言った。
「だって、あなたいつも笑顔じゃない。」
♂♀
同時刻。学園長室にて。
「そう、わかったわ。」
学園長である王宮菫が、アナベル・カーンの『脅迫メール』についての報告を聞いて、了解の一言を漏らした。丸眼鏡をかけた女性がこちらまで分かるような殺気を漂わせている。
「決断はすぐにしたほうがいいわね。そうね・・・。生徒に危険な目にあわせたくはないけど、伝統は守るべきでもあるから、続行ということで。」
「・・・・・・・・・本当にそれでよろしいのですか?」
「何が言いたいの?」
菫の目つきが鋭利になった。だが、アナベルはその目つきにも怯えずに意見した。
「もしかしたら、貴方の息子さんが怪我するのかもしれないのですよ?死亡事故になる可能性だってありうることではないのですか?」
「あらまあ。貴方にしては慎重な意見じゃないの。まるで災いが起こると分かっているようね。」
「____!」
「ふふ、まあいいわ。私の意見は揺るがない、大会は続行よ。」
菫の金髪が彼女の上品な笑いと合わせてふるふると揺れた。
「ならば、代表者達にそういう風に伝えておきます。」
「ええ、任せたわよ。」
アナベルは下唇を噛んで、こつこつとヒールを主張させるように学園長室を去った。菫はその主張が聞こえなくなるまで沈黙を続けた。
主張が完全に聞こえなくなると、ふぅっ、と息を吐き、背後に居る己の護衛に顔を向けるように視線をやり、確定めいた質問をした。
「黒と白、彼女はどちら側だと思う?」
「そうね・・・。間違いなく、黒だと思うわよ。流石に年の功には勝てないようね。」
「あら、その言い方をしたら私らが年みたいじゃないの。」
「実際にもうおばさんに近いじゃない。」
「私は若いままでいたいわよ~。それが女の願望って者よ~。」
くだらない会話を繰り広げていた旧友同士だったが、ふいに本題に話題が戻った。
「んで、彼女は黒ね。灰色だったとしても、ヴァンピーロなことに間違いはないわ。この国はもうあの化け物から解放されるべきなのよ。」
菫はため息混じりに話した。そのため息には疲労が滲み出ており、願望もしみこむように存在していた。
ヴァンピーロ____イタリア語で「吸血鬼」を指す言葉だが、ダンピール国において吸血鬼という存在は化け物でもあり、同時に神でもある。この国にはかつてヴァンピーロ民族という先住民がおり、その民族は頭脳明晰で多量の魔力を体に秘めていたという。容姿は白い髪に透き通るほどの白い肌、そして、紅い月のような瞳を持っていたという。
神秘的な存在である吸血鬼は、存在こそ確認されてなどいない。だが、それが神的な存在という思考を加速させた。今では、吸血鬼を神として崇める宗教が国には多く存在する。その中で、『ヴァンピーロ教』という古くから存在する宗教がある。今、国にある宗教の粗方がこの『ヴァンピーロ教』が元となっている。この『ヴァンピーロ教』の信者、あるいは『ヴァンピーロ教』を元に派生した宗教の信者をまとめて『ヴァンピーロ』と揶揄するのだ。
「まあ、ヴァンピーロなことに間違いはないと思うけれど・・・。宗教で人を殺すっていう理屈が私には理解不能よ。」
花梨はずれ落ちた眼鏡をあげる仕草をしながら、小さな声で漏らした。
「まあ、私達は神がいないと思ってるからね。神がいたとしてもそれは私達に手を伸ばしてくれない、ただただ私達が嬲り殺されるのを見ているだけの存在が『神』よ。そうね、外からの宗教で『キリスト教』は神の前じゃみな平等っていう考え方?らしいけれど。そりゃあ、そうじゃない。私達は足元にいる蟻が死のうが、悲しまないし苦しまない。事実がそこにあるだけよ。神もいるなら、同じよ。いくら、人間が足元を這って神に助けを求めたところで、神は私達が言ってることなんて理解なんてしようがないんだから。いくら神が全知全能でもよ。神の前じゃどんな不自由があろうと平等よ。生まれたときにそこがスラムであろうが、生まれたときから五体満足じゃなかろうが、平等なのよ。神を信仰している暇があったなら、現実的にその状況を打開する策でも練ることね。いくら、人間的には平等じゃなくても、神の目線から見れば私らは劣等種族。力のないものよ。絶対的に力があるものがある特定の力のないものに力を貸したら、それは不平等だと思わないかしら?信仰した者にだけ、手を差し伸べるなんてね。どこの宗教でも思うけど、神様ってば快楽主義者なのかしら。ねえ、花梨?」
