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20話 周とプラネタリウム




正月過ぎのある日、秋弦しづるが突然消えた。

元旦に電話で話をしたのが最後だった。

今年は宜しくな、と言ったら、えー取り敢えず宜しく?って返されたな。

柄にも無く会いたいと言えば、睨まないでくれれば会うと言われ、睨んだ覚えが無いと言えば、何時も睨むと返された。

自分としてみれば、心配していただけなんだ。

食事は取っているのか、夜の公園で一人で居るな、髪の毛を下着で挟むな、むやみにメガネを外すな・・・そんな事なのだ。

それでも電話を掛けると相手が出てくれる事がこんなに嬉しい事だとは思わなかった。

今まで電話は煩わしい物の一つだっただけに、自分の気持ちの変りように苦笑する。

ここが仙台だったら、東京に彼女が居たら、電話など使わず傍に置いておくだろう。

片時も離したくない。


この時期じゃ無かったら。

悔やんでも悔やみ切れなかった。

最初こそ電話に出ない事に対して気にもしていなかった。

彼女の事だ、気が付かないか、電話を持たないで出掛けているのだろうと思っていた。

気が付けば掛けて寄越すだろうと思ってもいたし、自分もまだ忙しかった。

それでも電話に出ない日が数日続けば、嫌でも気になり始める。

仙台に置いて来た秘書の御影に連絡を取って見れば、HIHで何やら不穏な動きが有ると教えられた。

直ぐに探るよう指示したが、それと時を同じくしてカレンとの間柄がメディアで取り沙汰されてしまい、そちらの対応にも手を焼く事となった。

仙台に帰りたくても帰れない。

自分を覆っている沢山のしがらみを、その時は断ち切る術を持ち合わせていなかった。


御影からの連絡は直ぐに届き、彼女の上司の横領が発覚した上、彼女と那智と言う男の共謀説が上がっていると知った。

それから、俺への情報の横流しも噂されており、彼女の立場は非常に悪いらしい。

ライバル社の内情に口を挟む事は出来ない。

それでも傍に居てやりたいと思い、残りの仕事は兄貴に頼んで早々に仙台に帰って来た。

カレンの事もある。

早く彼女に説明をしなければいけなかった。


俺が仙台に帰って来た時、既に彼女は会社を辞めており、アパートにも住んでいる気配が無かった。

大家に聞いてみたが、引っ越しの話も無いし多分旅行にでもいっているんだろうと、呑気な返答が返って来た。

札幌の実家に戻ったのかと思い、御影に調べさせたが帰った気配は無い。

金曜の夜に【SquareRose】へ行って見たが、彼女はもうずーっと来ていないと言う。

彼女の同僚から話は聞いているのか、多分もう来ないだろうと寂しそうな顔を見せていた。

店のママに自分の携帯番号を教え、彼女が来たら連絡をくれるように頼んでおく。

ママは少しだけ眉を動かし、やっと動く気になったのねと了解してくれた。

それから毎夜、彼女のアパートの前に来て見るが、部屋に明かりが点く事は無かった。


そのママからの電話は俺が入院している時だった。

連日のアパート通い、連日の報道陣(俺は芸能人では無いからメディアに顔が出る事は無いが)、連日の深酒が原因で風邪を引いていた。

それでも病院へ行かずに、彼女のアパートへ通っていた。

秘書の御影や、俺の世話焼き執事の佐々木も懸命に探してくれていたが、彼女の姿は一向に見つから無かった。

何時もの様に深夜、彼女のアパートから戻った俺は自宅の玄関先で倒れてしまい、帰りを待っていた佐々木に強制的に入院させられた。


「ごめんね。1時間位前に来たの。でも入院している人に連絡していいものか悩んだわ。ルウくんそっちに行かなかった?」

「嫌」

電話を片手に窓辺に立つ。

病院の中は電波が悪く、窓辺に来ないと良く聞き取れなかった。

「随分痩せてたわ」

「そうですか」

表を眺めてみるが、外は真っ暗で僅かに揺れる木々が寒そうに感じた。

その木の下に赤い点がぼやっと見える。

この季節に蛍でもあるまいし、嫌、蛍は白だろ、赤い点が濃くなったり薄くなったりするのを見て「タバコ」と言う単語を思い出す。

その赤い点が唐突に消え、黒い影が動いた。


携帯では店のママが、彼女の潔白が分かった事を話していたが、椅子に座っていた御影に携帯を投げつけ駆け出した。

まさか!

まさか!

