7話 バースデーケーキ
「おめでとうございます」
「嫌、めでたい歳でも無いから」
何と言うか、居心地が悪くなってきた。
「断られた人って、彼女ですか?」
「あー、嫌、誰とも約束はしていない」
私の思い違いで無ければ、とても不味い状況に陥っていると思うのだ。
藤堂さんを「男」として見ていない訳では無いが、どちらかと言えば私にとってはお兄さんなのである。
「長坂、夏目とは終わったんだろう?」
「多分」
「未練が有るのか?」
「いえ、夏目さんとは付き合いと言えるほどの付き合いでも無いですから」
夏目さんは私の直属の上司だった。
アメリカの大学を卒業してHIH技研に入社した。
と言うか、この会社に入る事が約束だった。
彼は孤児だと言っていた。
中学の時「全中学力能力試験」とやらで上位5位に入った。
たまたまその時の文科省にHIHの会長の弟が入閣しており、その人はあしなが育英会の役員でもあった。
彼らは早い内から夏目を施設から引き取り、とある資産家の養子とした。
その資産家はHIH関連の親類で、年老いた老夫婦が暮らしていた。
しかしこの老夫婦は旅行好きで、自宅に居た事が殆ど無かったらしい。
要はHIHの資金で育った子供なのだと、夏目本人が言っていた。
それでも彼はまだ二十八歳だが、異例の速さで昇進している。(藤堂さんからすれば年下だ。だから呼び捨てなんだろうな)
私が考えている事の更に先を読む、ずば抜けて頭の切れる上司だった。
部下を使う能力も長けており、上司のあしらい方にもそつがない。
将来は重役だろうと噂になっており、夏目さんの上司達の娘との縁談が引手数多だと聞いた事がある。
そんな彼にも悪い癖が有った。女癖である。
会社では公然と私と付き合っていると吹聴し、会社の娘には手を出さなかった。
しかし、バーのママ、喫茶店のウエイトレス、取引会社の事務員などなど。
会社を一歩出れば別次元の男だった。
女性が放っておかない男性の代表そのもので、その事を夏目自身が一番知っていた。
見た目は純情な美少年、中身は悪魔も驚く毒舌者。年上年下どちらの女性の扱いにも長けており、女性の喜ぶツボを心得ている。
会社では出来る上司で鬼の上司、部下思いの上司だとも言われていたが、綺麗な顔の下は冷たい氷の微笑みが張り付いていた。
それでも、私にとっては面白い人だった。
「年末年始は実家に帰るんだっけ?」
「はい」
「こっちに帰ってきたら連絡をくれないか」
「あの・・・」
「難しく考えないでくれ。今まで通りに接してくれていいんだ」
「・・・はい」
デザートはカットフルーツと冷たいジェラートの盛り合わせ。
その他に、小さくて丸いバースデーケーキが真ん中に置かれた。
(お兄さんの手作りだと聞いて驚いた。ケーキショップに並べられる程、綺麗にデコレーションされた苺のケーキだった)
ローソクを3本中央に差して(1本が10歳換算)、マッチで火を点ける。
照れる藤堂さんに、何時の間にやら側にやって来たお兄さんが寄り添う。
ためらいがちに吹き消す藤堂さんの顔が少しだけ赤くなった。
ワインもグラスに残り少なくなった頃、奥の部屋(個室があったらしい)から数人の人がコートを手に笑いながら出て来た。
何処から見ても上品そうで、来ている洋服、手に持っている毛皮のコート、身に着けている貴金属から、どっから見てもお金持ちだと語っていた。
でも、何処かで見た事がある人達だなと思って目で追っていたら、一人だけ、こちらを見ている人物が居た。
連れの女性に声を掛けられ、直ぐに出口に向かって行ったが、あれは周だった。
(何故睨むんだ!?)
「どうした?」
「いえ、そろそろ帰ります」
「そうだな。送って行くよ」
「いえいえ、そこまでして頂く訳には行きませんよ」
「もう遅いから、送って行く」
タクシーを呼び、一緒に後部座席に乗り込む。
お兄さんのお見送り付きで。
手には、お土産として頂いて来た苺のバースデーケーキ。
「これは、やっぱり藤堂さんが持って帰った方がいいんじゃ無いですかね」
「俺に一人でケーキを食えと?」
「そーゆー意味では無いです。遠慮なく頂きます」
私の手を藤堂さんの手が包む。
そのまま私の家へと向かった。
「すみません。そこのコンビニで止めて下さい」
「ここでいいのか?」
「あのアパートなんです。でもこのケーキに合うワインを買って行こうと思って」
藤堂さんはふっと笑うと、私の頬に手を滑らせその手を頭の上に置いて、ポンと一つ撫でてくれた。
自分の部屋のベランダから見える景色は結構好きだったりする。
3階からの眺めは高くも無く低くも無く、裾野に広がる街明かりが所々に見える。
片手に缶ビール、もう片手にメンソールのタバコ。
何だか精神的に追い詰められてる気がする。
コンビニでスパークリングワインを買った。
それと一緒に買ってしまったタバコ。
(やっぱり札幌に帰るのは止めよう)
今のまま帰っても、両親に心配を掛けるだろう。
あの人達は意外と人の機微を読み取るのに長けている。
始めから帰ると決めていた訳でも無いし、両親にも言っていない。
チケットも取っていなかったのだから、元々その気が無かったのだろう。
人と一緒に居るのが堪らなく苦痛に思う。
末期だな。
夏目なら笑わせてくれただろうか。
前話の続きの為、短めな文章となりました。
個人的な事ですが、クリスマスイブは家族と過ごすのが当たり前と思っている作者です。恋人とホテルやレストランで二人で過ごす事に憧れます!(笑)