「さあ。見方が変われば、理屈も変わる。私も菫と同意見ではあるけれども、きっと他の見方をしている人だっているはずよ。それにそれを表に出すの控えなさいね。それに詳しくない宗教については批判しないほうがいいわよ。その宗教を信仰している信者たちが怖いでしょう?」
「そうね、でも、私の中ではこれが一番の理論だと思うわよ?」
「ゆとりをもって物事を見ましょうね。」
花梨は菫を諭すように穏やかな口調で、言った。菫は悪戯が親に発見された子供のように心底、愉快そうに肩をすくめた。
「まあ、この国でキリスト教徒なんて一割にも満たないから詳しい考え方は知らないけれど。でも、キリスト教という宗教が広まったほうがましだったかもしれないわ。」
「その意見には同感だね。」
「でしょ?人を実際に無意味に殺す神様がいるならば、いい迷惑よ。」
椅子の背もたれに脱力したようにもたれかかり、白い喉を天井に見せた。呼吸をするたびにそこが動く。まだ、呼吸をしている。花梨にはそれだけで、安心するのだ。人生の半分を預けてきた気の置けない仲である。
意見や考え方も自然と似てくる。
「吸血鬼は神様じゃない。ここに住んでいた先住民かもしれないけれど、それは昔の話。今は生き血を吸う化け物でしかないのだから。」
学園長室にその言葉が色濃く響き渡ったのだ。
♂♀
Bクラスの換えの控え室で、AクラスとBクラスの代表者たちがアナベルが学園長室で受けた判断を生徒達に伝えていた。
「それは母が判断したことなのですか?」
夕陽が少し解せないといった表情でアナベルに尋ねた。アナベルは緑眼で眉目秀麗な夕陽を冷たい視線で見上げていた。
「そうですね、学園長からの直々の伝達です。」
「そうですか、分かりました。もうそろそろ、時間ですね。僕達も準備とかあるので、これで失礼します。あ、そうだ、また今度お話しましょうね。アナベル先生。」
口角をあげて、にっこりと擬音がついてもおかしくない笑顔でアナベルに告げた。近くにいた莉々は、夕陽の腕を無理矢理引いて控え室を出て行った。彼女は、アナベルを警戒をしているように香里は見えた。
「そういうことだから貴方達も激戦を期待しているわ。まあ、祈願と言う事で折鶴をあげるわ。」
アナベルは青と橙色の折り紙で折られた折鶴を、それぞれ香里には橙色を、レオには青の折鶴を手渡した。
レオは白い頬を紅色に染めて、嬉しそうに青色の鶴を大切そうに持っている。
「そういうところは女の子だなぁ・・・。」
香里が何気なく呟いた言葉に、機械のようにぴたりと止まる。碧眼は限りなく開かれ、絶望したように見えた。様子のおかしいレオに香里は躊躇なく、話しかけた。
「レオちゃん?」
「え、あ。すみません。私、今まで女の子らしくないって言われたことがなかったもので・・・。少し驚いたんです。」
「それだけ?」
「え?」
初々しいわねー、とアナベルが小声で呟いて、居づらくなったのか静かに退室した。香里はそれに気付いたがレオの疑問に答えるように香里は口を開く。
「驚いたようには見えなかった・・・というか、絶望したような、うん。そんな感じ・・・。」
「ああ・・・。本当に驚いたんですよ?私、この容姿じゃないですか、だから女の子らしくないって言われて、香里さんは私を女の子として見てないのかなー・・・って思ったんです。魅力ないですか?」
「あると思うよ。」
即答だった。香里はレオのことを本当に少女として、人として最高位にいる可愛らしい人だと思っているし、素晴らしい人だと思う。
「レオちゃんはすっごく魅力がある人だと思う。性格だっていいし、魅力がないわけないじゃん。俺は数日しか過ごしてないけどレオちゃんのいいところいっぱい知ってるよ。」
うまく笑えていただろうか、このような歯の浮いた言葉を口にしたことはないので顔が赤くなっているかもしれない。でも、レオの頬も紅色になっている。
「あのさ、ところでさ・・・。」
「はい?」
「そこ。」
「ああ・・・。」
レオは扉を白くて細い指で指した。そこには鋭い目つきをした遊馬と來がいた。目はぎらぎらと光を放っている。遊馬は口の端から涎をたらしている。
数分前。