病院の裏口を出て人影が向かった方へ行ってみるが、誰も居ない。

赤い点の場所へ来て見ると、其処にはベンチがあり、薄らとメンソールのタバコの香りがした。

「秋弦」

ベンチに座り上を見れば、窓から顔を出した御影とカレンが居る。

「お前ら二人共、とっとと帰ってくれ」

直ぐに看護師に見つかり病室へ戻された。

再度検温したら熱が上がっており、それから一週間病室前には「面会謝絶」の看板が取り付けられた。


御影が彼女の大学時代のバイト先を見つけて来たが、其処は50代の男性が一人で切り盛りしてるスタンディングバーだった。

1時間ほど様子をみていたが、彼女が来る気配が無く、ここでも無かったかと店を出た。

後10分待っていれば、藤堂と話し終えた秋弦が来るのだが、こればかりはどうしようもない。


やっと退院し、仕事に復帰した。

今の時期は仕事的には余り忙しくない。

そう言う時期に組み込んである催し物が、丁度目前に迫っていた。

それは天文台で催される北山貴博氏の天体探検と言う物で、個人的にも交流のある北山さんを呼んでの特別イベントだった。

このイベントの企画、協賛共にTTK技研で、愛子駅から天文台までの交通手段にハイブリットカーを利用してもらうのが狙いだ。

そして綺麗な空気の中で見る天体は特別であり、自分の子供達にもこの天体を残そうと言うコンセプトの元、北山さんに来て頂いのである。

当然北山さんの愛車も自社のハイブリットカーである事は宣伝済みである。


北山さんが作り出したプラネタリウムの投影機「リアルスターⅢ」は、その名の通りリアルな星空を映し出す。

プラネタリウムの中が宇宙空間で、自分の目の前に星が浮いて見える3D投影機である。まるで自分が宇宙空間を漂い、銀河の中を遊泳している錯覚に陥るのだ。

天の川を泳いだり、土星の輪の上を走って見たり、子供からお年寄りまでが楽しめるから、北山さんが来る日はプラネタリウムが満席になる。

星についても当然詳しく、星を見ながらの解説はとても分かり易く、それでいて楽しいのである。俺も北山さんのファンの一人だと自負している。

彼が来る事に決まったのは昨年の暮れ近くで、まだ秋弦との直接的な距離が縮まって居ない頃だった。

それでも彼女と一緒に見たいと思ったのは確かであり、それが叶うとも思っていなかった。

クリスマスのあの日、ほんの僅かな望みが見えたのに、タバコの煙の様に白く歪んで消えてしまった。


二月の空は毎夜、どんよりとしている。

この時期は雪が多く寒い為、顔を上げて空を見る事が億劫になる。

道行く人も背中を丸め、寒さから身を守りながら家路を急ぐ。

こんな時だからこそ、満点の星を見て気持ちを落ち着かせたかった。

自分自身を慰めたかったのかもしれないが、北山さんの見せる宇宙そらに何もかもを忘れたかったのかも知れない。

二月の初め頃までは通じていた彼女の携帯が通じなくなった。

GPSの位置確認では彼女のアパートに携帯があるらしい事は確認出来たのだが、その後はその番号自体が抹消された。

そろそろ潮時か。

そう思う反面、日に日に会いたいと言う欲望が強くなる。


だからだろうか。

プラネタリウムの入り口付近で子供が転んで泣いた時、その向こうで僅かに動きが止まった人影。

子供をあやす親に隠れて人の流れと反対方向へと向かう人影を反射的に追いかけていた。

うなじ辺りで一本に結んだ髪、黒いコートに破れたジーンズ、その姿には見覚えがあった。

「しづっ!」

名前を呼んでも何処までも走って行く彼女は展示室の中へと逃げて行く。

展示室の中は惑星の模型や、パネル等が至る所に点在しており、真っ直ぐには走れない。

少しだけ走るスピードが落ちた彼女を捕まえたのは、ゆっくりと回転する地球の3Dパネルの前だった。

「しづっ!」

やっと捕まえた彼女は肩で息をしながら、ぽろぽろと涙を流していた。

彼女が落ち着くまで抱きしめていた背中は、以前より骨ばっていて柔らかさが欠落していた。


「離し、て」

「もう離さない」

彼女の体がピクリと強張った。

抱き抱える様に天文台を後にし、自分の車の助手席に彼女を座らせ、自宅へと走らせた。









簡単に周サイドの今までのお話を入れました。

無くても良いかなー等と思いながらも、周の気持ちも多少は掴んでおかなければ次話に続く話が楽しくないかも(?)などなど。

次話からの数話は多少甘くなります・・・が何処まで続くかは謎。

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