2話 きっかけ
・・・チリリリン・・・チリリリン・・・チリリリン・・・
んー・・・電話・・・携帯・・・あー鞄の中だ・・・
・・・面倒くさい、もう少し寝よう・・・
土曜日、結局起きたのは夕方だった。
週末は寝だめをする為に有るような物だ。
出掛ける事もしない、ひたすら眠る。
今日は何時もより早く起きたから、まずは洗濯をしようか。
目が悪い私は手探りで枕元のメガネを探し、メガネを掛けると今度は髪の毛を纏めるゴムを探す。
髪の毛をゴムで結びながら冷蔵庫から缶ビールを取り出し、飲みながら洗濯機を動かす。
【長坂秋弦様】と書かれた一週間分の封書に葉書、ダイレクトメールを開封して片づける。
その内の一枚の絵葉書を、微笑みながら冷蔵庫に張り付ける。海外旅行中の両親からのエアメールだった。
色柄物別に分けた三回分の洗濯物をロフトに持ち上げ、一気に干す。
腹が減ったなーと思いながらテレビを見ていたが、何時の間にか寝てしまった。
翌、日曜日。
昼前に起き出し、化粧もせずに近所のコーヒーショップへ足を運び空腹を満たす。
ついでにアメリカンコーヒーを大きなマグカップでもらい、窓際の席でゆっくりと本を読む。正味二時間。
夕方までに掃除を済ませ、ラジオを聞きながら本の続きを読みビールを飲む。
一週間ぶりに風呂に入り体を伸ばす。(普段はシャワーなので)
日付が変わる前に布団に潜り込んでご就寝。
あー、昨日の携帯電話は誰だったかな。
翌朝、会社へ行く前に携帯電話の履歴を確認する。
【不在着信:080****1225】
アドレスに未登録の番号だった。
間違い電話か。
携帯電話をポケットに入れ、会社の入口で社員証を機械にかざし「ピッ」と音を立てて通り過ぎた。
私の勤める会社は商社と言うより、大手自動車販売会社と言った方が分かり易いと思う。
名称はHIH技研工業、本社は東京。支店は国内、国外共に多数存在する。
私は東北支部の企画課に在籍している。
企画課とは良い名称に聞こえるが、その中で雑用を一手に引き受けている。
企画と名の付く功績に一度も名を遺した事も、関わった事も無い。
それでも忙しさは半端では無い。
企画の中心を担う人達はデスクに座っていられる時間が少ない。
戦略会議だの来客だのと殆どが外での仕事だ。
彼等からの簡単なメモや、資料、電話での概要を踏まえて彼等の思考をレポートに起こす。
其処から先はメールでの遣り取りで、変更部分や追加、削除と、最初とは随分違った結果の「企画書」が出来上がる。
出社はゆっくりで助かるが、退社時間が10時を下回る事は少ない。
これで新型車の発表となると、退社時間は日付が変更となる場合が多い。
下手をすると翌日までぶっ通しも少なからず有るのだ。
本日も月曜だと云うのに、出社早々から会議が入り昼食時間もかなり遅れた。
最近の不安定な「円」を取り巻く状況に本社も戦々恐々なのだろう。
こればかりは個人ではどうにも出来ない。
「長坂、相変わらず食うねえー」
「社食が美味しいですからね」
「その割に太らないな」
「結構来てますよ」
そう言いながらお腹辺りを撫でてみる。
がらんとした社員食堂で企画課の4人が遅い昼食を取っている。
他にも会議のメンツは居たが、既に外出している。
今が私の至福の時間である。
社食だから安くて美味しい。
日替わり定食が有るから、毎日同じ物を食べなくてもいいし、楽しみでもある。
今日の日替わりは生姜焼き定食。迷う事無く大盛りを注文する。
出来れば土日もやっていて欲しいと思うのだが、彼らも休まないといけないのだ。
後一口で食べ終わるという時に、携帯メールが着信のお知らせを告げる。
「課長のお呼び出しだ」
「・・・俺もだ」
隣に座る那智さんにも呼び出しメールが届いたらしい。
それじゃー行くかと、残りの一口を口に入れ、ぬるくなったお茶を飲み干し皆で席を立った。
後少しで週末を迎える頃、札幌モーターショーのお手伝いが舞い込んだ。