「來ちゃんもう大丈夫なの?」
「・・・うん。」
來はしばらく保健室のベッドで横になっていたが、もういい。と彼女が言うので控え室に向かうことにしたのだ。
控え室までの道のりは疲弊した來の体には遠く感じた。そんな來の体を支えるように遊馬が來のそばに立って、歩いている。
途中、アナベルとすれ違い、香里達の代わりの控え室を教えてもらい、迷うことなく香里達の控え室にたどり着いたのだ。
「香里さんは私を女の子としてみてないのかなー・・・って思ったんです。魅力ないですか?」
「そんなことないよ。」
入ろうとした來が動きを止めた。この前にレオと香里がどういう会話をしていたのか知らないが、一体この会話はどういうことなのだろうか。まるで恋人のような会話ではないか。
扉を少し開けて、隙間から室内を覗く。
「レオちゃんはすっごく魅力がある人だと思う。性格だっていいし、魅力がないわけないじゃん。俺は数日しか過ごしてないけどレオちゃんのいいところいっぱい知ってるよ。」
扉を開けると扉越しでくぐもっていた声がクリーンに聞こえてきた。歯の浮いた台詞を言っている本人も、言われた少女も顔を紅くしている。
「初々しい、というかなに、え?これ、え?付き合ってるの?え?なにこのいい雰囲気、うまぁ・・・。」
「・・・・・・この変態と同意見なのが腹立つ。」
「つまり、うまいと?」
「うまい。」
消極的な來が確信したように言う。
「うわ、きたなっ。口の端から涎垂れてるから。」
「うまい。」
來の発言を真似したように遊馬が発言をする。ぺしっ、と來が遊馬の頭を手加減したように叩いた。
「て、手加減された?」
「え、もしかして、手加減されたくなかった?マゾなの?マゾヒストなの?」
「お、俺、最近、言葉も手加減されたことなかったから・・・!あなたは神か、そうなのか。」
「違うから。」
「おーい、そこのお二人さん。」
香里の呼びかけと同時に中途半端な開かれたドアを香里が取っ手を持って、開かれた。
香里とレオは呆れたように仁王立ちになっていた。二人の鋭いというか警戒した目線は遊馬を突き刺している。香里はさりげなく來の腕を取っている。
遊馬は冷や汗を流した。もしかして、あらぬ疑いをかけられているのではないかと思った。
「待て、待つんだ。あらぬ疑いをかけられているような気がするぞ。お、俺はそんな変態じゃない、決して変態ではない。」
「変態ではある。」
來が遊馬の台詞に即座に断言した。
「來ちゃんの裏切り者ぉぉぉおおおおお。」
「処す。」
「ぎゃああああああああああああああ。」
無残に叫び声が響いた。
♂♀
遊馬を処した後、來が遊馬を介抱しながら、引き伸ばされた休憩時間で作戦会議をしていた。レオと香里は椅子に座り、來はソファーに座っていた。そして、遊馬はソファーに座っている來の膝枕を受けていた。
來は眉を顰めたまま、ぺちぺちと遊馬の額を軽く、叩いていた。
「あれ結局これって変態の思うままになってるんじゃないの。」
「香里って本当に辛辣。」
「気のせい。」
「もうそれでいいや。」
「遊馬 は 考えることを 放棄した。」
「來ちゃん、変なアナウンスやめて!」
「ふふふ、そこのみなさん話し合う気はあるのでしょうか。」
レオの威圧の篭った笑顔はくだらない会話をしていた香里達を止めるのに時間はかからなかった。止まったのを確認すると、机を指でとんとんと小突いて言った。
「時間もないんですから、くだらないことは抜きにやりますよ。とりあえず、Eクラスは対策を立てているのでよいとして、問題はやはりAクラスですね。」
「立てた作戦は、Aクラスが勘付いたら香里が撃沈するパターンだよな。」
掠れた声で遊馬が言う姿は、少し悪いことをしちゃったかなぁ、と香里は思った。
「というか本当にあの魔法を使うの・・・?・・・ムリにもほどがあるんじゃ。」
「ムリしなきゃ勝てない相手ではあるんです。それにこれで死ぬわけでもないんですし、気楽に行きましょう。」
來の心配をレオがやんわりと諭した。彼女の言葉に多少の心配はありつつも來は頷く。
「それじゃー、作戦のおさらいをしてみようか。」
香里のその声に部屋に居るもの全てが頷いた。
♂♀
脊戸亜美の言葉に相方の瀬川はありえないと声を張り上げた。
