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4話 負けず嫌い。




「長坂、那智と揉めたって?」

「藤堂さん、地獄耳ですね」

ここはお昼の社員食堂である。

今日の日替わり定食はさんまの焼き魚定食、勿論大盛りだ。

藤堂さんは同じ企画課の優秀なアイデアマン、必要以上他人の手は借りない主義の人。

それでも二・三カ月に一度程の割合で、ヘルプを頼まれる。

外で食事を済ませたのか、紙のコーヒーカップを手に向かいの席に腰を下ろした。


「来春の新型車のコンベンションの資料が足りないって言われても、頼まれた物は用意しましたからね」

「メールは残ってるんだろ」

「はい。確認しましたよ」

「あれも口が悪いからな。しかし関係の無い事まで持ち出すのは気に障るよな」

「何時もの事ですよ。それに皆が知ってる事ですから」


資料が足りないの何のと派手に怒り、メールのコピーを見せたら余計に怒られた。

この流れならメールで指示されなくても、関連する資料が必要だと分かる筈だの何だのと・・・

(あなた専用の秘書でも雇えと言いたくなる)

気が利かないから嫁にも行けないとか、やる気が無いから家事が出来ないんだとか。

嫁に行かないのはしょうがないが、家事全般が出来ないみたいな言われ方には流石にむっとした。

掃除や洗濯は比較的好きな方。(部屋も綺麗よ)

しかし、壊滅的に上手く行かないのは料理だけだ。


ここで言い争ってもしょうがないし、このままでは時間の無駄になる。

早々に広報の担当者に内線を入れて、必要な部数のコピーを頼んで置く。

後、お茶も頼んで居ないらしい雰囲気を察してそちらも一緒に頼む。

那智さんの怒りを背中に感じながら、淡々と仕事を済ませて行く。

それも、面白くないのだろう。

ここで謝れば気が済むのだろうが、私が悪くは無いのに謝る事は出来ない。

那智さんもアイデアマンであるが、人任せな所が多過ぎる。


「お前の男前な所を見習って欲しいもんだね」

「それは無理ですよ。女らしくしろって言われましたもの」

「はあ?あの馬鹿が!」

「那智さんらしいでしょ?」

そう言って笑っておく。






週末の土曜日、バーのママから頼まれた物を買い足して向かう途中、繁華街から少し外れた閑静な場所で那智さんを見つけた。

そこは高級な割烹料理のお店の前だった。

男性二人と女性二人。

後ろ姿に見覚えが有るなと思った時、一人の男性が振り向いたので那智さんだと分かる。その那智さんが話しかけてる女性にも何となく何処かで・・・?と思ったが、後ろ姿だけではわからなかった。