東北での開催が無いので何時も羨ましがっていたのだが、今回は通訳として私の他に2名が招集されている。
他の二人は秘書課の美人な方々なので、奇麗所はお任せし、私は何時もの如く後方部隊として仕事に勤しむ。
休憩時間を利用して他社の新型車を見学する。
これと言って目新しい物は無いが、ライバル社のTTK技研工業から出された新型車には一目置いた。
低燃費で有りながら、デザインの斬新さに若者の心を掴んでいる。
うちの会社はファミリー向けが多いからな。
自社のブースに戻ろうとした時に、目の前を横切る数名のスーツ軍団に接触してしまう。
「失礼致しました」
直ぐに頭を下げて謝る。こちらは出展サイドだ、お客には謝るのが筋だろう。
「嫌、こちらも悪かった」
顔を上げた団体の中には見知った顔があった。
「長坂さん!九条さんと知り合いですか?」
「九条さん?」
「今そこでお辞儀しながら話してましたよね?」
「嫌、ぶつかったから謝っただけですが」
「なーんだ、そうなんですか」
「九条さんって誰です?」
九条周(くじょうあまね)28歳。
TTK技研工業の取締役代表の三男。
京都大学を中退しハーバード大学へ進学。(勿論卒業している)
2年前に日本に戻り仙台支社の支社長代理のポストに就く。
長男は本社で重役に就いており、二男は芸術家として海外で生活しているとか。
「私、第一志望はTTKだったんですよね。でも落ちちゃって、叔父さんのコネでHIHに入れたんです」
別に悪いとも思って居ないのだろう、東京本社の秘書課の美人さんは溜息を付きつつ話してくれた。
「TTKが第一志望で内情に詳しいって事は、玉の輿狙い?」
「勿論ですよ!高校の頃から追っかけしてましたから」
「高校?」
「同じ星城高校です。二つ上の先輩で、その頃から人気がありましたから」
星城高校は東京のお金持ちオンリーの有名校、彼女もそこ出身って事はお金持ちと言う事か。
それよりも彼女が二十六歳って事の方が吃驚だったりする。
私よりも年下だと思っていたが、私の方が一つ年下だった。
最終日の日曜日も無事に終わり、手伝いの社員達も飛行機の時刻に間に合う様に帰って行った。
私は明日と明後日が代休になる為、こっちに一泊する事にした。
なにせ地元なもので。
高校までは札幌に住んでおり、進学先が仙台の大学だった。
就職活動で地元も視野に入れていたが、結局今の会社の内定を貰ったのでそのまま仙台に住みついている。
一泊するとは言え、それでももう少し早くに出れば良かったと思う。
会場を出る頃は日が差していたのに、JRの乗り場に向かう途中で突然雨が降り出した。
無人のタクシー乗り場で雨宿りをする。
イベントもとうに終わった時間の為、タクシーも止まっていない。
小振りになったら走ろうか。
等と考えて、雨とにらめっこをしていたら、目の前に黒い乗用車が滑り込んで来た。
(助かった)
タクシーが来たのかと思い喜んだのも束の間だった。
後部の窓が下がり、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「駅まで乗って行くといい」
助手席から若い男性が降り、後部のドアを開ける。
「いえ、結構です」
「人の好意を無にするのか」
助手席から降りた男性が私の荷物を取り上げトランクに積み込む。
「・・・ありがとうございます」
大人しく薦められた後部座席へと身を沈めた。
(親切の押し売りと好意は同等だと思わないんだけどな)
彼のプライドを傷つけたい訳でも無いし、本人も好意での行いだと言っているのだから、その言葉に甘えておく事にした。
毎週末に会うバーの常連に、まさか札幌で会うとは思わなかった週末だった。
大学は実名ですが高校は架空です。大学は実名の方が印象とか雰囲気とか感じ取れそうな気がして、そのまま使わせて頂きました。***大変申し訳御座いませんが、若干名の名前の変更がありました。読んでいた方がおられましたら、お許し願えればと思っております。本当にごめんなさい。<(_ _)>