「どういうことだよ!辞退するって・・・。俺達は頑張って上位のクラスに勝ったんだぞ?なのに、どうして・・・。」
「えっとねー、ちょっと楽しそうなことがありそうだったから、早めに楽しみたいんだ!」
「はあ?」
亜美の言葉に瀬川は怪訝そうな声をあげた。彼女の言葉はいつもどこか抜けている。よく思案しているのかそれとも考えていないのかは不明だが、どこか足りないのだ。
んー、と顎に人差し指をあてながら必死に言葉にしようと脳内の隅々から言葉を引っ張り出そうとしている。
「楽しそうなの!AとBのクラスがたたかうときっと予想もつかないようなことが起きる気がする!」
身振り手振りで彼女は説明をするが、瀬川にとってはさらに頭を混乱させる説明であった。
「はあ・・・。もういいや。」
「英世くんありがとうううううううううう!!それじゃあ、私先生に行って来るねー」
瀬川のため息交じりの言葉を亜美は椅子から勢い良く立ち上がり両手で嬉しそうに拍手する。そして、有言実行。教師に知らせる為に控え室からあわただしく出て行った。
瀬川はそこで気付く。
「また、俺・・・。脊戸ちゃんのこと制御しきれんかった・・・。」
がくり、と首を曲げて瀬川は独特の訛りで呟いた。額に痛みが走ったのは決して勢い良く机にぶつかったわけではない。
♂♀
香里とレオ、そして、莉々と夕陽には予想していなかった出来事が起きていた。
『後半戦を始めようと思うがEクラスが体調不良で辞退するということになった。なので、Bクラスが不戦勝と言う事で決勝戦に入ろうと思う。』
観衆が突風に吹かれた雑草達のようにざわめいた。
「どうしたんでしょうか?」
「うーん、本当に体調不良だったら心配だよね。」
香里は頭の隅でまあ、違うだろうなぁ。と疑っていた。レオも香里と同様のことを思ったらしく、苦笑を零していた。
「まあ、Eクラスの人たちは後で考えましょう。今は目の前の勝負に決着をつけないといけないですしね。私達は今から接戦をするのですから。」
「そうだね。」
レオの冷静な言葉に香里は頷いた。レオはスティレットの鈍い銀色の刃を深海の瞳で見つめる。光に何度か翳して、鈍く光る刃を満足そうにレオは頷いた。
「随分と古びたスティレットだね?でも、隅々まで手入されている。」
「ああ、私の一家は武器商人をやっていたんですが昔から受け継がれている武器なので古いんですけど、とても良いものなのですよ?馴染みがない私でも使いやすいくらいなので・・・。」
「へぇー、いいものなんだー。相棒が」
「ええ、大切な相棒ですよ。」
レオが白い歯を見せて柔和な笑みを見せた。香里もそれに釣られて、笑う。そして、彼女は碧眼を細めた。それは怪しく、妖艶な仕草だった。
AクラスとBクラスの代表者たちが対峙した。審判は寸分変わらない立ち位置で大きい声で宣言する。
「Aクラス代表、王宮夕陽、綾中莉々!Bクラス代表、レオ・クラシャン、重里香里!」
レオは今回は何もせずに、ロザリオも白黒の服の中に隠したままである。彼女の表情は険しいままである。力強くスティレットを握り締めていた。
糸が張ったように冷たい空気がレオ達に纏わりつき、離れない。
「始め!」
審判のこの声が酷く、緊張したように感じられた。
♂♀
東ダンピールの寂れたスラム街のとある建物にて。
『│Ciao!Come stai?』
電話相手である少年のイタリア語が響いた。
包帯を顔全体に巻いた青年____吉原ルカが面倒くさそうにため息を吐いた。
「なんでわざわざイタリア語なんですか。」
『えー、日本語で言い直したほうがいいのー?こんにちはー、元気ー?』
「ぼちぼちですね。そっちは?」
『普通。とっても普通。どのくらい普通かというと、とてもとても普通。』
軽快に交わされる会話は、思春期の少年達の会話のようだった。だが、ルカにとっては楽しい会話ではない。この少年を怒らせてはいけない、彼は自分が愛情を込めて育てた花達をいとも簡単に手折ってしまうのだ。
『ルチャーノくんさ、パラノイアのほうと会談したんでしょ?どうだった、愚者の子孫は。』
「ルカです。いい加減、いじるのやめてください。どうだったといわれても、普通です。今回は頭の方が出てきませんでした。どうやら、相当警戒していたらしいですよ。」
『きゃー、テロリストこーわい。ってこと?』
