25話 周の憂い
俺は秋弦に運命みたいな物を感じていた。
何があっても必ず交わる運命だと信じていた。
それは俺の一方的な思いで、俺が幸せだと感じる思いだった。
しかし、彼女にとってはどうだっただろう。
俺と関わるようになってからは辛い思いばかりをさせているのでは無いだろうか。
あの時、あのクリスマスの日に何故あんなに彼女を追い求めたのだろう。
陣の存在もそれに拍車を掛けたが、自分でも良く分かっていない。
俺の顔を見れば困った顔をするし、寂しそうな顔をしてひっそりとタバコをふかす。
キスをすれば目も閉じずにガンを飛ばすし、深みに嵌り込めば体を震わせて抵抗する。
そんな彼女が可愛かった。
やっと捕まえ傍に置いたあの数日間は、今も忘れられない大切な日々だった。
特別な事もしない、体も合わせない、傍で眠る彼女の寝顔が愛おしかった。
摂食障害と睡眠障害を引き起こしていた彼女は、強く抱きしめると折れそうな程細く、触れる事が躊躇われた。
兎に角、あの桜色の頬が戻る様にと必死で介抱したのが夢のようだ。
それは佐々木夫妻も同様なのだろう。
佐々木のばーさんからはこんなになるまで何をしていたのかと、随分と叱られたものだ。
甲斐甲斐しく世話を焼く佐々木夫妻が、文句を言いながらも楽しそうだった。
最近では佐々木のばーさんも離れの自宅から出て来ず、家の中は静まり返っている。
彼女が来る前までは当たり前の日常だった風景が、今は色褪せて見える。
秋弦が俺の頬にキスをして出かけてから四カ月が経つ。
随分と長い同窓会だよな。
まあ、同窓会自体が嘘だったのは直ぐに分かった事だったが、まさか海外に飛んだとは思わなかった。
大体、何故海外に行ったのかが疑問だし、何故何も言わずに姿を消すのかが皆目見当が付かない。
気に掛かるのは、あの日、彼女がアパートから帰って来た時に何かを話そうとしていた事だ。
話の最中に電話が入り、話を聞く事が出来ずに家を出た事を今更だが後悔している。
その後もFCとの意見の食い違いが上手く改善されず、時間を要してしまった。
やっと話が纏まり家に帰ったのは、三日後の昼過ぎだった。
連日の疲れと、実は彼女の居ない二日間は自分も良く眠れずにいた為、彼女の顔を見たら安心して力が抜けてしまったのだ。
同窓会に行くと言う彼女を送って行く事もせずにそのまま眠ってしまったのは、愚の骨頂だ。
初めての彼女からのキスは別れのキスだったのだろうか。
疑問ばかりが浮かび、何も解決されていない事に苛立った。
直ぐに自分も飛ぶつもりだったが、研究チームの皆に止められた。
FCとのごたごたでこちらの研究自体も棚上げになっていた為、急遽試作品のデモが行われる事になったのだった。
俺と秋弦がお互いの存在を確認しようとすると、何故か邪魔が入る。
これから始めるのだと思う時に、突然秋弦は姿を消す。
そんな秋弦を探して走る俺は、滑稽なのだろうか。
今俺が抜けたらどうなる?
どうなっても構わないだろう?
秋弦を手に入れて何が悪い?
