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過去 重里花梨の罪

 この国は酷いほど腐っている。

 独裁政治がその原因と考えてよいだろう。十数年前までは、この国は花も咲き、妖精などが多く存在していた。人々も笑って暮らし、まさか、このように十数年で腐るとは誰も思わなかっただろう。

 この国はある時期を境に、腐敗が加速した。


 王が暗殺された。

 

 そこは寝るために使う、二人が簡単に納まるほどのベッドがある部屋____寝室だった。

 王の遺体は惨く、酷く、惨めであった。部屋の壁や家具には、鮮やかに血肉が付着していた。絵を描いたように凄惨な部屋だった。それを発見したのは、現在の女王であり、腐敗を加速させた張本人である、王宮菫だった。

 東洋の国の忍びの一族の末裔が祖先と先祖代々伝えられ、王族の護衛や、裏社会の調節を担っていた一族重里家の長女である、重里花梨もその事件に立ち会っていた。

 発見した菫の様子は寝室の扉付近で、力が抜けたように座り込んでいた。褐色の瞳を開眼したまま、滝のように眼孔から溢れんばかりに涙を流していた。その瞳には、遺体となった己の旦那が映っていたのかは謎だ。

 彼女の腹の中には確かに、息子がいるのだ。そして、花梨の腹の中にも、これから生まれるであろう胎児が存在していた。

 そして、この二人はそれだけではなく、もう一つ、共通点がある。それは旦那が今はもう亡き人であることだ。

 花梨は菫の様子を見たとき、心底、憐れに感じた。同じ騎士高等学校を主席と次席として卒業して、早数年。この二人には明らかな差がついていた。

 花梨は、己の親戚であり従兄弟にあたる人物と結婚をし、子を設けた。身分など変わるわけなどない。重里家の束縛が強くなったに過ぎない。

 だが、菫はどうだろうか。

 彼女は王の結婚相手として、菫の護衛をするとは予想もつかなかった。

 自分のほうが優秀だ、そうだったはずだ。剣の腕も、家柄も優れていたのは自分だったはずなのだ。その日から、花梨は菫に劣等感を抱き続けていたのだ。

 だが、花梨が味わった絶望を、菫が味わっている。劣等感を抱き続けた相手が自分と同じ状況に立っている、これほどに愉快なことはないだろう。

 だが、ふと花梨は気付いた。

 また、菫に対して、劣等感を抱かなければならないことに。


 菫は己の手でそれを溺愛できるのに対して、花梨は生まれてしまったら、生んでしまったら、己の手で抱きしめることも、育てることも出来ないのだ(、、、、、、)

 そう、美しくも愚かな吸血鬼の所為で。


 ♂♀


 数ヶ月前に遡る。

 旦那と、とある悪徳貴族の家に訪れていた。

「すみませーん。」

 茶色の髪を揺らしながら旦那が、大きい鉄柵を隔てて見える洋館を瞳に映し、間の抜けた声を出す。

「・・・・・・・・・。」

「どーしたの、花梨。可愛い顔が台無しだよ?」

「馬鹿なんじゃないの?」

「あはは、よく言われる。」

 屈託のない笑顔を浮かべた旦那が、花梨の柔らかい茶髪を撫でた。

 花梨は表情が緩むのを自分でも理解していた。

 

 がちゃっ、


 声が聞こえ、重量のある扉が開かれる。

「はぁ~い。どなたですか~?」

 ここから花梨は記憶が抜け落ちている。気が付けば館の壁に寄りかかっていた。ひゅーっ、と息が漏れる。体が震えて、眼前には花梨を守るようにして花梨に覆いかぶさっていた旦那がいた。

「ねぇ、ねえ!起きて・・・!起きてよっ!」

 揺らしても返事はない。揺らしたときに触れた肌が冷たく、白くなっていた。

「ねぇ・・・っ!」

 認めたくない、という一心で花梨は旦那を揺さぶり続けた。揺さぶっても、揺さぶっても、旦那は目を覚まさなかった。

 体が震えた、声が震えた。旦那の体を強く揺らした花梨の手は、力が抜けて、そえるだけとなった。

「無駄だよ。」

 少年の声だった。美しい少年がそこに立っていた。美しい少年だったことは覚えているが、顔は霞がかかったように見えない。

「その人もう死んでる、心臓が動いてないもん。」

 愉快そうに笑った少年は、花梨を守るように覆いかぶさった旦那の体を蹴る。思わず、目を見開いた。旦那の体は抵抗もなく、蹴られた方向に倒れる。

 少年はそれを満足げに頷き、花梨の腹に手を当てる。そして、何度もまさぐるように艶めかしく撫でる。彼からは逃げれない、と本能的に判断していた。記憶はない、どんな状況でこの仕事を失敗したのか。ただ、体が覚えている。本能的に、彼は危険だと、知っている。

「新しい生命の誕生だね!」

「・・・・・・は?」

「あれ、気付かなかったの?君のお腹にはさ、赤ちゃんがいるんだよ?もしかして、気付いてなくてこの仕事、受けてたの?うわぁ、悲惨だね。君達が、もしこの赤ちゃんに気付いていたなら、仕事しなくて済んだのかもね。そしたら、君の旦那も死ななくて済んだのかもね。」