「そんなところじゃないですか。向こうは力はあるけど、こっちは軍隊並みの戦力持ち。警戒して正解でしょう。」
肩と耳の間に電話を挟み、ルカは羽ペンで文字を綴る。文字と紙が触れ合いかすれた音を発した。
『あははははは、そこまで育てた僕を感謝するのだー。ほれほれ、敬いたまえ。』
「はいはい、敬いますよ。貴方が思うよりずーっと。」
『むむ?どういうことだね、ルチャーノ。』
「さあ?」
『意味深なこというね。』
電話越しでも分かるほど訝しげな声音で電話相手は言った。そんな相手にも関わらず、ルカは書類に様々な記入をしていた。
「それより俺の名前は吉原ルカです。あの吉原家の出来損ないですよ。まあ、あの一家自体憐れな一族なんですけど。」
包帯の間から見える緑色の瞳は悲しく揺れる。
『そう?吉原家らしいじゃないか、僕はそう思うけどね。』
「そうですか?」
『そうなんです。あの一家は君みたいな人が一杯居るからね。何より、僕に拾われた可哀想な子だもの。』
「可哀想な子って・・・。」
あまりにも自分を卑下しすぎじゃないですか、とルカは言おうとしたが口をつぐんだ。全くその通り名のである。もし彼に拾われなければ、ルカはこのような運命を辿らなかったはずだ。国に____女王に家族を殺されても、テロリストという道を辿らなかった。
この少年に拾われさえしなければテロリストとしての自分はいなかっただろう。自分は種を植え付けられたのだ。この少年に自分の異常性を見抜かれて、それを植えつけられた。
家族が処刑されたという知らせでそれは花咲いた。花は現在進行形で成長していっている。
「・・・・・・否定はしません。」
『あはは、素直でよろしい。』
「あ、そういえば、西のほうは物価が高いんですよね?」
『うん、高い。だって、ジュース一本で10サングエだよ?』
「高いですね・・・。」
ダンピール国は経済が不安定である。東ダンピールはテロリストなどの犯罪組織が蔓延っている。その為、西は貴族。東は犯罪者。といわれるほどに分裂してしまったのだ。
一応、王宮菫が女王というふうになってはいるが東ダンピールを支配しているのは別の女性である。その女性は『ドリズル』という不吉な名前だけを持っており、容姿などは一切不明である。名前と噂だけが一人歩きし、東ダンピールの住民のほとんどがその女性を恐れて、敬っている。そして、そのドリズルという女性はこの東ダンピールの中でも最も古株である組織『カニバリズム』のボスであるという噂が立っている。本当かどうかは耳がはやいルカですら不明である。
「まあ、頑張ってくださいよ。」
『ん、りょーかい。それじゃ。』
「はーい。」
電話相手が通話を終了したようで電子機器からは音が聞こえなくなった。先程までの騒がしさから一転して、無音という虚しさがルカを襲う。その無音を破るように彼は独り言を呟く。
「はあ、仕事を頑張るか。」
決して、テロリストだからといって暇ではないのだ。
♂♀
「始め!」
その声にレオは計画通り、スティレットで香里の頬を刃先で傷つけた。
ちりっ、とした鋭い痛みが香里の頬に走る。思わず、顔を顰めるが声を漏らさずに奥歯で噛み締める。
「は・・・?」
遠くで対峙していた夕陽の声が奇妙なほどに鮮明に聞こえた。
レオは役目を終えたかの如く、一息、ふぅと吐くと澄ました表情で凛然と立っている。
赤く、どろりとした血液の感触が頬を濡らしている。計画通りの出血量である。香里はそれを拭い、レオの紅潮した頬に塗る。
「それじゃ。」
香里は困惑している二人を他所に、二人の周りを円を描くようにして走る。強い二人に捕らえられないように出来るだけはやくだ。急激な運動に体は支配されて酸素を求める。頬の痛みなど気にならないほどに感覚は麻痺していき、ただただ苦しいだけだ。
酸素を。酸素を。苦しい。苦しい。
頭の中ではそれだけが駆け巡る。
「っ!」
莉々の強烈な蹴りが香里の頭を狙った。それを寸でで避ける。香里は莉々を競技場の円の中心にその細い腕からは予想も出来ない腕力で突き飛ばす。
「さようなら。」
香里は冷酷にその五音を会場内に響かせた。莉々の瞳の奥には無表情の彼が無情にも映った。
一方、レオは頭の中で暗記していた言葉を音にして響いた。
「鳥の籠は貴方を守ります。守ります。水の竜は貴方を襲います。襲います。」