週末まで接待とは、彼も大変だなーと少しは同情したりしてみる。


公園前の駐車場に車を止める。

昨日から借りたままの会社の社用車で買い物とはまずいだろうか。

有る物は使うに越した事は無いし、手に持つには多過ぎる荷物なのだから勘弁して貰おう。

後ろのハッチバックを開けると大量の荷物に顔が引き攣る。

二回にして運べば何とかなるなと思い、持てるだけのビニール袋を両腕に潜ぐしてみる。

「俺が持つ」

後ろから声がしたかと思うと、周が脇から覗きこみ荷物の大半を抱えて持って行く。

珍しい事に今日はデニムを履いていて、足元もスリッポンと言う身軽な出で立ちだった。

唖然とした私の目の前に残ったのは二袋のビニール袋と自分の鞄だけだった。


土曜日の【SquareRose】は初めてに近い。

曜日で店内とかマスターとかが変わる訳では無いのだが、不思議と金曜の夜意外に来た事が無かった。

平日は翌日の仕事を考えると行く気にならないし、休みで家に居る土日にわざわざ化粧をして着替えてまで出かけたいとも思わない。

そうなると、必然的に金曜の会社帰りに足が向く事になるのだ。

まずいな、やっぱりオジサマ化が深刻かな。


昨夜、いつも通りに店に来て見ると、生憎と周の隣の席しか空いていなかった。

まあ、気にする事でも無いかと、軽く会釈をして席に腰を下ろした。

別に何も話さず、相変わらずぼーっとしながら飲んでいた。

コトン、と目の前に(周と私の間かな)お客さんからの頂き物だと言って、キューブ型でココアパウダーたっぷりの生チョコレートが数個皿に乗って置かれた。

周と顔を見合わせてからカウンターのマスターに目をやる。

「明日、手伝ってくれないか」


十二月に入ると、週末の混雑は大変な物だ。

普段はカウンター席だけで和やかに飲んで居られるが、忘年会や結婚式の二次会となれば奥にある三つのテーブル席が身動きが取れない程の人で溢れ返る。

このバーは入口からの見た目はカウンターが有るこじんまりとした店内に見えるが、エル字型になっている為奥のテーブル席が見えないだけである。

どうやら明日は結婚式の二次会の予約が入っているようだ。

今までは親戚の子(大学生で暇なやつが居るらしい)に頼んでいたが、明日だけはどうにも都合がつかないらしい。

急な事だが素人だと面倒で困るし、その点この二人は慣れている。

「「分かった」」

二人で生チョコを食べながら、ウイスキーを飲んだ。

珍しく他愛も無い会話を楽しみながら。


そう言えば、いちごちゃん、最近見ないな。


奥の厨房ではママが既に汗を掻きながら大鍋をかき混ぜていた。

買って来た物を片づけ、手伝う事を仰ぐと、野菜の皮むきのみを命じられた。

その傍らで、周がママに言われた料理を作り始めている。

「ルウくん、本当に料理が出来ないの?」

「ごめん、本当」

「だって料理教室にも通ったんだよね?」

「三か所程通いましたね。でも何故か予定とは別物が出来るんですよ」

別物が出来るならまだ良い方だ。

得体の知れない物が出来上がる事の方が多いように思う。

見た目よりも味だと言うが、その味も一口でお手上げ状態である。


小学校の調理実習では私と組むのをクラスのほぼ全員が嫌がった。

それ以前の記憶では、台所で忙しくしている母への手伝いはもっぱら「話し相手」だった。

覚えては居ないのだが、何かをやらかしたのだろうと思う。

父が覚えているのは、帰宅した時に台所で大掃除をしている母と、食卓テーブルに乗った出前の寿司、ソファーでコロンと寝ている私だった。

どうしたのかと聞いた父に、母は笑って言ったそうだ。

「秋弦がねお手伝いをしてくれたの。楽しかったのよ」

その母も私が中学生の時に病気で亡くなっている。


私が大学生の時に父は再婚した。

その相手の人は母に良く似て笑う人だ。

初めて私の料理(?)を見た時も、只々笑っていただけだった。

私にはそれが何より嬉しくて、その時新しい母を認めたのかもしれない。


「シュウ、こっち持ってくれ」

店の方からマスターが声を掛けて来た。そのマスターのTシャツの柄が、釣りをしているサンタさんで吃驚した。いったいどんなセンスなのか、それより何処で売っているのか不思議でならない。

「これ、頼む」

私の顔を見て、私に菜箸を渡して店内のマスターの元へ行ってしまった。

ママはまだまだ忙しそうに動いている。

周の立って居た場所へ自分も立つ。

目の前にはたっぷりの油に黄金色のやや丸い物体が沢山音を立てて泳いでいる。

覚悟を決め、菜箸を使って丹念に裏返した。


「で、どーやればこうなるんだ?」

「さあ・・・」

「で、お前の服はどうして油で汚れているんだ?」

「さあ・・・」

ママとマスターは困った様に笑っている。

しかし、周は納得出来ないと渋い顔をしたまま睨んでいる。


目の前に有るのは二枚の皿。

初めに周が揚げた黄金色のナゲットが乗った皿。

もう一枚は私が揚げた炭色で細かく砕けたナゲットらしき物が乗った皿。

「五分も経って居ないよな?」

「はあ・・・」

多分、直ぐに戻って来てくれたと思う。

私にとっては果てしなく長く感じたけれど。


「着替えは有るのか」

「車だから、直ぐ着替えてくるよ」

「そろそろ予約の時間だ。これを着ていろ」

手渡されたのはビニール袋に入ったクリーム色のワイシャツだった。

(聞いた事も無いブランドのタグ付きだった。値段は付いていなかったから分からない)







お手伝い編の前編になります。一話で収まらない様なので、変な所で区切ってしまいました。次話は出来るだけ早めに投稿します。

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