 けらけら、と少年は軽快に笑った。何が愉快なのか、花梨には理解不能だ。理解をしたくもない。

「ねぇねぇ!この子供、僕に頂戴!」

 唐突に少年が奇妙で、不可解なことを言い出した。

「僕ね!この子が欲しい!お願い、ちょーだい!」

 無邪気で、あどけない口調で言葉を連ねる。花梨はこの無邪気な少年から感じる無機質な威圧感に圧倒されて、頷いた。これが花梨の最大の罪だ。

 少年は、頷いた花梨を見て、驚愕したような表情をして息を呑んだ。が、すぐさま無邪気な笑みに変わりり、花梨に楽しげに話す。

「ありがとう!それじゃ、約束だよ?この子が生まれたら、僕にちょーだいね。それじゃ・・・。」

 少年は、花梨の目を己の白い手で塞ぎ、耳元で囁く。


「さよーなら、お姉さん。そして、おやすみ。」


 少年の艶やかな声が体を支配して、そのまま気を失った。


 ♂♀


 表向きには悪徳貴族は亡くなったと記録されている。それを処理したのは、『重里花梨』だということも明記されている。あの悪徳貴族は、長いこと吸血鬼を使って代々、己の立場を危うくしそうな人物を殺害していたという。

 果たして、あの少年が吸血鬼なのかは不明だ。

 この国は腐っている、吸血鬼を神として崇めている国なんて腐っている。もしあの少年が吸血鬼ならば、花梨はそれを確信するだろう。仮にも遺体を蹴る神など居ないはずだ。

 あの少年を逃がさなかったら、息子をこの手で抱きしめることが出来た。間の抜けた、でも愛していた旦那と一緒に育てていただろう。後悔しかない。

 そして。

「・・・・・・・・・。」

 生まれた子供を捨てる母親である、己が一番汚く、醜い生き物だと確信していた。明日、死ぬかもしれない状況が付きまとう場所___スラムに捨てた。教会などには預けれない、神様を疑っている自分など受け入れてくれない。この国に孤児を預ける場所などない。どこも貧しい、一年間で国は変わり果てた。菫が女王になって、独裁政治になり、『実力主義』となった。魔力を持つものが権力を持つ。

 スラムが加速して増え、治安も悪くなった。

 孤児院は徹底的に工事を行い、今はもう一個も残ってなど居ない。経済を安定させるための苦肉の策・・・のようだ。花梨には菫の心中が分かるわけではない。

 何より時間がなかった。あの少年がいつ訪れるかわからない、花梨はそう思っていた。通常の人ならば、自分が何者かわからないと高を括っていたはずなのにも関わらず、花梨はそう思い込んでいた。花梨は異常な精神状態により、判断力が鈍り、罪を重ねた。

 ただ、息子の名前は花梨が名づけた。

「重里香里。」

 息子の名前を花梨は小さく漏らした。


 ♂♀


『勝者、Bクラス!』

 息子の担任である夕闇ピエーロが、マイクに向かって大きい声で勝者を告げた。その声に、花梨は涙ぐむ。花梨は思わず、丸眼鏡を外して、目頭を押さえる。涙の所為か、急激に悪くなった視界の所為か、視界はぼやけていた。

 よく、育ってくれた。私の自慢の息子。

「あらまあ。」

 菫が困惑したような、だが面白がっているような声を上品に漏らした。

「ふふ、嬉しかったのね。自分の息子が無事に育って。」

「・・・嬉しくないわけがないじゃない。」

「それもそうね。」

 何年間も付き合っている親友とのやりとりはやはり心が休まる。花梨は目から流れ落ちる愛情を拭こうとはせずに今までの罪を洗うように流し続けていた。

「もし、私の息子とあなたの息子が戦うならばどちらが勝てるかしら?」

「・・・・・・もちろん、私の息子である香里に決まってるじゃない。」

「何言ってるのかしら。私の息子の夕陽に決まってるわ。」

 息子を自慢する母親達はとても滑稽な光景であっただろうか。

 楽しく会話をしていても、罪は決して消えない。

 菫も、花梨も、決して罪は消えないのだ。罪が二人の体に蛇のように絡まり、蝕み、苦しみを与える。だが、少量の幸せを味わうのは、果たして罪なのだろうか。

 花梨には、分からない。


 ♂♀


 寂れた高層ビルの一室で少年が、胎児を捨てている母親の遥か上から静観していた。窓があっただろう場所には、硝子ははまってなく、外部の風がひゅぅっ、と音を鳴らしながら吹き込んでいた。少年は、窓枠に肘を置き、頬杖をついて、つまらなさそうに母親を見ていた。

「へえ、そういう判断するんだぁ~。つまんないの~。」

 あどけない口調で不純物など感じさせない、心の底から思っている感想を漏らした。

「まー、いーや。お姉さんは心の弱い人間なんだから。」

 ふふん、と得意げに笑う少年はもうすでに居なくなった母親のことを脳裏に思い浮かべる。そして、赤い舌を出して、乾いた唇を潤すように唾液で唇を濡らす。

「さーて、重里香里という少年がどういう運命を辿るのか見物だね。もし、良い種になったなら・・・。」

 少年は言葉を切る。背後で、気配がしたからだ。

「良い種になったら、僕はあの少年を取り込むことにしよう。」

「そーかそーか。行くぞ。」

 男の声が少年の手を取る。

 少年は、まだ声変わりのしていない声帯を震わせて、「はーい。」と返事をして、男についていくのだった。

 少年の首には、ネックレスのように改造された煙管がゆらり、ゆらりと揺れるだけであった。



香里がスラムに捨てられたのは吸血鬼が関わっています。

そして、この事件こそが歯車のひとつなのです。


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