繰り返し、それを呟く。
夕陽のナイフがレオを襲う。レオは軽々しくそれを避ける。だが、言葉を止めるこてゃなく、何度も繰り返される。稚拙な攻撃を繰り返す夕陽を、彼女は冷たい深海で見つめた。
「____っ?」
ぞくり、と悪寒が夕陽の背筋を昇る。まるで流氷が広がる海に投げ出されかの如く、体が冷たくなった。レオはその隙を見逃さずに軽く夕陽に接触して、か弱い力で中央に突き飛ばす。
がちゃんっ。夕陽と莉々が中央に突き飛ばされたのは粗方同じ時刻であった。その直後に鳴った金属音は異様なまでにも観客の視線を中央に向けさせた。
「なにこれ・・・」
莉々が周囲の現状を見て、呟いた。
いつの間にか、夕陽と莉々の周りで金属製の鳥籠が罪人を閉じ込める牢屋のように構築されていた。レオと香里は鳥籠の外に立っており、罪人を哀れ見る看守のような視線だった。
「チェックメイト。」
香里が不敵な笑みを浮かべて、それを呟いた。圧倒的な力差だ。
莉々と夕陽は籠を壊そうと金属のそれに刃を立てるも、当然の如く破れやしない。格子と格子の間は人一人が通るには小さい。
ぽたりっ、
上から水が一滴、莉々の服を濡らした。思わず、莉々は顔を上に向ける。水などどこにも存在しない。ならばこの水はどこから落ちてきたのだろう。
香里とレオが手をつないで接触した。
ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ、
次々の上から水が夕陽と莉々を襲う。大粒の雨のように勢い良く降りかかる大粒の水は体に当たると痛みが走る。そして、時間が経つにつれてその量も増えていく。
ついに。
一定の位置の籠前面から大量の水が一気に降りかかった。今までの痛みなど相応ではない。それ以上の痛みが二人の体を襲った。
香里とレオが触れたことがスイッチとなり、大量の水が籠の上から降りかかったのだ。滝のように降りかかる大量の水でその中に居る二人が一時、影でしか黙認できなくなる。
格子の間から水は溢れ出て、香里達の靴を濡らす。そして、一気に降りかかった水が完全に籠の外に溢れ出た。
水の勢いに打たれた痛みで、二人は立ち上がれずに横たわっていた。相当な量の水が降りかかったのだ、死にはしなくとも体には複数の痣が見られるに違いない。
「Bクラス、勝利!」
審判の声が無情に響いた。
会場は沈黙に包まれていた。誰もが勝つであろうと思っていたAクラスが負けた。そして、今年は期待の新人と呼ばれるに値する王家の跡継ぎである王宮夕陽が負け犬のように横たわっているのだ。
誰がこれを予想していただろうか。誰も予想などしていなかったのだろう。今年のBクラスは確かにつぶぞろいだという認識はあっただろう。だが、それはAクラスに勝てるほどのものだったのだろうか。
完全なる勝利。これは経験と策略によって生み出された。
聡明なレオ、戦いにおいても、魔法使いとしても優秀である。先程の魔法も、魔力の調節などはとても難しいものだった。下手すれば死に値するものであった。それを調節し、死にはしないが気絶程度の高さ、水の量を具現化して、二人に振りかけた。これは彼女の年齢から考えるに異常なことである。
戦いにおいて異常と言わしめた香里、経験と、策略を実行するにふさわしい運動神経。人を思いやった絶妙な力加減は、相当なものであろう。
異常な二人の存在は誰もが絶句するほどであった。にも、関わらず二人は舞台の中心で和気藹々と年頃らしい表情を浮かべながら、会話をしていた。
「香里さん!勝ちましたよ!私達、やったんですよ!」
「そうだね。まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったけど・・・。本当に良かった、この魔法って一回失敗すると俺達の魔力の量じゃ、二度目はないから。失敗しないか不安だったんだよ。」
「それは私も同意です。しかも、相手は彼ですから、やはり普通の人より洗練された攻撃には恐れ入りました。」
「莉々ちゃんの攻撃も人一倍努力された攻撃だったから、少し驚いたかな・・・。」
お互いに勝利を上手に受け取れないような会話をしながらも、照れくささを滲み出していた。