もしも、あの時全てを投げ出して秋弦の元へ向かっていたら一生言われるのだろう。
『あの女の所為で失敗した』
『あの女の所為で周が変わった』
『魔性の女』
と。
会社の上に立つ者が、私情で部下を困らせる訳には行かなかった。
彼女を悪く言われる事も、言わせる事も絶対に許せなかった。
こうなったら早く完成させて秋弦を迎えに行こう。
その事だけを考え寝る間も惜しんで没頭した。
そのお蔭か、前進後退を繰り返しながらも商品と言える形が見えてきた。
ここまで扱ぎ付ければ、後は徐々に技術者に任せる形になる。
しかし、FCの小型バッテリーが思った以上に性能が悪く、まだ70%前後と伸び悩んでいる。
このまま待つか、それとも他の方法を考えるかの見極め時期が来ているようだ。
他メーカーも、徐々に小型化、軽量化が進みつつあるようだが、FCV程の小型軽量化に及ばないのも実情である。
FCVがせめて後5%伸びたら目途が立つのだが。
その確認の為に今アメリカ・ワシントンに来ている。
『シュー!やっと来てくれたのね』
『サム。何度も招待をしてくれたのに来れなくて済まなかった』
『気にしないで。あなたも少し痩せたわ。無理していたんじゃない?』
『そうかもな。君が時々日本に来てくれたお蔭で気晴らしになっていたよ』
『そう言ってくれると嬉しいわ』
サム、サマンサはアメリカに居た時の会社関連のパーティーで知り合った。
数人の若い技術者達とこれからの自動車産業について語る、美しく頭の良い女性エンジニアだと思っていた。
しかし、別のパーティーでドレスアップをしたサムをみかけ、その時初めてFCエレクトロの愛娘だと知った。
彼女は気さくで明るく一緒にいて楽しい友人の一人だった。
彼女と二人でデートをした事は無いが、数人で一緒に出掛ける事は数多く有った。
それもアメリカに居る時だけで、日本に帰ってからは数カ月に一度メールが届く程度で、こちらからの返信も簡単な物だった。
一年程前、彼女から何時もの様に簡単なメールが届き、『パパから電話が行くと思うわ。話を聞いてあげてね。サム』と言う、簡単な物だった。
それから数日後にFCの社長でサムの父親であるフィル・コールドウエルから直接に電話が掛って来た。
その内容は『小型バッテリーの試作品が出来たから見に来ないか』と言う驚きの話しだったのである。
それまでは今現在流通しているバッテリーで試作品を作り、着脱式にはやはりもっと小型化しなければいけないと結論が出ていた時だった。
数社に小型化バッテリーの試作品を作ってくれるように発注済みで、その結果待ちの状態だった俺は、チームの三人を連れて直ぐにワシントンンに飛んだのは言うまでも無い。
彼が言うには、娘の友人であり、世界で活躍するTTKの息子の為に開発したのだと。
願ってもいなかった嬉しい話にチームの皆で喜んだのも記憶に新しい。
しかし、今より良い性能で小型軽量化でなければ成功とは言えないのだ。
残念だがその時の試作品は現状の約半分程の力しか無かった。
あの頃から見れば性能は良くなっている。
しかし、伸び悩みにしては時間が掛り過ぎるし、コストも掛り過ぎている。
やはり、無理があったと諦めるべきかもしれない。
ワシントンに来て直ぐ、FCVの研究室に足を踏み入れたが、どうやら成果は上がっていない様だった。
『シュー、今夜は友人があなたの為に集まるわ』
『そうか。それは嬉しいな。日本に帰って以来だから三年振りだな』
『もう?そんなになるなんて信じられないわ!』
『本当だな』
リムジンの中で頬を染めて話すサムが可愛らしかった。
浅く腰掛けていたサムが、カーブでバランスを崩し此方側へ倒れ込む。
とっさに支えた彼女の重みに安心感を覚え、そのままキスを交わした。
その夜は懐かしい友人達に囲まれ、良く通ったバーを貸し切って久しぶりに飲み明かした。
朝、目が覚めると、隣にはサムが気持ちよさそうに眠っていた。
日本に居る時は何時でも何かに駆り立てられる様に走っていたが、アメリカに居る今は何処か気が抜けた様な気分で落ち着かない。
走り過ぎたのだろうか。
ここで少しのんびりするのも悪くないのかもしれない。
ホテルの窓から見下ろす街並みに、今日も良い天気だと空を見上げながらカフェのパラソルを次々と開くウエイターを眺めていた。
この日も一日FCVの研究室に居たが、自分が居る事でかえって研究員の気分を悪くしている様な気になり、早々にホテルへ戻って来た。
サムが一緒に行くと言ったが、丁寧に断って一人で過ごす。
ふと時計をみると日本時間の朝九時になる所だった。
携帯を取り出し、秋弦に電話を掛ける。
彼女がカナダにいると知ってから、毎日欠かさず行う事だった。
彼女は携帯を持っている。
位置確認も取って貰った。
俺が掛ける電話に出る事は一度も無いが、彼女が少しでも眠れるようにと電話を鳴らす。
俺が居ないと眠られないと言った秋弦が少しでも安心出来るように。
「しづ、おやすみ」
翌日の早朝の飛行機で日本へと戻った。
男って、結構流されやすい、そう思う自分です。
なんだか・・・楽しい話が書きたい!です。
やっぱりふぁんたじいだぁ。。。