プロローグ1 およそ550年前
ああ、この世に神様はいないのか。一人、追い詰められた男は恐怖の瀬戸際、そう思った。男の周りには、割れた窓、まるで廃墟のように古く、崩落した建物のようだった。・・・だが、男の周りはそれ以上に異常であった。崩落した建物の壁や床には、赤い絨毯が敷かれたように赤い液体を撒き散らしていた。その赤い液体は周りに、まるでゴミのように転がっている肉塊から赤い花を咲かすようにあふれ出ていた。男は壊れかけの壁に身をゆだねながら、小刻みに震えた、まるで蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で動くことも出来ないようだ。
男の目の前には、化け物が3匹立っていた。化け物は皆、ボロ雑巾のような服で身を包んでいた。手には先ほどまで確かに命があったはずの生ぬるい肉塊が握られていた。その肉塊からは赤い液体がポタポタと音をたてて、滴り落ちていた。
赤い液体を被った裸足の足で、男に歩み寄る。ゆっくり、確実に一歩一歩、歩み寄る。
「悪かった!俺が悪かった!だから、殺さないでくれ、俺はまだ死にたくない!俺には、家族も居るんだ!子供もいる…。お前らにもわかるだろ?家族を悲しませたくないんだ!」
口から震えた声で自分を擁護する言葉が限りなく溢れる。化け物達は何を思ったのか、立ち止まった。そのうちの1匹が首を傾げた。
「わかんないよ。」
その言葉に感情はこもっていない。何も思わない、何も感じない、感情もない、ただ事実だけを述べるだけの言葉。
だが、その言葉は男をさらに震えさせるのに充分なようで、顔はさらに青ざめ、小刻みに震えていた体はさらに大きく震えていた。歯は震えにより、小さく鋭い音をたてていた。
その様子を見た先ほど首を傾げた化け物が再び、口を開き、言葉を発する。
「いいたいこと、それだけ?」
「は………っ!」
男が何かを言おうとした瞬間、化け物達が男の体の一部を持つ。少年の化け物は男の足を、少女の化け物は男の頭を、先ほど男と会話をした少年とも、少女とも取れる外見をした化け物が腕を。
男は状況が把握できず、金魚のようにパクパクと口を動かし、空気をもらす。次第に状況が把握できた男は抵抗するように体を捻る。
それが合図のように、化け物たちはそれぞれ違う方向に引っ張り、グチャグチャと不快な音をたてる。
__グチャグチャ、グチャ、グチャ
肉が裂ける、骨が折れる。痛い、痛い、痛い。男は拷問のような痛みを感じながら___絶命した。
絶命した男の顔は恐怖や驚きを交えた表情をし、そのまま固まっていた。男の体は、頭、胴体、腕、足の6つに分かれて肉塊とかしていた。
そして、生暖かい肉塊がまた、化け物達の手に握られていた。
月明かりが化け物たちを照らした、赤い赤い液体塗れの部屋に射す月明かり。冷淡な白い明かりは化け物だけではなく、部屋全体に照らす。細かい場所まで、滞りなく。それなりの部屋の大きさを持つ床一面に人が歩くだけで、ピチャピチャと水の音がたつ程に赤い液体が床を満たしていた。そして、赤い血液に浸すように手では数え切れないほどの肉塊。とてもまともな精神を持った人間がここに居れば発狂する未来は見えるだろう。その中でも、化け物達は薄っすらと笑っていた。
「楽しかったか?」
男の化け物が誰かにたずねるように呟いた。男とも女とも判別できない化け物が顔をあげ、天井を見た。その仕草はとても妖艶で月明かりで照らされたブラウンの伸びっぱなしの髪の隙間から見える白い肌。小さく薄い唇が動いた。
「…楽しかったよ?とても。」
その回答に2匹……2人の少年少女が狂気的な笑みを浮かべた。