しばらくすると、白衣を羽織った医師達が舞台の上で横たわっている夕陽と莉々を、やはり王家の親族と女性ということもあり、丁寧に担架で運んでいった。
夕陽たちが戻ってくるまでは、香里達は控え室で待機となっていた。
♂♀
控え室にて。
控え室の室内には、香里、レオ、遊馬、來、そして、東野と西川がいた。
來は東野と西川が部屋に来るまでは他の三人と軽快に会話をしていたが、二人が来た途端、警戒したように遊馬の後ろに隠れてしまった。
レオが申し訳なさそうに目尻を下げて苦笑いをすれば、二人が来た理由を問う。
「それでお二人はどうしたのでしょうか?」
「あー・・・。東野説明頼む。」
「はっ?お前、ふざけんな!」
東野は顔を赤らめながら、西川の肩を軽くはたく。西川は彼のその一連の暴力を慣れたように受け流し、恋慕でレオに対して説明するのをうろたえる親友に対して呆れたようにため息を漏らす。
「あー、はいはい。分かった。分かったから叩くな。それでなんで俺達が此処にきたかというと、それは尾俺達が新聞部だからだ。分かるよな、新聞部。」
「ああ、はい。聞いたことあります。確か、一部5サングエの格安で内容もそれなりに濃いのが売りの新聞部ですよね・・・?」
「そう、それ。俺達は新聞部員って訳。だから、同じクラスで新聞部員が俺達しかいなかったから先輩達に取材を押し付けられたってわけ。」
「はあ、なるほど。」
レオはゆっくりと頷き、二人がここに来た理由を理解した。
「まあ、先に先客がいたのは予定外ではあるけどな。」
「そんなこというなよ、西川。」
遊馬と來を視界に入れながら不躾な言葉を吐いた親友を咎めるように東野は西川の背中を軽く叩いた。その様子をレオは乾いた笑いを漏らした。
「おーい、二人ともレオちゃんが困ってるからそろそろ始めてやれよー!」
遊馬が野次馬の如く大声で意見を述べれば、二人は、ああ、そうだった。という風に頷き、それぞれの胸ポケットからメモ帳と鉛筆を取り出した。
「それじゃあ、はじめようか。」
西川がレオと香里を見据える。
「ああ、それなら俺とレオちゃんはこの椅子に座って、二人はその椅子に座ったほうがいいんじゃないかな。立ちっぱなしっていうのも疲れるだろうし、俺達も少し戦闘で体がいつもより疲れているだろうしさ。そうしない?」
今まで沈黙を突き通していた香里が気配りを見せると、指定されたとおりに三人は椅子に座り、最後に香里が座ったことを境に取材は始まった。
「それでまず何から聞くべきかな。とりあえず、Aクラスの人達の第一印象は?」
「そうですね、私は莉々さんはとても努力された方なのだという印象を抱きましたね。夕陽さんに関しては本当に王子様のような容姿だな、とは思いました。」
レオはよどみなく、言葉を吐き連ねた。西川は聞き手となり、東野は素早く彼女の言葉をメモしている。
「香里さんは?」
「俺は、莉々さんに関しては何というか・・・。俺と同類だなと思った、かな。夕陽さんに関しては特になんとも・・・。あ、でも、レオちゃんと同様で王子様みたいと思ったかな?あ、あとは本当にお母さんのこと大切にしているんだなって思ったかも。」
「それはなぜですか?」
「えっと、それは秘密です。」
一瞬、立食パーティーの事件の時に目撃したことを発言しようか、思考が彷徨った。だが、それはこの学園では既にタブーである。なので、香里は質問に対する回答を拒否した。西川も察したのか、それ以上の追及はしなかった。
「分かりました、それでは次の質問ですが、あなた方に関する質問に移りたいと思います。まず、身長は?レオさんから答えてください。」
事務的な口調の西川がレオに目配せをした。彼女は軽く頷いて、口を開く。
「私は、163㎝ですよ。」
「香里さんは?」
「俺は170前半くらいだったはずだよ?不確かではあるけど、多分、そのくらい。」
「レオさんは女性にしては、高めですよね。」
東野が乱雑に要点だけまとめて書いたメモを覗きながら、西川は尋ねた。彼の書いたメモが読みづらいようで西川は偶に目を細めて、一見すると不機嫌そうな様子で読んでいた。
「ええ、まあ。これでも、一応、成長過程ってところなんですよ?それに、このくらいの身長なら他にもたくさんいますし、珍しいというわけでもないと思います。」
「まあ、確かに珍しくはないですね。香里さんは、まだまだぐんぐんと伸びそうですよね。」
「それは確かに同意します。」
「うーん、俺ってそんなに高くならないと思うけど・・・。」
香里は一人、首を傾げた。
取材を行ってる面々の後ろで、小声ではあるが遊馬が來とこそこそと密かに会話を交わしているようで、稀に無愛想な彼女には珍しい笑い声が聞こえてきた。
「遊馬さんと來さんって、いい雰囲気ですよね。」
「・・・そうだね。」
レオも香里と同様のことを感じたらしく、香里に耳打ちをした。
「こほん、それでは次の質問に______。」
西川が雑談をしているレオ達を咎めるように咳ばらいをしようとした時だった。
ぴんぽーんぱんぽーんっ、
放送の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。西川と東野は互いに顔を見合わせて、そろって、時間切れだ。とつぶやいた。香里はその言葉の意味が理解できなかった。
『まもなく閉会式を始めます。選手の方々は会場に集まってください。』
生徒会長を務めていた田代明音の声が放送機械越しにくぐもった形でレオと香里には届いた。香里は、西川達の言葉に合点が行った。閉会式があるという知らせが入るとわかっていたようだ。
「それじゃ、俺たちはこのへんでな。また、取材することもあるかもしれないが、その時は嫌な顔しないでくれよ。」
「ええ、分かりました。」
億劫そうに頭を掻く西川の言葉に、レオは微笑んで了承した。東野はレオの言葉に嬉々とした表情をするも、一転して不安そうに今回においてのレオの相棒を見つめる。彼も了承しなければレオが取材を受け入れてはくれないという考えからだろう。
「あの、俺も別に構わないから。嫌とは思わないし。」
「ああ、そう・・・。それはよかった。」
心底、安心した様子で東野は息を吐いた。そのまま、新聞部の二人は部屋を退室した。
♂♀
その少女の足取りはいつもよりずっと軽快だった。憂鬱な学校行事が終わり一安心していたところに、司書であるアナベルが、少女が随分前に頼んでいた本が入ったという情報を知らせてくれた。そして、その本は人気なので行事が終わったらすぐに借りにいかなければ、貴女にいち早く教えた意味がなくなる、とアナベルは苦笑交じりに話したので、絶対に行くという約束を今、少女は実行しているところだった。
よく考えればおかしい話である少女が頼んだのはマイナーな作家が執筆した恋愛物語である。人気だと言い切る根拠は存在しないのだ。だが、少女の浮かれてまどろんだ思考回路はその違和感に気づけぬままに、一歩ずつ確実に歩を進めていった。
到着した少女は古びた扉を開けて、中に入ろうとした。その瞬間、その場にそぐわない臭いが少女の鼻腔の奥を刺激した。
それは鉄臭く、思わず顔を顰めてしまうほどの悪臭だった。
もしかして、と少女の頭の隅で嫌な考えがシャボン玉のようにどんどんと膨張していく。先日の件もあるが、こんな短期間にそんなことあるはずない、と無理やり思考を遮断した。
「アナベル先生・・・?いますかー?」
試しに少女は声を出すと、その声は恐怖で震えていた。
返事はない。
もう一度と、今度は広い図書室の全体に響くくらいの声で叫んでみた。
「アナベル先生ー!!いないんですかー!!」
やはり、返事はない。
少女は仕方なく足を進める。恐怖ですくむ足を無理やり奮いだたせて、中へとどんどん進んでいく。
ちょうど、図書室の中心当たりだろうか。少女はそれを見てしまった。
アナベルの無残な姿を。
アナベルの横腹は刃物でそぎ落とされたようになくなっていた。そして、アナベルの後方には粉砕した肉のかけらが本を濡らしながらも存在していた。この現場を見る限り横腹をありえないほどの怪力で前方から突かれたようだ。アナベルの服も、髪も、肌も、彼女が大好きなこの図書室も彼女の血液で染まっていた。彼女の色で染まっていた。
_______少女は絶叫した。
ここで国の大まかな説明に。
ダンピール国
正式名称『東西ダンピール連合王国』
通貨は、サングエ(1サングエを日本円で換算するとおよそ20円)
昔の国名は『ヴァンピーロ宗教王国』
国教はヴァンピーロ教
首都はヴァン
ヴェラノール学園がある場所はニュールという地域であり、自然が多く綺麗な場所であり、魔力が使いやすい場所でもある、。